153.おやさいでてにはいっちゃうぴよ

 階下に降りて、テーブルにつく。

 テーブルの上にはまだ何も載っていないな。


 部屋の中に、ツンと唐辛子の辛い香りがしている。

 ごくり……。

 ステラの美味しい料理を想像して、食欲がわいてきた。


「どうぞ、私の故郷のエルフ料理です……!」


 ホールドの従者と一緒に、ぱぱっとお皿が並んでいく。

 辛味炒めとか餃子とかだな。


「ぴよ、おゆうはんをたべるぴよ!」

「うん!」

「てーぶるのうえに、おいてほしいぴよ!」

「はーい!」


 すすっとオードリーがディアをテーブルの上に置く。

 ホールドとヤヤがぴくっと反応したが、特に何も言わない。


 普段もディアの背丈的にテーブルの上に載っているのだが……。

 ディアだから許されるんだよな。


「うわぁ、そうそう! これが本場のエルフ料理だよお!」

「へー……これがエルフ料理なんだ?」


 クラリッサが喜ぶ横で、オードリーのテンションが高くない。


 ホールドは素知らぬ顔で、並べられた料理に感心している。


「ほお、本場のエルフ料理か。こちらでは珍しいな。ふむ……見事な盛り付けだ」

「ありがとうございます……!」


 ふむ、やはりホールドはエルフ料理は初見ではないか。

 芸術サロンには美食家もいるに違いないし……予想の範疇だ。


 今回は一手間かけて、野菜を星形に切ったり飾り付けてもらっている。

 そこまではいいんじゃないかと思ったが……ステラ的にはやりきって歓迎したかったらしい。

 なので、見た目にもかなり豪華だ。


「それでは……恵みに感謝を」


 準備が整ったことを確認する。

 そして俺が合図して軽く祈りを捧げる。

 一応、貴族相手だしな。

 出来る限りテーブルマナーには沿おう。


 こうして、俺達はステラの料理を食べ始めるのだった。


 ◇


 食事は何の問題もなかった。

 辛さとともに油と野菜のおいしさがよく出ている……。


 普段よりも辛さは抑えめだが、これはこれでとても美味しい。

 蒸した餃子もふんわり、汁があふれんばかり。

 そうそう、中華はこういうものだよな。


 ホールドとヤヤはさすが生粋の貴族。

 額に汗をしながらも、美味しい美味しいと食べてくれる。


 いや、二人ともペースが早いな。


「そんなに急いで食べなくてもいいと思うんだけど……」

「あら、ごめんなさい。とっても美味しいもので、つい……」

「エルフ料理は何回か食べた事があるが、これは抜きん出てるぞ。味に深みがある……この赤い調味料が秘訣だと思うが」

「いつも通り美味しいし、見た目も手間を掛けてくれて素晴らしい。トマトの酸味と辛味が生きているね」


 もう日が落ちているので、ナナは着ぐるみを脱いでいる。


「ふむ、ナナはこの料理を何回も食べているのか? それは羨ましいな」

「試食にお呼ばれしてね。個人的なイチオシはもちろんトマト炒めだ……」

「そこはぶれないわね、本当!」

「ヴァンパイアはトマトがなくなると、生きていけないからね」


 ホールドとヤヤには好評なようだな。

 ステラを見ると、ちょっとだけ長い耳がぴくぴく動いてる。


「ウゴウゴ、おいしい……!」

「からっ! でも我も止まらないぞ!」

「そうですか、そうですか。慌てなくてもいいですよ、お代わりもありますし」


 言いながら、ステラがマルコシアスの頬を拭く。

 上機嫌なお世話モードのステラだな。


「むー……」


 反対にオードリーのテンションが低い。

 見ると食べてはいるようだが、うーむ。

 にんじん、なす……一部の野菜に手を付けていない。


 ホールドもたまに鋭い目線をオードリーに送っている。

 だがホストの俺の手前、何も言わない……そういう雰囲気だな。


 もしかして苦手なのかな。

 その辺りはリサーチできてなかったからな……。


「ぴよ、おやさいたべないぴよ?」

「えっ……あっ、うーんと」

「オードリーがおなかいっぱいなら、あたしたべるぴよよ。おなかすいてるぴよ」

「あっ、でも……」


 オードリーがホールドに視線を送る。

 だけどホールドはあえて、それを無視する。


 確かに親の立場から一喝するのは簡単だろう。でもこれはごく身内の食事。

 頭ごなしに食べろと言うのが正しいのか、俺も判断が付かない。


 クラリッサが慌てて言う。


「あのね、ディアちゃん。オードリーは……」

「待って、自分で言う」


 オードリーが口を挟む。


「ディアちゃん、ごめんね。わたし、にんじんとかなすとか……お野菜が苦手なの」

「にがて? じゃあたべていいぴよね?」

「我も食べるぞ。お腹すいたのだ」


 マルちゃん、乗っちゃダメ……!

 ディアはいいかもだけど、君は見た目ご令嬢なんだから!

 ほら、ヤヤが目をぱちくりさせてる……。


「ぴよ。いいことをおしえるぴよよ……」

「な、なに?」

「あたしのこのぼでぃー、おやさいでできてるぴよよ……!」

「えっ!?」

「とおさまのおやさいと、かあさまのりょうり……おにいちゃんも、あんなにおっきくなったぴよよ!」


 びしっとディアがウッドを羽で指し示す。


「ウゴっ!? おれ……!?」


 ……ウッドは最初からあれくらいのサイズだったが……。

 ディアのなかでは、お野菜をたくさん食べたからになっているらしい。


「ほら、このふわもち……おやさいでてにはいっちゃうぴよよ……」


 心地よいディアのささやき。

 オードリーの野菜が苦手は、食わず嫌いの部類だとは思う。


 ちょっとした材料の癖や調理の違いで苦手になることはあり得る話だ。

 貴族ともなれば、会食や舞踏会もある。

 食わず嫌いは直さなければならないが、無理にやればますます苦手になる。


「……ディアちゃん……」


 オードリーの視線がディアのお皿に注がれている。

 もうすでにディアはかなり食べている。


 ディアはそういえば、苦手な野菜とかはないな。

 最近では食べすぎの方を心配しなければならないくらいだが……。


「わたし、たべる……!」


 意を決したオードリーが、にんじんをフォークに乗せてぐっと食べる。

 ステラの調理したこのにんじんは、正直絶品だ。

 味がよく染み込んでいて、それでいてシャキッとした食感が残っている。


 もぐもぐ、ごっくん。

 オードリーが勢いよく飲み込む。


「……おいしい!」

「そうぴよ!? イケテるぴよよ!」


 ディアがとても嬉しそうだ。

 ホールド一家もひと安心、と言った感じだな。


「ごめんね、クラリッサ。気を使わせて。とっても美味しいよ」

「あっ……ううん、いいの!」


 オードリーとクラリッサがにっこり微笑みながら、わいわいと食事を進める。

 これですべての苦手が克服できたわけじゃないにしても、きっかけにはなっただろうか。


 ふむ、食事ひとつ取っても色々とあるものだな。

 うちは本当にディアとマルコシアスの食べすぎに気を付けないと。


 俺はトマトの辛味炒めの、最後の一切れを頬張った。


 もぐもぐ……。


 うん、辛いがとてもおいしいな。

 皆、楽しそうに食事をしている。


 正直、兄の家族とこうなるとは思ってもいなかった。

 それがちゃんと食卓を囲めている。

 それが嬉しい。


 ステラ、ありがとうな。

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