107.次の方針

 両手に一本ずつ、バットを持って振る。

 その言葉を聞いたステラはごくりと息を呑んだ。


 どうやら大分、目は覚めてきたようだ。

 髪はけっこう寝癖が付いてるけど。


「……出来ると思います。慣れは必要でしょうけれども」

「ふむ……それなら決まりだな。まずは二刀流でやってみよう」


 不思議なものだ。

 ライオンの騎士の攻略は別に野球ではない。ルールに縛られる必要なんて、本来はないのだ。


 だけど、もうそれは考えまい。

 ステラにバットを渡した時に、運命は確かに決まったのだ。

 バットを振る、それにこだわると言うのなら――俺に出来るのは導くことだけ。


 それに気になることもある。

 フラワージェネラルを打ち返しで倒したときに、ステラは【コー・ティ・エンの資格者】の称号を得た。


 これが世界の何かに繋がっているのなら、それは多分、スイングの先にある。

 ……という気がするのだ。


 あとはもうひとつ、重要なこと。

 雷撃を打ち返せれば、恐らくライオンの騎士は機能停止する。

 これまでの頭部だけのライオン像はそうだったし。外見上、無傷でゲットできるわけだ。


 そしてルール的に二刀流は禁止ではない。

 そんなことをする打者がいないので、あえて禁止にはしていないのだ。


「しかし、二刀流ですか……。普通の人は無理ですよね」

「まぁ、そうだろうな」


 バットのスイングは全身全霊を込めて放つもの。

 だが鍛え抜かれた選手でさえ、打率三割もあれば上出来すぎる。


 そう――スイングは単にボールに当てればいいというものではない。

 前に飛んで守備を抜けて、初めて意味がある。


 もし二刀流を実際にやっても、パワーも精密性もまるで足りない。

 運良く当てても、ピッチャーゴロかキャッチャーゴロがせいぜいだろう。

 監督やコーチも許さないだろうし。


 ……俺も前世の子どもの頃に、二刀流を遊びでやったからよくわかる。

 当てることはできる。でも飛ばない。

 それなら両手で振った方が遥かに良いのだ。


「でもステラの身体能力なら、振ることはできる……と思う」

「ありがとうございます……! 早速、朝ごはんを食べたらやってみますね」

「いざとなったら、あのライオン像をぶつけて突破してもらおうと思ったが……」


 いくら硬くても、同じ素材でぶつければダメージは入るはず。

 ウッドを壁にして、ライオン像でゴツゴツやればなんとかなりそう――と思ったのだ。


「……その手がありましたね」

「もっとも、ライオン像も騎士の像も壊れるけどな。可能なら、打ち返しで倒す方がいいのは確かだ。口から雷撃を当てれば、機能停止に追い込める」

「分裂した二発の内、一発返しただけでは駄目でした……。やはり二つとも打ち返さないと倒せないのでしょうね」


 ふんふん、とステラからやる気がほとばしっていた。


 ふぅ、起き抜けから頭を使って話した気がする。そろそろちゃんと起きるか……。


 ディアはマルコシアスの胸の辺りに抱き着いていた。

 本当にお気に入りのようだな。


「すや……ぴよ……すや……ぴよ!」


 ディアは起きる時には、ぱっと起きる。

 綿布団をめくり、俺達を見て元気よく挨拶する。


「おはよーぴよ!」

「ああ、おはよう」

「おはようございます!」

「んあー……おはようだぞ!」

「ウゴウゴ、おはよう!」


 こうして、何気ないけれども大切な一日が始まるのだ。


 ◇


 身支度を整えて朝ご飯を食べた後、俺とステラはレイアに会いに行った。

 二刀流はいいとしても、練習の時間が必要だ。

 それまでどうするか、打合せしないとな。


 訪ねたレイアは珍しいことに、コカトリス帽子を被っていなかった。


 代わりにコカトリス着ぐるみを着たナナが床に寝転がっているが……。その手にはコカトリス帽子があり、床には工具が散乱していた。


 ふむ、なんとなく経緯が読める。

 多分、ナナとレイアは夜を徹してコカトリス帽子を弄ってたんだな。そしてそのままナナは寝落ちているに違いない。


 レイアは凄く元気そうだが……。


「ナナはそのまま寝かせてやってくれ」


 ヴァンパイアは昼夜逆転の種族だし、起こしたらかわいそうだ。

 そのままにしておこう。

 突然訪ねたのはこちらだしな。


 それから二刀流の件を話すと、レイアは興味深そうに頷いた。

 二刀流はともかく、雷球を弾き返して倒すのには賛成のようだな。


「なるほど……。ステラ様が対策を磨きあげている間は既存区域の調査のみに絞る……と」

「ああ、ライオン像を考えると雷撃の打ち返しで倒せる可能性は相当高い」

「確かにそうですね。イスカミナやナナの話でも魔法回路以外は損傷なし。しかも損傷しても再起動するのは、前回でわかりましたから……」


 俺の魔力でピリッとしたり、イスカミナごと回転してたからな。

 要は電撃を弾き返した攻略法だと、完全に壊さずに回収できるわけだ。


 これは像の価値を考えればかなり大きい。

 今は調査の邪魔になるとはいえ、本来は博物館に飾るくらい古くて珍しいのだ。


 そこまで言うと、改めてレイアは頷いた。


「承知いたしました。私としても損傷少なく倒せるのなら、その方が望ましいので。いざとなったら……落盤か落とし穴でどうにかするしかないとは思っていましたが」

「イスカミナがいるのでそれも可能ですね。ゴーレムなら恐らく、行動パターンは単純ですし」

「ふむ、色々と方法はある。とりあえずライオンの騎士はステラに任せてくれ」

「ええ、必ず打ち破って見せます!」

「実に頼もしい……! 『英雄ステラ、いにしえの恐るべきゴーレムとの一騎討ちを望む』、と」


 一騎討ち……?

 まぁ、言い方を変えればそうだな。


「ところで冒険者ギルドの件だが、そちらはどうだ?」

「資材やら何やらもほぼ届きつつあります。後はレイアウトを決めて建物ですね。エルト様なら、一瞬で建ててしまえるでしょうが……」


 大樹の塔みたいな感じでな。その辺りは凄く便利に思う。


「わかった、ありがとう。近日中にそちらも進めよう」


 そうして席を立ち上がりかけた時、ナナの方から音が鳴った。

 完全に予想外の、突然の音である。


 ぴよー。


 ステラも驚いて声を上げる。

 俺もびっくりした。


「な、なんです?」

「……コカトリスの鳴き声か? 音が鳴ったのはナナの着ぐるみだよな」


 そうしていると、ナナがむくりと起き上がった。

 のびのびとして、ナナはこちらに気付いたようだ。途端にぴしっと姿勢を正す。


「あっ、エルト様。申し訳ありません、お越しになられていたのですね」

「いや、気にしないでくれ。今帰るところだから……。それよりさっきの音は?」

「目覚まし音です」

「……そ、そうか……」


 ナナもあれだな、すました顔をしているがレイアと同系統の雰囲気がする。

 ま、まぁ良い人なんだけどな。二人とも。


「そうだ、この後ステラとメニュー作りをするんだが……ナナも家に来るか? 例の件も進めないといけないし」


 冒険者ギルドの顔になるメニュー作りとトマトの瓶詰め。

 そちらもやっていかないとな。


 後は二刀流なら新しいバットも作らないといけない。さて、どんなバットがいいものか……。

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