120.対コカトリス訓練の成果

 なんだか騎士達が怯えているみたいなんだが……。


「どこかの本で読んだな。騎士にとってはコカトリスは意外と恐ろしいんだとか……」

「あんなに可愛いのに。怖いのでしょうか?」

「わからん……。俺も騎士には詳しくないし」


 騎士は軍事機密の固まりだからな。

 逸話は事欠かないが、実際にどんな訓練や組織なのかは中々わからない。


 そしてその騎士達は、何やらまた叫んでる。


「まさか、こんな所に!」

「やむを得ません。ここはひとまず……」

「対コカトリス訓練の成果を見せる時!」


 バタバタッ!


 黒い騎士は一斉に倒れた。

 仰向けやら、うつ伏せやら……。


「えっ!?」

「「ぴよぴよ!?」」(どったの!?)


 俺もコカトリスも驚きの声を上げる。

 いや、本当になんで?


 恐ろしさで気絶したのか?

 いや、そんなわけないよな……。


 そんな中、ベルゼルだけは立ったままだ。彼は俺にすっと近付いて呟く。

 ベルゼルはコカトリスは怖くないようだな。


「……色々とすまん。黒竜騎士団の中でも血の気の多い奴を連れてきたんだが。悪気はないんだ」

「はぁ……。その騎士はなぜかぶっ倒れたけど、あれはいいのか?」

「まぁ、大丈夫だ。見ててくれ」


 全く良くわからんが。

 コカトリスは騎士の倒れたのを見て、気になったのかひょこひょこと近寄る。


「ぴよっぴ」(なんか倒れたよ?)

「ぴよぴよ」(大丈夫?)

「ぴよぴよっ!」(助けないと!)


 倒れた騎士達を取り囲み、ぴよぴよしている。


「エルト様、コカトリスは倒れた人を見掛けると助ける習性があるのですが……」

「それも本にあったな。抱きついてきたり、人を仲間として扱うのだとか」

「ええ、コカトリスが寄ってくるだけかと」


 そう、あんな目の前で倒れたらコカトリスの注意を引く。

 ディアも絶対、同じような反応をするだろう。


『たおれたぴよー!?』

 うん……目に浮かぶようだ。


 よくわからない光景の中、ベルゼルが呟く。


「ほら、もうすぐ始まるぞ」

「始まる?」

「ぐぅぅ……」

「すやすや……」


 騎士達はこれ見よがしに寝息を立て始めた。

 えっ……不自然すぎる。

 狸寝入りもいいところだ。

 むしろ狸の方がもう少しうまく寝るのでは。


「いや、起きてるだろ?」

「確実に起きてますね」

「まぁまぁ……これが対コカトリス訓練というやつだ」

「はぁ……?」


 俺が首を傾げていると、コカトリスも首を傾げている。

 心なしか、ぴよぴよの音が小さい。


「ぴよっぴ……」(寝てる……)

「ぴよよ?」(お昼寝中?)

「ぴよぴよ」(寝てるみたい)

「ぴよぴよ」(起こしちゃかわいそう)

「ぴよ……」(そだね……)


 コカトリスはぴよぴよし終わると、黒い騎士達から離れていく。

 起こさないように、そっと……。


「さあ、お散歩つづけましょー」

「行きますですよー」

「「ぴよー」」


 テテトカとララトマがコカトリスを連れて立ち去っていく。その後ろからひょっこりとアナリアが現れた。


 ベストタイミングの散歩だったが……もしかして、あのコカトリス達はアナリアが動かしたのか?


「ぐぅぐぅ……」

「すやすや……」


 しかし、わからん。


「なぜ寝た振りを……?」

「……なるほど! 死んだ振りだとコカトリスに介抱されちゃいますからね。だから寝た振りですか……!」

「えぇ……」


 そんなまさか。

 だが、ステラは得心したらしい。

 ベルゼルも重々しく頷く。


「コカトリスに構われたりすると、作戦行動に遅れが生じるからな。寝た振りだとそっとしてもらえる」

「えぇ……?」

「そんな顔をするな。これはどの騎士団でもやっている対コカトリス訓練だ。恐怖心を抑えて、魔物の前で寝転がるんだ」

「お、おう……」


 ナナもこちらに来て、うんうんと頷く。


「僕もやらされたもの。騎士は装備が高いですからね。間違っても突っつかれたりしないよう、こっちの寝た振りの方がいいみたい」

「……そうなのか……」


 としか言いようがないが。

 でもなんとなく納得はできた。


「まぁ……剣で追い払おうとしてもじゃれてるように思われる。火も怖がらない。死んだ振りは介抱される……。そうなると寝た振りしかなくなるのか」

「そういうことだ。あんまり格好良くはないが、消去法だ」

「ところで兄さんは寝た振りをしないみたいだが……」

「この村にコカトリスがいると知っていたからな」


 ぼそっとベルゼルが言う。

 何も知らない団員を連れてきたのか……。


 視界の端にコカトリスの背が見える。

 ぴよぴよしながら、一列に歩いて……そして見えなくなった。


 それを確認するとベルゼルは手を叩き、


「よーし。寝た振り、やめ! よく出来てたぞ」

「はぁ……はぁ……。よかった、どこも突っつかれなくて」

「ああ、まさかコカトリスがあんなにいるとはな……」


 ふむ、一応立ち上がって来ているな。


「よ、よし……! 改めて、トリスタン卿の屈辱を!」

「いざ、勝負せよ!」

「大丈夫ですか。なんだかお疲れみたいですが」

「気遣い無用ッ! 開祖の無念、それを晴らす時……!」


 なんだか時代劇の侍みたいだな。

 ステラは明らかに乗り気じゃないし……。

 そう言えば、そういう力試しとかやっているところを見たことがない。

 そういうのに興味がないんだろうな。


「がはは、これは収まりがつかんな。どうだろう、彼らも精鋭の騎士。名誉を立てる機会を与えてやってはくれないか」


 ベルゼルが面白そうに言う。

 ふむ……俺の出方を知りたい、そんな口振りだな。


 だがこうした事態はある程度、予想できていた。黒竜騎士団以外でも、ステラの武勇は知れ渡っている。

 チャレンジャーがいつか現れるだろうことは想定内だ。


 もちろん、角を立てないようにする案もある。


「ここでの決闘騒ぎは困る……が、騎士に請われては無下にもできん。要はステラの力がわかればいいんだろう?」

「そういうことだな」


 黒い騎士達も口々に言う。


「まさに、その通りです!」

「雪辱の機会を!」


 ステラは表情こそ変わっていないが、渋い顔つきになっている。

 こんな顔は非常に珍しい……。

 やはり人と戦うこと自体、あまり好きじゃないんだな。


「明日の朝、迎えに行く。公平な勝負の方法は俺が考える。それで異論はないか?」

「領主様、ありがたいっ!」

「異論はございません!」

「……エルト様」


 ステラが少し不安そうな顔をしている。

 まぁ、黒い騎士もステラの力を知れば挑戦はするまい。


 前世の知識で、俺には色々と引き出しがある。身体能力を競う勝負において、剣で戦う必要はない。

 キチンとしたルールがあれば、ボールとバットでも勝負になるのだ。


 ベルゼルをちらりと見る。兜で表情はわからないが、口調でわかる。面白がっているな。


「がはは、俺もそれで構わない。領主殿に従おう」

「ふむ、では集団客用の仮家がある。今日はそちらへ……」


 と、そんな話をしていると後ろから声がした。


「とおさま、かあさまー。なにをしてるぴよー? おきゃくさまぴよー?」

「戻るのが遅いから、迎えに来たぞ!」


 振り向くと、マルコシアスに抱えられたディア。


 あっ。


 しまった。

 地下広場から戻る予定が、とんだ立ち話に……。

 その遅れのせいで、ディアとマルコシアスが迎えに来たのか。


「「ああああっ! 喋ってるーー! 喋るコカトリスだーー!!」」

「ぴよー!? なにぴよ!?」

「「あああーっ!!」」


 バタバタ。

 黒い騎士達は再び倒れた。


「……ぐぅぐぅ……」

「すやー……すやー……」


 見事な対コカトリス訓練の賜物だな。

 彼らは切り替えて即座に寝た振りに入った。


「……ねちゃったぴよ」

「寝ているように見えないぞ。起きてるんじゃないか」


 マルちゃんッ!

 そこは察して……!


「ぐうぐう……!!」

「すや……!! すや……!!」

「ねてるぴよよ。あんなにいびきかいてるぴよ」

「そうかなぁ……だぞ」

「おひるねをじゃましちゃ、わるいぴよ。とおさま、かあさまー。かえるぴよー」

「……とおさま、かあさま?」


 ベルゼルが首を傾げる。それについて、俺は一言だけ告げる。


「それについては話すと長くなる。後で説明するよ……」

「がはは、そうか。まぁ、積もる話は後で良かろう。こいつらと荷物を連れてかにゃならんし」

「それじゃ後は僕が案内しましょうか。エルト様は家に戻った方がいいですね。ディアちゃんがいると、あれだし」

「……わかった、助かる。俺達は先に戻るぞ」


 そう言って、一旦俺達は家に帰ることにした。

 ふむ、ステラの顔色が晴れないな。

 やはり勝負の事が気になるか。


「ステラ、勝負と言っても色々とあるぞ」

「ええ、それはそうだと思いますが……」

「力試しをしたいと言うんだから、な。でも素振り・・・だけでも、どれだけの差があるかはわかるだろう」

「素振り……? あっ……!」


 ステラは俺の意図を察してくれたようだ。

 にこーとステラが微笑む。

 良かった、これならいいらしい。


「彼らにも良い運動になると思いますね……!」

「ああ、作るバットは五本でいいかな」


領地情報

 地名:ヒールベリーの村

 特別施設:冒険者ギルド(仮)、大樹の塔(土風呂付き)、地下広場

 来訪者+6(対コカトリス訓練に余念がない騎士5人、エルトの兄ベルゼル)

 総人口:193

 観光レベル:C(土風呂、幻想的な地下空間)

 漁業レベル:D(レインボーフィッシュ飼育)

 牧場レベル:C(コカトリス姉妹、目の光るコカトリス)

 魔王レベル:E(悪魔マルわんちゃん)

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