119.コカトリスショック

 今日は休みの日。

 やや曇り空ながら、風は弱い。


 村の北にある第二広場は相変わらず賑わっていた。


 カッキーン、カッキーン……。


 バットでボールを打つ人、あるいはキャッチボールに興じる人。

 はたまた、単に走り込んで鍛える人。

 思い思いの方法で人々は運動を楽しんでいた。


 アナリアも最近、この第二広場にちょっとずつ来るようになってきた。

 お手製の皮の手袋を装備して、キャッチボールをしている。

 相手はコカトリスの着ぐるみのナナである。


 広場のもっとも北側で、苦戦しながらもアナリアはボールを投げ合っていた。

 ちなみに距離は相当近い。まだ遠くに投げるのは無理だからだ。


「助かります、付き合って頂いて……。なんだか畏れ多いですけど」

「気にしないで。まずはキャッチボールから楽しんでいけばいいよ。バットを振るのは一人で出来るけど、ボールは投げ合った方が上達が早い」

「なるほど……お言葉に甘えます」


 世界でも八人しかいないSランク冒険者。

 その中でも特にナナは貴族階級出身で、高貴な家柄である。


 だけど、今のところはそんな雰囲気は一切ない。

 やや変わっているのは冒険者ではよくあること――でも良い人である。

 こうして自分のひょろひょろキャッチボールに付き合ってくれるんだし。


 それにナナはかなり自分に近い性質の人間だと思う。

 一見、既製品を改造しただけっぽいナナの着ぐるみ――だけど、アナリアは気付いていた。


 ナナの着ぐるみは完全オーダーメイドだ。

 コカトリスは好きでない風を装ってはいるが、それは見せかけ。

 手作業が好きなアナリアにはわかる。毛の一本一本まで作り込んで、丹念に作られたのが……。


 そんなことを思いながら、アナリアはボールを投げ合う。

 と、ナナがボールをキャッチして動きが止まった。そのまま振り向いて、一言。


「お客さんが来たみたいだね」

「お客さん……? あれですか?」

「そうそう。重装備だね」


 アナリアからも見えた。

 土埃を巻き上げながら、疾走してくる騎士の一団。


 一際体格の大きい騎士が先頭にいる。

 紅のフルプレートアーマーと、翡翠色の盾。


 その後ろには黒色のフルプレートアーマーを着込んだ五人の騎士。一人がきらびやかな旗を掲げながら走っている。


 アナリアは、はっと驚く。

 紋章は竜に踏まれそうになっている騎士。

 なんだか情けないようだが、この踏まれそうになっている騎士こそ設立者のトリスタン卿。


 ドラゴンに踏まれてもなおも戦って勝利したという故事に由来する紋章だ。


「黒竜騎士団じゃないですか!」


 王国でも指折りの名門、黒竜騎士団。それがアナリアとナナの所へ猛スピードで近付いてくる。


 だけどアナリアは落ち着きを取り戻しつつあった。二十歳前とはいえ、ザンザスの薬師ギルドの才媛。

 騎士が通り掛かったくらいで、慌てたりはしない。


 相当急いでいそうな騎士達は、そのままアナリアとナナの近くで一時停止した。

 周りの冒険者もなんだなんだと、こちらに集まってきている。


「もし、そこの者……! 我らは黒竜騎士団だが。少しお聞きしたい。ヒールベリーの村へはこの先でよろしいか?」


 黒い騎士の一人がアナリアに問い掛ける。

 全身鎧、兜のせいで顔はわからないが。


「ええ、そこの森みたいな所ですが……」


 アナリアが指差しながら言うと、騎士達が哀れみを込めて、


「なんと家らしい家もないとは……」

「……無理もない。去年の地図ではこの辺りには、村ひとつなかったんだからな」


 散々な言われようだった。

 まぁ、まさかあの樹木がそれぞれ家だとは考えないだろう。


 先頭の騎士――ベルゼルがナナへと話し掛ける。いかつい体格によらず、声は穏やかだ。


「そこの方、領主殿は元気か?」

「えっ? は、はい……」

「ならばよし。王命により村を通行する。領主殿に目通りしたい。出来るなら宿もあればだが……」

「それなら、僕が案内しますよ」


 ナナの言葉に黒い騎士達がびくっとなる。


 アナリアは知っていた。

 騎士にとって、コカトリスは恐怖の対象でもある。なにせ魔法も剣も効かないので、どうにも不安になるそうだ。


 この不安が大きくなりすぎると、コカトリスショックと言われる精神症状も出るらしいが……。


「その着ぐるみ。あなたはヴァンパイアとお見受けするが――良いのか? まだ昼間のように思えるが」

「僕は多少、騎士様の話に合わせられます。紅の鎧と翡翠の盾、ベルゼル・ナーガシュ様ですね」


 あっ……とアナリアは驚きを噛み殺した。

 エルトの兄君か。


「……ふむ、そなたは?」

「ナフィナディアと言います。早速、案内しましょう」

「助かる。それでは失礼」


 話が一段落すると、ナナはアナリアに近付いてボールを手渡した。

 その時、こっそりとナナが呟いた。


「……トリスタン卿のリベンジに来たみたいだね。だからアナリアには――」


 そう、アナリアは知っていた。


 黒竜殺しをやってのけた騎士の鑑、トリスタン卿。それをボコボコにしたのは誰であろう、英雄ステラなのだから。


 ◇


「悪いな、休みなのに連れ回して」

「いえいえ。私のことはお気になさらず」


 俺達は地下広場から出て、村を歩いていた。

 土を調べたり構造を調べたり、やることは色々とある。


 休みとはいえ、少しずつ進めていかないとな……。だけども半分くらいは単に幻想的な地下広場が好きだからだが。


 なんとなく、光る苔が前世の蛍を思い出させる。ああいうのを幽玄と表現するのだろうか。


 うまくすれば観光資源にもなりそうだ。

 ステラもあの風景が好きみたいで、付いてきてくれる。


「さて家に戻って昼ご飯でも……ん?」

「あれは……騎士ですかね」


 下馬しながら歩いてきているのは、黒い鎧と紅の鎧の一団。

 その先頭に立っているのは着ぐるみのナナか。


「ナナが案内してきてくれたんですかね」

「多分、そうだろうな……。だがあの騎士達は……」


 俺も頭の中をフル回転させていた。

 黒の鎧に踏まれる騎士の旗。

 紋章図鑑にあったので記憶している。


「あれは黒竜騎士団だな。兄が今度、騎士団長に就任するという……」

「……えっ」


 確か七大騎士団では、幹部以上のみが独自の色の装備を身に付けられる。

 いわゆるパーソナルカラーだな。

 それ以外の一般団員は象徴する色の鎧しか着ることを許されない。


 なので大柄な紅の騎士がリーダーだと思うが、連絡も無しに突然来るとはな。

 急な用件か、はたまた私用なのか。


 少し警戒すると、紅の騎士が手を上げて兜を外す。

 そこには見知った顔があった。


 野性的でありながら、親しみやすさもある。

 俺の兄だ。


「元気そうだな、エルト――いや、領主殿か。何年ぶりだ? 驚いたぞ、魔法でこれほどの村を作っていたなんてな」

「ベルゼル兄さん……」

「がはははっ。色々と心配したが、取り越し苦労だったか」


 騎士達も一様に、俺にしっかりと頭を下げて礼をする。

 しかも会釈程度ではなく、頭を上げない。


 ……ちゃんと俺に敬意を表しているようだな。ふむ、少し意外だ。


 黒竜騎士団と言えば名門中の名門。

 貴族でもそれなりの出身でないと入団は許されない――必然的にかなりプライドは高いはず。


 おっと、俺が言わないと騎士達はずっと頭を下げたままだ。


「楽にしてくれ。歓迎しよう」

「「ありがとうございます!」」


 なんだか声が震えているようだな。


「こいつらも少し緊張しているようだな。まぁ、許してやってくれ。領主殿が魔力を抑えていても、騎士の本能で力の差を感じ取ってしまうのだ」


 領主殿、か。

 兄も俺にそれなりの敬意で接する気のようだな。だとしたら公用か。

 こちらも領主らしくしないとな。


「……なるほど。それで用件は?」

「ちょっと知らせを持っていく所だ。一晩でいいので、宿を借りたい。出来れば酒と食べ物も欲しい。無論、金は払おう」

「兄弟からは受け取れない。どうぞ、何もないが」

「ありがたい……ところで、そちらのお嬢さんは?」

「びくっ」


 ステラはこの場からすーっと立ち去ろうとしたみたいだが。駄目だったな。

 黒い騎士達の視線がステラに注がれる。


「エルフ……」

「びくっ」

「黄金の髪……」

「びくびくっ」

「まさか……まさかっ!?」


 黒い騎士達から殺気が放たれる。

 まぁ、そうなるよな。


 彼らからしたら開祖をボコした民間人だし……。しかも歴史上では唯一の敗北、さらには劇にもされてしまっている。


 しかしベルゼルの反応は鈍い。

 やって来た騎士の中で最強なのは、この兄だと思うが……。


「まぁ、全員落ち着け。領主殿の前だぞ。改めて聞こう、そなたの名前は?」

「……えー、ステラです」

「やはりっ!」

「トリスタン卿を負かした……!」

「だから落ち着け。ふむ、魔力をあまり感じないが――あの『英雄ステラ』で合ってるのか?」


 ステラは魔力を極限まで抑え込む。一見すると魔力がないように感じられるくらいだ。

 というより、冒険者は割りとそういう技術を重んじている。


 冒険者は魔物退治が本業。殺気や魔力を撒き散らすのは本当に必要な時だけなのだ。

 その辺り、豪華な装備で威圧するのも仕事の騎士とは大きく違う。


「は、はい……そうですが」

「何をぬけぬけと!」

「雪辱の時は今!」


 おっと騎士の沸点は低めだな。

 仮に戦いになっても一人一秒、五秒でステラが勝って終わる気がするが……。

 例えばこんな決闘はどうだろう。ステラの攻撃から十秒立っていたら騎士の勝ちとか。

 駄目だな、勝負にならん。


「はーい。皆、ならんでー」

「「ぴよっ!」」

「お散歩ですよー!」

「「ぴよー!」」


 ぴよぴよ。


 テテトカとララトマに連れられたコカトリス達が、お散歩に現れた。


 ぴよぴよ。

 列になったもふもふコカトリスの一団。

 ……文句なくかわいい。


「う、うわ……!?」

「コカ、コカ……!!」

「ん?」


 黒い騎士達の様子がおかしい。

 なんだなんだ?

 と思っていると、悲壮な叫びが一斉に上がった。


「「コカトリスだー!!」」

「……えっ」

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