112.バットは時に投げるもの

 朝ご飯を食べてから、皆で広場に繰り出す。

 今日は休みの日のせいか、人通りが多い気がする。


 空は昨日から晴れが続き、気持ちがよい。

 雨の心配もないだろう。


 ステラは二本のバットを持ち、意気揚々としている。マルコシアスはいかにもまだ眠そうに目をこする。

 ディアは俺が抱えながら歩いていた。……ふかふかのもふもふだな。


 前に比べてさらに大きくなってきたし、重くなってきた……と思う。

 よいことだ。

 娘に対してそれを言ったら怒られるかもなので、胸の内に秘めておくが。


 ウッドだけはしゃきりとしているな。


「……朝からナナと待ち合わせしていたのか……」

「ええ、昨日の終わりに……。今日で仕上げたいと思いまして」


 昨日から引き続き、ナナは協力してくれるらしい。

 これはお礼をしないといけないよな……。マルコシアスの手には、おみやげ(土産)のトマト詰め合わせのバスケットを用意してある。


 ……ちなみに山吹色のお菓子も同梱しようと思ったが、やめておいた。

 ちゃんと後でボーナスを払えばいいことだしな……。さしあたりのお礼として。


 バットの二刀流については、俺が実際に言えることはあまりない。

 なにせ俺もやったことがないし。


 あえて言うなら、片手のバッティング練習が近いか。重心を掴んで上達するのにはかなり有効だが、これはもう片方の手にバットは持ったりしないからな。


 結局のところ、ステラのパワーとセンス次第……どちらにも不安はないが。


 広場に着くと、もうすでに着ぐるみのナナがいた。

 着ぐるみのままストレッチをしているので、かなりシュールである。

 こちらに気付くと、ナナがぱたぱたと手を振った。


「ああ、おはようー」


 挨拶を交わして、とりあえずナナにバスケットを渡す。


「昨日、今日とありがとう。これはほんのお礼だ」

「おー……トマト! ありがたく頂きます!」

「でも良かったのか、こんなに付き合ってもらって」

「まぁ、僕の方も運動したい理由はあってね」


 そう言うとナナがお腹をつまむ仕草をした。

 俺はそれだけでおおよそ察する。

 この村に来た人間なら、誰でも気になる体脂肪。要はダイエットか……。


「というわけで気にしないでください。おー、すごく大振りのトマトだー……!」


 バスケットを覗き込み、るんるん気分のナナ。……ダイエットじゃなかったのか?

 まぁいいか。


 その様子を見ていたステラは頷きながら、バットをすらりと構える。

 おお、様になっている。


「では、さっそく始めましょうか……!」

「おー!」

「ウゴウゴ、わかったー!」


 ◇


 こうしてステラ、ナナ、ウッドの野球練習――もといライオンの騎士攻略のための練習が始まった。


 嬉しいことに今日は風もなく、日差しはそこそこ強めだ。

 一日中、野外にいるにはぴったりだろう。


 練習の内容はこうだ。

 ナナとウッドが同時にボールを投げる。

 それをバット二刀流のステラが弾き返す。

 この繰り返しだ。


 着ぐるみのナナが腰を捻りながら、サイドスローで投げる。

 すごく器用……。


 そしてウッドが片腕を前にして【シードバレット】を放つ。

 最初に見たときよりも、かなり弾速が速くなっているな。やはり成長しているみたいだ。


「いっくよー!」

「ウゴウゴ、それ!」


 声を掛け合い、なるべく同時に放つ。

 少しの調整で弾速含めてタイミングを合わせられているので、かなり凄い。


 というより、ナナが着ぐるみでちゃんと投げられているのが地味に凄い……。

 おもしろトマト人間じゃないんだな。やはり一流の動ける冒険者だ。


「せいっ!」


 対するステラも両手にバットを持って、二個のボールを迎え撃つ。


 カッキーン……!

 ゴッ……!


 だが、なかなかうまくいかない。


「あっ……」


 右手の方はちゃんと当たって弾き返せるのだが、左手がゴロになる。


 コロコロ……。


 今回はウッドの方をちゃんと返したが、ナナの方は返せない。

 というか、一球を正確に弾き返すだけでも偉業だが。


 ステラの求めるハードルはこれより高いのだ。


「も、もういちど!」

「おっけー」

「ウゴウゴ、わかった!」


 だが左右のバットを持ち替えたり、左手側に立っても片方がうまくいかないようだ。

 どうしても両方で弾き返せない。


 やはり厳しいか。

 どうも微妙に軌道が違う二球を打とうとすると、バットが振りづらそうだ。


 ……俺はちなみに腕を組んで立っていた。

 なんとなく。


「ぴよー、すっごいぴよねー」

「母上は両手でよくあんな器用に腕を動かせるな。我なんか、移動も四つんばいでしたいくらいだぞ」

「それはやめてくれ」


 マルコシアスはちょこんと座りながら、抱えたディアを撫で撫でしている。

 ディアも気持ち良さそうにされるがままだ。

 のどかな光景だった。


「でもいっぺんにうつのは、むずかしそうぴよー」

「そうみたいだな……」


 両手でバットを握った状態なら、間違いなく弾き返せる。

 しかしやはり片手で一本ずつは無茶だったか。いや、常人では絶対にできないことではあるんだが……。


「なにか、いいやりかたはないぴよー?」

「我には……うーん、思い付かん!」


 きっぱり即答するマルコシアス。


「ぴよー?」


 ディアのつぶらな瞳が、俺を見上げる。

 なにか方法か……うーむ。


 こうして見る限り、ステラの握り方も体幹も問題ない。

 だがスイングの時に、バットの動きに体全体が引っ張られるようだ。


 そうでもしないとバットが接触するからだろう。もちろん、普通はそうなるだろうな……。


 スイングはそもそもバット一本でするもの。

 弧を描くように両手で振れば、バット同士が衝突しかねない。


 しかも弾の軌道は微妙に違うのだ。

 求められるコントロール加減は、想像を絶するものがある。


 だがステラの片腕は問題なく動かせている。完璧に芯を捉えて、今も弾き返せている。


 問題はもう片方。

 もう片方のバットの軌道が、とてつもなく難しい。


 だが、俺の推測が正しければ――突破口はある。ステラが思いもよっていない方法が。


「……試してみる価値はあるか」


 ステラは反響打法も身に付けた強者。

 常識の範疇にはないバッターだ。

 教えれば、きっと出来るようになるだろう。


 ◇


 俺はタイムをしてステラに話し掛けた。


 俺の思い付いた方法を話してみると、やはり予想外だったらしい。

 思いっきり驚いている。


「……そ、それは……」

「やはり考えてもなかったか。別に問題ないぞ」

「しかし……いいんですか?」

「打てないよりは、よほどいい」


 俺ではとても実演はできない。

 出来るのは、前世の記憶を元にしたアドバイスだけ。


 俺の話を聞いたステラは再び、バットを構える。

 二人からボールが放たれ――ステラは振り抜く。


 カッキーン、カッキーン!!


 片方のバットを放り投げながら、スイングする。


 俺がアドバイスした内容は簡単だ。

 打った瞬間にバットを放してもよい、なんなら放り投げてもよいと言っただけだ。


 ステラは一瞬渋ったが、それでもその意味を理解したのだろう。

 すぐに応用して、モノにした。


 そう、打った瞬間に邪魔にならなければバットを放してもいいのだ。

 もっとも普通は両手で打つので、片手だけだが。


 片手打ちで片手を離したら、そのままバットは飛んでいく。

 しかしこれはただちにルール違反ではない。


 ステラの打った打球は――そのまま、並んだ二人に正確に弾き返された。


 ちゃんと捕球しながら、ナナが呟く。

 というか捕球できるのも凄いが。


「……おー……二球とも返って来た」

「ウゴウゴ、こっちも!」


 なおウッドは綿で体をガードしてる。

 これなら弾き返されても安心だ。


「やりましたー!」


 ステラが駆け寄って、ハイタッチを求めてくる。

 これも俺が教えたやつだ。ハイタッチを返しながら、俺は正直に答えた。


「……本当にできるとは思わなかったが」

「いーえ、エルト様のおかげです!」


 どう考えてもステラでないと無理だと思うが。

 しかし、あとはこれを極めていくだけ。

 ステラのセンスなら、モノにするまで時間はかからないだろう。


 ……準備ができ次第、ライオンの騎士と再戦だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る