127.たべマスター

「太鼓か……。どれくらいの大きさなんだ?」


 俺はよくある太鼓を思い出していた。前世のゲーセンでやった奴だな。

 円筒形で、皮とバチがあればいい。


 使っている木材はわからないが、形はイメージできる。

 植物魔法で作れるだろう――カスタネットの時みたいに。


「えーと、そんなに大きくない太鼓です。皮が張ってあって……」

「わたしたちの体より大きいくらいです」


 ララトマが手を丸く広げる。

 わかりやすい。サイズ的にはそれほど大きくないな。


「高さは?」

「大きくないですよー、このくらい……。あとは裏にも線と皮を張るー」

「それが重要です!」


 高さは親指と人差し指の間ほどもない。高くはないわけだ。


 そして裏面の線と皮を二人が強調する。

 ステラはいまいちピンと来ていないのか、少し首を傾げた。


「裏にも皮を張るんですか? ということは両面に?」

「ああ……なるほど。スネアドラムというやつか」


 頭の中で構造を再構成して、理解できた。

 ドラムセットで言うと、ちょうど奏者の高さにあるサイドドラムだな。

 ブラスバンドとかでも使う、日本でもお馴染みの太鼓である。それなら胴体部分のイメージもできる。


「ふむふむ……胴体はこんな感じか?」


 二人の手の広げ方で見当はついた。

 俺は手をかざし魔力を解き放つ。


 生み出したのは、太鼓の胴体部分。

 丸く、平べったい木の枠だ。

 というより皮がないから本当に丸い木の枠でしかないな……。


「これこれー! こんな感じですー」

「おー、ぴったり!」

「わくぴよ!」

「……エルト様は本当になんでもご存知なんですね」

「雑学程度だ。詳しくは知らないぞ」


 たまたま学校やゲーセンに置いてある類いの太鼓で良かった。

 前世の知識のおかげだ。


「あとは皮や線か。アナリアが持っているかな……」

「そうですね。多分、薬等の調合で使うかと……」


 色んな素材があったし、確か皮や線なんかも扱っていたと思う。

 加工道具も薬師の倉庫にあるだろう。

 材料と道具があれば、テテトカとララトマで作れそうだし……。


「よし、アナリアの所で少し調整するか。出来れば音まで聞いてみたいな」


 草だんご祭りをやると決まったら、楽器の目処くらいは立てておきたい。


「ならすぴよー!」

「鳴らすです!」

「いいですね、やりましょう!」

「んじゃ、草だんごも持ってこー。あとはたべマスターがいればなぁ」


 ん?


「テテトカ、草だんごはいるのか……?」

「叩きながら食べるのが、グッドなんですよー」

「た、食べながら叩くのか?」

「さすがテテトカねーちゃんです……! 伝説の叩き食べ、久しぶりに見れますです!」

「……お、おう……」

「おもしろそーぴよね!」

「う、うん……」


 ちらっと隣を見ると、ステラの目も泳いでいた。小声で不安そうに話しかけてくる。


「私も疎いのですが、演奏しながら食べるのが普通なのですか……?」

「……いやぁ……」


 ごめん、俺もちょっと不安になってきた……。


 ◇


 アナリアの工房には、目当てに近い皮と線があった。

 テテトカとララトマがさっそくスネアドラムを組み立てる。


 アナリアも休憩時間らしく、紅茶を飲みながらドラム作りを眺めていた。

 テテトカとララトマはちゃっちゃっと手際よく皮や線を切って取り付けている。


「へー、ドリアードのお祭りですか……。面白そうです。それにしても懐かしいですね。高等学院のお祭りでも、似たようなドラムがありましたよ」

「たたきたべもぴよ?」

「そ、それはさすがに……!」


 アナリアの目が泳ぐ。

 みんな、目が泳ぎ始めている。


「やった、できたー!」

「テテトカねーちゃんの、腕は落ちてないです!」

「もっちろんだよー」


 ドリアードはのんびりしているが、手先は器用だ。でないと植物の世話なんて無理だろうが……。

 バチも作ってあるので、もう演奏できるわけだな。

 バチというか、これはスティックだが。


 テテトカがすちゃっと両手にスティックを持つと、雰囲気が変わる。

 ほわほわとした空気が――熱を帯びる。


 できる……。

 これはできる側のオーラだ。


 タンタンッ!


 テテトカは軽快にスティックを操り、スネアドラムを叩く。


 タタンタンッ!


 すっとドラムの表面を押さえて、音を消す。

 手慣れている。

 やはり相当な腕前があるようだな。

 これは演奏に期待できそう。


「おー」

「かっこいいぴよ!」

「調整はしなきゃだけどー、いい感じー」

「では早速、本格的にやるです!」


 そう言うと、ララトマがじっとこちらを見つめる。

 ふむ、そこはかとなく嫌な予感がするな。


「叩き食べはあともう一人必要です。アナリア、チャレンジしましょう!」

「えっ!? 私ですか!?」

「似たようなドラムがあったと言っていたです。リズム感が必要なんです!」

「ええっ!? それならエルト様も……」

「この叩き食べはかこくー……エルト様は危ない。危険が危ない」

「デンジャラスです!」

「よし、アナリア。がんばれ」

「応援してます……!」

「よくわからないけど、がんばるぴよ!」

「えっええー!?」


 ◇


 テーブルが用意され、持ってきた草だんごが乗せられた。

 中央にはドラムとテテトカ。

 その両隣にララトマとアナリアが座っている。


「……な、なにをするんでしょう?」

「音に合わして食べるんだよー」

「それだけです!」

「は、はぁ……まぁ、それなら……」


 いやいや。

 さっきのテテトカの手さばきを見て、俺はわかったぞ。

 ビートに合わせて食べるって……かなりヤバイ。


 ステラも澄まし顔のようで、ハラハラしている。身体能力で言えばステラがこの中で一番だけど、大食いというわけではない。


 ディアはぴよぴよしながら、わくわくしている。

 確かに見る分には面白いかもしれない。


「ところで、いつまで食べるんです?」

「私が動けなくなるまで、食べるんだよー」

「……えっ」

「叩く人が食べ過ぎて動けなくなったら、終わりです!」

「ちょっ」

「じゃ、はじめるよー」


 タカタカタカタ、タン!


 もぐもぐもぐもぐもぐ。


 ララトマがドラムの音に合わせて、凄い勢いで食べ始める。

 テテトカは……スティックで叩く瞬間に手を離してひょいと草だんごをつまんでいる。

 なんという高速の手さばき。俺は今、ドリアードの最高速度を目にしていた。


「ちょっちょっちょっ!」


 しかしアナリアもノリは大したもの。

 両手で草だんごを掴んで食べている。


「おー」

「ぱちぱち」

「はやいぴよねー」


 子どもサイズのララトマも速い。

 しかし手が長くて力のある分、アナリアにもチャンスはある。


「まっ、まっ、まっ!」

「まだまだイケる?」


 タタタン、タカタカッ!

 もぐもぐもぐ。


「やりますです! これはライバル発見ですね!」

「ええっ!?」


 みるみるうちに草だんごがなくなっていく。

 というか、すさまじいペースだな。

 草だんごは一個辺り小さいし、こういう食べ方も出来るんだろうが……。


 タタタッ……!!


 なにげに食べるペースはアナリアが一番速い。いや、背丈的に有利なだけか……?

 頭ふたつくらい、アナリアの方が背が高い。

 テテトカもララトマも大食いするような体格じゃないし。


 段々とララトマの食べるスピードが遅くなっていく。

 アナリアも……そう、必死だ。必死に食べている。


「う、うぐっ……朝ごはんを抜いてくるでしたです!」


 ぽて。

 ララトマが食べ過ぎたのか、ぐでーとなる。


 タカタカタカ、タンッ!


 テテトカがドラムを押さえて、音を消す。


「おー、ララトマが負けたー」

「うぐぅ……」

「はぁ、はぁ……勝ちましたか!?」

「アナリアの勝ちだねー」


 ぱちぱち。

 恐ろしい戦いだったな。

 というか、いつの間にか戦いになっていたが……。


「これでアナリアも『たべマスター』だねー」

「たべマスター……それはなんでしょうか?」


 ばっと起きたララトマが人差し指を立てる。

 復活したらしい。


「草だんご祭りの時に、わたしと一緒にテテトカねーちゃんの隣で食べる人です! とても名誉なんです!」

「そうそうー。よかった、両隣に『たべマスター』がいないと映えないからね。早くも二人揃った」

「…………」


 アナリアがだらだらと冷や汗を流しているようだが、もう遅いっぽい。

 こうなるとドリアードは妥協しない。


「大丈夫だよー。『たべマスター』は大本番の時だけいればいいから。後は適当に鳴らして食べてるし」

「ゆるぴよね。でもいいかんじぴよ」

「よし、草だんご祭りのおおよそはこんな所か?」


 俺は締めに入る。

 楽器も作ったし、たべマスターも揃った。

 後は細かいところだけだろう。


「……わ、わかりました! これも伝統のためです!」


 ぐっとアナリアが拳を握る。

 その意気は実に素晴らしい。

 ……みんなで盛り上げていこうな!


コカトリス祭り準備度

15%

草だんご祭り完了

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