151.出生の秘密
拍手は鳴り止まなかった。
劇は大好評のうちに終わったのだ。
これで今日、舞台上でやるプログラムはもうない。
やがて村人は店番に戻り、観光客はまた店を巡り歩いたり、あるいは宿へと向かう。
日は傾き始め、午後になっているからな。
「これは観光客の皆へ、俺からのささやかな贈り物だ」
俺はささっと植物魔法でメロンやイチゴ、ぶどうを生み出して、舞台上に置いておく。
これは別に突発ではなく、ナールとも話して決めたことだ。
演劇が終わった直後に俺が振る舞う。
観光客は驚きながらも、それらを手に取る。
まぁ、そうだろうな。
とても美味しそうに見えるはずだ。
「太っ腹な領主様だがや。信じられませんわ……」
「ぱぱっとこれだけの食べ物を……。このような領主様、他では知りませんで……ありがたいお話や」
「この村なら、いっぱいお野菜や果物が食べられるにゃん」
「ほー……なんとも羨ましいことで」
方言からすると、だいぶ遠いところから来た人かな?
よしよし。
俺が儲かっていることや気前がいいことは、この辺りではそこそこ知れ渡ってきている。
だが、まだ足りない。評判は高いほど良いからな。
冬至祭は世界的に、一年でもっとも大きなお祭り期間だ。世界中で遠くから人が行き交う可能性がある。
なので普段なら届かない所まで、俺と村の評判を届けてくれる。
結局、人だ。
この世界では貴族はあまり商売がうまくない。
ナールやレイアの口から、たまにそう感じる。
偉そうにするだけでは、いくら魔力があってもお金は手に入らない。
領民は税金や課せられた労役以上に働くことはないのだ。
必要なのは、皆のやる気を引き出すことなのだから。
◇
「待たせたな、ホールド兄さん。行こうか」
「……わかった。しかし、いつもああしたことをしてるのか?」
「そうだけど……」
「ふむ……まぁ、詳しくは家で話そうか」
ちなみにオードリーとクラリッサはステラに抱えられたディアに興味津々だな。
いや、ものすごーく穴が開きそうなくらい見つめている……。
「しせんをかんじる、ぴよね」
「あっ、ごめんね……! あんまりにもかわいいから、つい!」
「……かわいいぴよ?」
ディアが小首を傾げる。
かわいい!
「もちろん、かわいいよ……!」
オードリーが撫でようと手を出して、引っ込める。
多分、勝手に撫でてはいけないと教育されているんだろうな。
「いいぴよよ……! なでるぴよよ!」
「えっ……いいの!?」
「ええ、本人もそう言ってますし」
すっとステラがオードリー達にディアを差し出す。ディアはつぶらな瞳でぴよぴよしてる。
「はわ……えいっ」
「わ、わたしも……」
左右からそっと撫でられるディア。進みながら、しばらくそのままにされる。
「あったかーい……」
「ほわほわしてるねぇ、オードリー!」
「うん、きもちいー!」
そんなことを言い合う二人。
「ぴよ。なんなら、かかえてもいいぴよよ!」
「えっ……そ、そんな!?」
「だいさーびすぴよ!」
ふむ、本当に珍しいな。
家族以外にそんなことを言うのは、初めてかもしれない。
姪のオードリーが俺にどことなく似てるから……かな?
実際、ホールドと俺よりもオードリーと俺の方が年齢が近いんだし。
ステラも微笑みながらディアをオードリーへと手渡す。
「よっと……そんなに重くはないですからね」
「ぴよ!」
「はわわ……ふわふわもこもこしてる~!」
オードリーは大満足みたいだな。
クラリッサもディアのお腹をさすさすしている。
「ぴよ! こどもとは、ふれあうぴよね!」
「わーい! すきー!」
もこもこもこ。
オードリーがディアに頭を埋める。
一切躊躇しないな。物怖じしない子どもらしい。
だけど……ん?
俺はステラをちらっと見た。ディアの方が子どもなんだが……。
あれかな?
そこで頷いているマルコシアスのお姉さん役をやり過ぎたせいだったりするのかな……?
◇
俺の家に到着した。
前々からの予定通り、夕食は皆で取ることにする。
ナナも同席してくれるので、心強い。
頼れる着ぐるみ冒険者だ。
そしてステラがエルフ(中華)料理を作る間、俺とホールドは二人きりで話をすることにした。
というより、ホールドがそう望んできたからな。
俺としても姪やホールドの奥さんが居るところでは話しづらい。
ヤヤも貴族だ。迂闊なことは話せない。
「まぁ、座ってくれ」
俺は二階にある小さな応接室のソファーに案内する。
机は小さなのがひとつ。ソファーがふたつ。
普段は家族といるので、ここに来ることはほとんどない。
ちょっと前にしたラダンとの警備の打ち合わせとか、機密情報を扱う時くらいだな。
ナールの協力でそれなりに魔法具で盗聴、盗難防止策等は打ってある。
おそらくこの村で一番厳重な場所だろう。
「ああ……突然、悪かったな」
ホールドは座るなり、開口一番そう言った。
ちょび髭を触りながらなのは、気まずいと思っているからか。
「……何について?」
家でのことで言えば、三人の兄は俺に辛く当たってこなかった。
……振り返れば、だが。
父や義母やその他の親族。それと執事やメイドに比べれば、兄の態度は抑制されていたと思う。
よく言えば不干渉。
悪く言えば、見て見ぬ振りか。
ただ、それを責める気にはなれなかった。
年長者はこぞって俺を蔑み、疎んじていた。
そんな中で、俺の味方になるのは不可能だったろう。
貴族学院やらの寄宿生活で家にもいなかったしな。
前世の記憶が戻ってしばらくした今、そう考えられるくらいには冷静だった。
「家でのことだ……特に、俺の母親について。謝る」
ホールドは机に手を付いて、頭を下げた。
俺はどことなく、それを現実感のないように捉えていた。
「いいよ、ホールド兄さん。家ではああするしかなかったんだし」
ホールドが来る、そう手紙を貰ってから予感はしていた。
彼は俺に謝りたくて来るのではないか、と。
そうでもなければ、わざわざ寄って来ることはなかっただろう。
でも不思議な話だ。
どうしてベルゼル兄さんもだが、俺に謝るのだろう?
彼らが「いい人」というのだけでは説明が付かない気がする。
何かあるのだろうか。
「でもどうして、今になって? ベルゼル兄さんもそうだったけれど」
俺は率直にそう聞いた。
「……ベルゼルからは何も聞いていないのか?」
「聞いていないよ」
「そうか……。彼を責めないでくれ。仮にも騎士のあいつからは言えなかったんだろう」
そう言うと、ホールドは深くソファーに座った。
視線は天井に向けられている。
話そうかどうか、迷っているみたいだな。
「これから語ることは推測も混じっている。正確なことは、ナーガシュ家では俺達の父上か先代当主の爺様しか知らないだろう。これからするのは、そういう話だ」
ホールドの声に隠しようがない緊張が混じっている。
「わかった」
「もうひとつ、絶対に他言無用だ。お互いの家族にもな。この場が終われば、俺にも話してはいけない。真実かどうか確かめるのも駄目だ。誓えるか」
「……誓える」
かなりの大事みたいだ。
……だとすると、俺の母親の話か。
俺を産んで少しして亡くなったらしいが、詳しいことは全然知らない。
何の思い出もないし、実家でも誰も話題にしなかった。
だから、どういう人間か全然わからない。
かなり昔、ある執事にちょっと聞いたら物凄い血相で止められた記憶がある。
なので知りたい気持ちよりも、知ろうとしてはいけないんだという気持ちの方が強い。
ここまで念押しするということは多分、母親のことだろう。
おそらく平民の娘とか、なんとか……だから俺を冷遇したんだろうな。
よくある話と言えば、きっとよくある話なのだ。
「簡単に言うと、エルト――お前の母親は、恐らくこの国の王女だ。お前は王の血統を継いでいるんだ」
……はい?
それはちょっと予想外だな。
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