129.ヤヤと海の王子さま

「とりあえずここで読むわけにもいかないし……家で読むか。ナナも付いてきてくれるか」

「わかりました、僕は大丈夫です」

「お昼の時間ですしね。辛味炒めはどうです?」


 ステラの言葉にナナは素早く反応する。


「トマトなら、なんでもおっけー」

「ぶれないぴよね!」

「……ですね」


 そんなわけで、ナナをつれて家へと戻る。

 ちょうどお昼を過ぎたくらいだな。

 普段ならとっくにお昼ご飯を食べている時間帯だが、あまりお腹は空いていない。


 家につくと、マルコシアスは人間姿で本を読んでいた。珍しいな……。

 読んでいるのは子ども向けの物語集だな。


 ステラはトマトの辛味炒めを作るので、キッチンへと立つ。

 そう言えば、レインボーフィッシュの鱗の出し汁が少し出来上がってきてたな。


 ディアはマルコシアスの元へと走り寄っていった。

 俺とナナがテーブルに向かい合う形になる。


「では読むか……」


 なんだか妙に緊張する。

 前の手紙は当たり障りのない返事をして、終わりになったはず。

 少なくとも俺のなかではそうだ。

 あれ以上、書くことはなかった。


 俺は封筒を開けて、中身を取り出した。


「どれどれ……」


 まず俺が元気なのを喜ぶ文言があり――時候の挨拶。普通だな。読み進めていく。


「……ふむ」

「ホールドはなんと書いてきました?」

「いや、変なことは書いていないのだが……」


 ホールドからの手紙にはこんなことが書いてあった。


『今年、冬至祭は妻と娘の要望でザンザスへ行くことになった』

『コカトリス祭りに行きたいらしい』

『ついては少し、面会したい。時間を空けてくれないか』


 後はこちらの健康を祈る、と気遣いの締めがされている。

 内容的にはついでに家族に会いたい、くらいだな。


 まぁ、普通と言えば普通か。

 スマホもメールもないこの世界だと、こういう用件も手紙にしないと伝わらない。


「――というところだな。ホールドの妻と娘か……。あんまり記憶にない」


 ナーガシュ家の行事は、基本的に待機だったからな。兄弟の結婚相手もよく知らないのだ。


 確かホールドとナナの学友だったような……そんなことは目の前のナナから聞いた気はするが。


「私と同い年のヤヤ・ポルティって覚えてます?」

「……ヤヤ……少し待ってくれ」


 記憶の奥底から、名前と容姿を引っ張り出す。俺は意外と覚えている。

 記憶力は結構良いのだ。だから前世を思い出せているのかもわからんが。


 で、ヤヤか……。

 多分、ホールドが貴族学院に行っていた頃だから七、八年前か。


 ……ふむ。

 なんとなく覚えている。


「明るい茶髪で、活発そうなご令嬢だったような。……かなり日焼けしていたと思う」

「その通り!  覚えておられたのですね」

「なんとなくの印象でしかないが……」


 髪を短くまとめ、動きやすそうなドレスで挨拶された記憶がある。

 口には出さなかったが、深窓の令嬢という雰囲気は全くなかった。


 前世の基準なら、多分スポーツ少女というカテゴリーに入れていただろう。

 この世界では、貴族女性の運動や鍛練も推奨されている。


 理由は単純で、貴族が地位を失う危険があるのが魔物の氾濫だからだ。

 もし自分の領地から魔物が溢れる事態になると、領主は責任を問われる。


 そのため貴族の家は、いざという時に魔物に対処できる人間を育てている。

 どうにもならなければ、自分達で対処するしかないからだ。


 なので女性であっても馬を乗り回したり、剣を振りまくってても何も言われない。

 もちろん貴族としての教養とかは大切だが、貴族の本分は「魔からの守護者」である。

 領地を守れなければいけないのだ。


「彼女は僕の友人ですが、とても良い子ですよ。保証します」

「なるほど……。まぁ、断るつもりはない。コカトリス祭りをやるからには、多少の貴族が来るのは想定内だ」

「コカトリス祭り……?」

「ザンザスでやる冬至祭はそう呼ぶんだそうだ」

「あー、そう言えば……。ザンザスの生まれではないから、失念していました。なるほど、それならヤヤは好きそうですね」

「……コカトリス好きなのか?」

「ええ、学生時代にこの着ぐるみも着てみたいというので、一着作ってプレゼントしましたし」

「そ、それはかなりディープだな……」


 そして作って渡すナナも相当なもんだな。

 着ぐるみだから表情はわからないが……多分、ナナにとってはかなり大事な友人なんだろう。


 なんとなくホールドが悪友としたら、ヤヤは親友みたいな感じだ。


「……そうしていると、海の向こうからたくさんのコカトリスがどんぶらこ、どんぶらこ。次々と泳いでくるではありませんか……」

「およぐぴよか!?」

「およぐぴよみたいだぞ。……海に投げ出された王子達はぐったりしています。コカトリスはそれを見ると、それぞれ人間を背に乗せて、泳ぎ始めました……」

「ぐっどぴよね!」


 マルコシアスが読んでいるのは『海の王子さま』のおとぎ話だな。

 周囲の王が海を荒らすなか、海を汚さなかった王子。彼が難破したときにコカトリスに助けられるという……。いわば教訓話だ。


 ナナもじっとマルコシアスの語りを聞いている。着ぐるみだが、多分そうだ。


「偶然ですね。ヤヤの先祖がまさに、その海の王子さまのモデルですよ」

「えっ、そうなのか?」

「本人いわくですけどね。王子ではなかったみたいですけど……。そんな出来事はあったみたいなんです」

「それで家系としてコカトリス好きに……」

「家の紋章にコカトリスを入れているくらいですからね」

「筋金入りだな……」


 この世界では紋章に動物を入れるパターンが非常に多い。

 ナーガシュ家の蛇。黒竜騎士団のドラゴンに踏まれた騎士。


 コカトリスも当然、かなりの人気だ。

 もちろんぴよそのままでなく、簡略化したり羽だけだったりもするが……。


「さ、トマトの辛味炒めができましたよ!」


 ステラがお皿に盛り付けた辛味炒めを持ってくる。


 ……ホールドか。

 ちょっと前の心境なら、あまり喜ばしくは思わなかっただろう。

 もしかしたら、忙しいとかなんとか返事して断っていたかもしれない。


 でも今は違った。

 それはベルゼル兄さんが大きい。

 和解できた、と思う。進んだのは確かだ。


 ホールドともそうなれるかも知れない。


「ステラは――」

「はい?」

「あ、いや……いい、なんでもない」


 危ない。

 うっかりステラに聞きそうになった。彼女には聞くべきではない。

 俺が決めるべきだ。


「俺の兄さん……ナナの友人のホールドが来たいとのことだ。問題はないか?」

「……問題ですか。正直、わかりません」

「うん?」


 あれ?

 思ったのと違う反応だ。

 ステラが心なしか、少し戸惑っている。


「もしかしたら、私がその……えー、ポコポコした人の末裔なのか、どうなのか。情報が少なくて……」

「ポコポコ?」


 ナナが首を傾げる。

 ……あー、なるほど。俺の聞き方で、深読みしたのか。


「黒竜騎士団のように、リベンジ目的があるかどうかか」

「そ、そうです……!」

「ああ、ボコボコにした関係者かどうかね。可愛い言い方だから、わからなかったよ」

「うう……」

「僕の知る限りでは、多分ないはずです。純粋に家族を連れてくるだけかと」

「それならご迷惑をおかけすることもないですし、私に反対なんてありません」


 ……ちょっとほろりと来てしまった。

 あの地獄の特訓はやはり、ステラとしても思うところがあったらしい。


 まぁ、全然知らない人から雪辱! とか言われたらな……。


「とおさま、さめないうちにたべるぴよー」

「あ、ああ……そうだな」

「少し出し汁を使ってみたのですが、どうでしょうか」


 がつがつ食べるディアに促され、俺も食べ始める。


 ……ふむ。前に比べるとコクが出ている。

 やはりレインボーフィッシュの鱗の出し汁は良いようだな。


「おいしーぴよ!」

「ああ、深みが増してますね……。とてもおいしい」

「出し汁がいいアクセントになっている。とてもおいしいよ」

「ありがとうございます……!」

「美食家のホールドも、これなら唸るだろうね」

「……ふむ」


 ホールドは芸術サロンを主催していたな。

 そこへステラがずいっと前に身を乗り出す。


「それならエルト様……お食事の際は、ぜひ私に」

「……いいのか?」

「ええ、私も自分の料理がどこまで通用するか試してみたいですから」


 一理ある。

 舌が肥えた貴族を唸らせられれば、今後の評判にもプラス。

 仮にうまくいかなくても、兄弟ならある程度忌憚なく意見を聞ける。

 どちらにしてもホールドをダシに、中華の完成度を高められるだろう。


「よし、お願いするぞ」

「はい!」


 ということで、エルフ料理でホールドを迎えることにしたのだった。


領地情報

 地名:ヒールベリーの村

 特別施設:冒険者ギルド(仮)、大樹の塔(土風呂付き)、地下広場の宿

 総人口:193

 観光レベル:C(土風呂、幻想的な地下空間、エルフ料理)

 漁業レベル:C(レインボーフィッシュ飼育、鱗の出し汁)

 牧場レベル:C(コカトリス姉妹、目の光るコカトリス)

 魔王レベル:E(悪魔マルわんちゃん)

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