111.最後の調整へ
夜になってようやくステラが帰って来た。
もう少しで迎えに行くところだったが……。
ナールが帰ってから、かなり時間も経っていた。
しかし見るからにステラのテンションが高く、充実した時間を過ごしたことがうかがえる。
……二刀流で進歩があったのかな。
「お風呂沸かしてあるから、入ってくるといい」
「はい、ありがとうございます……!」
「……バットはどうだった?」
「とても良かったです!」
本当に良かったみたいだな。
これほど上機嫌のステラはめったに見ない。
そのままステラは浴室に消えていく。
犬化したマルコシアスに抱き着いているディアがそれを見て、
「かあさま、うっきうっきぴよ」
「よほどバットが嬉しかったみたいだな。でも一人でずっと振っていたのか……?」
「母上はトマトの人と多分、一緒だったぞ。匂いがした」
「トマトの人……?」
「さっき来ていた、トマトしか食べない人だ」
「ああ、ナナのことか……」
というか、マルコシアスの認識だとそうなるのか。トマトしか食べないのは間違っていないけど。
匂いで判別というのも、犬らしいが。
ステラに付き合ってくれたのなら、明日にでもお礼しにいくか。
それからステラのお風呂上がりを待って、夜ご飯を食べた。
後は本を読んだり今日のことを話したり……。
ソファーに座りながら、のんびりとした時間を過ごす。今ではとても大切な時間だ。
でも雑談だけでなく、共有すべきことも話さなくてはな。今日の場合だと、ナールから聞いた黒竜騎士団の兄のことだ。
その話を聞いたステラは、
「……なるほど。順調なご出世、ということでしょうか」
「まぁ、そうなるな。劇や本で知っているだけだが、あの『トリスタンの完敗』は史実なのか?」
「大筋はそうですね。細部に違いはありますが」
「そうなのか……」
だが、歴史は変えられない。考えても仕方ないことか。
そう思っていると、ステラがちょっとだけ近くに寄ってきた。
もうすでに隣に座っているので、かなり近いが。
「ところで二刀流の件ですが……」
「お、おう……。どうだった?」
「コツを掴んだと思います。かなり扱えるようになったかな、と」
「それは何よりだ」
「……で、ウッドをお借りしたいのですが……」
「ウゴウゴ、おれ?」
ウッドはいま、ソファーの前でマルコシアスを綿に包んでいた。
楽しそうだな……。
「はい、ナナとウッドの二人に同時に投げてもらって……打ちたいかな、と」
「ふむ、それしかないか……」
二刀流の練習は投げる方にも技量を要求する。二球とも同時にストライクゾーンにたどり着かないと、練習にならないからな。
「ウゴウゴ、おれはいつでもだいじょうぶ!」
「ウッドもこう言っているし、大丈夫だ」
「わかりました、ありがとうございます……!」
「ぴよー……」
マルコシアスと遊んでいたディアが、眠そうに床に横たわっている。
もうかなりの夜更けだな。マルコシアスもうつらうつらして眠そうだ。
昼には雲が出ていたが、夜にはひとつ残らず消えていた。明かりが少ないからか、この世界の星は余計に輝いて見える。
非常に規則正しい生活を送っているせいか、俺も少し眠い。
横になればあっという間に意識が落ちるだろうな。
それはそれで健康的ということなんだろうが。
「よし、そろそろ寝るか」
「そうですね、寝ましょう……!」
「ねるぴよー」
「わかったぞー……」
「ウゴウゴ、ねるー!」
◇
ナナはその頃、行きつけの酒場で一杯やっていた。
もちろん飲んでいるのはトマトジュース。
店の中はかなり混雑している。
いつもよりも早く来たし、ちょうど夜ご飯の時間でもあるせいか。
ちなみにナナの腰は曲がり、上半身がテーブルにくっついていた。
なんのことはない、ただの疲労ではあるが……。
ステラに付き合うのはかなりのハードワークだった。とはいえ、運動不足はかなり解消されたであろうが。
そう信じたい。
「あら、珍しい。……どうしたんですか?」
通りがかったのはアナリアとイスカミナの二人。どうやらこれからここで夜ご飯を食べるみたいだ。
「……疲れてね。普段より早くご飯を食べに来たんだ」
「なるほどもぐ……。ここに一緒でいいもぐか?」
店内は混み合っている。
相席でもしないと座れない人も出てくるだろう。
「ああ、もちろん構わないよ。どうぞ」
「お邪魔します」
「ありがとうもぐ!」
二人はそのままナナの前に座った。
ナナはよいしょっと姿勢を正す。さすがに同席者がいては見映えがよくない。
「やれやれ。ステラに付き合ったらよい運動にはなったけれども……体がついていかないね」
「ヒールベリーの葉を添えたサラダひとつ! ……そうなんですか?」
「僕も二十の半ばなんだよ? 貴族院にいた頃はそれなりに運動もしたけど、今はしてないし……」
「二十代にはとても見えませんもぐ」
それを言うなら、イスカミナが何歳くらいなのか、ナナにもわからなかったが……。
かわいいもぐらにしか見えない。
まぁ、でも他の種族の年齢はわかりづらいものだ。
「ヴァンパイアはエルフと同じく老化が遅いからね。でも体は動かなくなるものだよ。ステラのようには行かないね」
「そうなのですね……。でも同じSランク冒険者ですよね? 違いがあるものなのですか?」
「僕の場合はSランク冒険者と言っても、ずっと続いている称号だからね。先代の指名でなっただけ。ステラに比べれば軽いものだよ」
「へぇー……そうなんですねぇ」
「Sランク冒険者の称号は、いまや継承するものがほとんどもぐ。平和だしもぐ」
「そういうこと。ステラと同じ身体能力を求められても、どうにもならない」
それでも数時間でそれなりに投げられるようにはなったが。
「ステラと同じこと……フラワーアーチャーの弾を弾き返したりとか?」
「そんなことしてたもぐ?」
「ふふっ。話には聞いたけど、僕がやったら死んじゃうからね……それ」
わいわいと話していると、ウェイターのニャフ族がサラダを持ってきた。
トマトにレタス、さまざまな野菜が乗っているサラダだ。
ポーションには使わないヒールベリーの葉が使われているのが、ワンポイントである。
「お待ちどおさまにゃー」
「あっ、トマトがある」
「どうぞどうぞ」
「皆で食べるもぐー」
「……ポーションの葉が確かに乗っているけど、別に効果はないよね?」
ナナの指摘に、アナリアは頷く。
葉にはその通り、特に効果はない。
だけどもアナリア的には重要な点がひとつあった。
「ほのかにポーションの風味がします……!」
「そ、そう……」
「アナリアはポーションが大好きもぐからねー」
そういうものかな、と思いつつ。
やはり変な人がそれなりにいるなぁ……とナナは思ったのだった。
◇
翌朝。
昨夜も綿にくるまって家族揃って寝たわけだが……。
「すやー……ぴよー……すやー……ぴよー……」
「わふー……ぐぅ……わふー……」
ディアとマルコシアスは寝息を立てている。
いつも通りの時間に目が覚めたか。
カーテンから木漏れ日がさしこんでいる。
と、俺が首を傾けた時にはもうステラは起きていた。
ぱっちり目が開いているステラが、目の前にいる。
けっこう驚いた……。
「うぉ……おはよう」
「……おはようございます……。んふふ、ちょっと前に起きちゃいました」
子どもが遠足前に寝られませんでした、みたいな……。
そんな感じだな。
まぁ、特に起きる時間が厳密に決まっているわけではないしな。
「……起きたなら、俺達を起こしても良かったのに。一人で起きているのは退屈だったろう?」
「んー……いいえ。幸せを噛みしめていたので、退屈ではありませんでした」
そう言うと、半身を起こしながらステラはぐっと拳を握る。
最近見慣れてきた、燃えているステラだな。
「今日は朝から、バットを振りますね……! そして出来る限り早く、ライオンの騎士との対決を……!」
ふむ……すごくやる気みたいだな。
でも俺達の寝顔が幸せか。
なんだか色々と照れ隠しがある気がするが……悪くない。
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