106.貴族らしくない

 エルト達がすやすやと眠り始めた頃。

 ナナは村の酒場で一杯やっていた。もちろん飲むのは濃縮トマトジュース。


 ちびちびと飲みながら、ナナはゆったりと寛いでいた。

 ちなみに着ぐるみ姿ではない。普通の、冒険者の服である。


「意外だね。健全そうな村だから、朝まで飲める酒場はないと思ってた」


 酒場はさほど広くない。

 それでも客はそこそこ入っており、賑やかである。


 ナナの正面に座っているのは、ブラウン。

 適当に流れで相席になっていた。


 ナナもこの村には知り合いはいない。

 特に気にすることもなく、二人はだらだらと飲み食いしていた。


「にゃ、うちらも夜は起きてたりしますにゃ。夜行性にゃん」

「ああ……そっか、僕と同じか」

「後は夜しか取れない素材とかもありますにゃん。そこそこ需要はありますにゃん」

「ふぅん……。なるほどね」


 ナナは串焼きトマトを手に取り、ひとつずつ食べる。素材の良さはもちろんだが、焼き加減もちょうどよい。


 厨房ではニャフ族やトールマン(人間)が分け隔てなく働いている。

 この村は出来たばかりのはずだが、ナナが思ったよりも一体感があった。


 カウンターを見ると、壮年の薬師らしき夫婦がやってきて弁当を持ち帰るところだった。


 大きな声では決してなかったが、ナナの五感は非常に鋭い。夜ならなおさらである。

 話している内容が自然と耳に入った。


「ニャン、仕事のしすぎはいけないニャン」

「ふっふっふ……。論文雑誌を読むのに二人して集中しすぎてなぁ。夜ご飯を作るのを忘れたんじゃ」

「本当にもう……。いい歳して熱中しすぎたわ」

「ここが持ち帰りもやっていたので助かったわい。お代はこれでいいかい?」

「ニャ! 野菜パイふたつ、お買い上げありがとうニャン!」

「こちらこそありがとう、また来るよ」

「ええ、ここのお野菜は体にいいのかしら。最近、節が痛くないから……」

「それでつい夜更かししてしまうんじゃよな。はっはっはっ……」


 そうして手包みを渡されると、夫婦は店を出ていった。良い光景だとナナは感じる。


 そうして目の前に意識を戻すと、ブラウンは麦茶をぐいぐい飲んでいた。

 そのブラウンにナナはぽつりと言った。


「……普通だと、僕達ヴァンパイアはあまり歓迎されないんだけど。よく怖がられたりするし」


 地方によってはヴァンパイアに対する迷信がまだまだ根強い。血を飲むとか、それで仲間を増やすとか……。

 だが、それらは真実ではない。


 種族全体がトマト好きで、それが勘違いされただけなのだ。


「ここは教育水準が高いにゃん。うちらも北ではヴァンパイアと取引してましたにゃん」

「ふむ……」

「それとエルト様は本当に分け隔てはしませんにゃ。一番最初に住むのを認めてくれたのはうちらニャフ族で、ドリアードもコカトリスもなんでも受け入れますにゃ」

「……それは実は、かなり凄いことなんだけどね。偏見というものがないんだ」


 交易が盛んなザンザスの人ならまだしも、普通の貴族では非常に珍しい。


 大抵、貴族は各々の家に伝わる歴史を引き継ぐ。その中には他種族への偏見やらアレコレが含まれるのも珍しくない。


 ヴァンパイアも数百年前、周囲の国をボコボコにして自治独立を得た経緯がある。そのため、古い貴族家からはおおむね良くは見られていない。


 ホールドもきれいさっぱり偏見がなくなったのは、貴族院も後半になってからだと記憶している。


「エルト様には驚かされっぱなしですにゃん。賢さが、偏った見方を許さないのですにゃん」


 確かにライオン像への興味は、貴族らしくないとナナも思った。

 金銭的、骨董品的な価値ではなく――技術的な価値を重視している。そのように感じられた。


 多分、普通の貴族ならイスカミナを口に押し込む前に止められているだろう。

 うん……あれはちょっとノリ過ぎたが。


「非常に興味深い領主と言うのはわかったよ。貴族でも稀な方だ」


 ナナはトマトジュースを一気に飲んだ。

 魔法技術の深淵が知りたくて、ナナは故郷を後にしていた。

 ……ここに来た最初の理由はホールドに言われたからだったが、少しずつ前向きになっている自分がいる。


 こういう時は大体、いい流れにいるときだとナナは知っていた。


 後は……今は着ぐるみを着ていない。

 今だからこそ、ちょうど頼みたいことがひとつあった。


「ところで、お願いがあるんだけど」

「んにゃん? なんですにゃん」

「……肉球触らせて」

「みんな、一度はそれを言いますにゃん」

「はぁ……やっぱりね」

「いいですにゃん。その代わり、着ぐるみのお腹をたぷたぷさせて欲しいですにゃん」

「……いいよ、交換条件だ」


 仕方ない。

 ニャフ族はかわいいし……。

 ナナはかわいいものがそれなりに――いや、コカトリスを着ぐるみにするくらいには好きなのだ。


 ◇


 翌朝、俺の目覚めは早かった。

 というより、隣でステラがぽーっと起き上がっていたので目が覚めたのだが。


 ステラはいつも通り、体を半分起こしていた。この状態からスイッチが入るまで、長いと三十分くらいかかる。


 綿布団をめくると、ディアとマルコシアス(子犬)が抱き合って眠っていた。

 ちなみに仰向けのマルコシアスのお腹を、ディアがたぷたぷしている。


 たぷたぷ……。


「主~……もっと……」

「すやー……もーマルちゃんたら……すやー」


 ふむ、お互いに気持ち良さそう。


 もしかしたらディアは、仲間以外でさわり心地の良い生き物を初めて見つけたのかも知れない。

 ……これもまた成長だ。


「ふぅ……」


 俺の心を悩ませていることはひとつだけ。

 それはどうやって分裂雷球を打ち破るか、ということだ。


 バットを大きくすればいいのではないか。

 初めはそう考えた。

 例えばデカイ羽子板みたいな形なら、分裂しても打てるのではないか……と。


 だが、これは許されない。

 野球規則ではバットの素材、大きさにちゃんと規定がある。


 それに違反して打っても、打ったことにはならない。

 もちろん相手も球が分裂するんだから――それはそうなのだが。


 後は【強化】の魔法に分身の魔法もある。

 ステラは当然知っているだろうし、使えるだろう。

 でもそれを言い出さないということは、気が進まない――そういうことだ。


 バッターボックスに二人立ってはいけない。

 これも基本的なルールである。


 俺は寝起きの頭で必死に考えていた。


 ルール、納得、実現性……全てを満たす解答はあるのか?

 ステラの身体能力なら、多少のことは――。


 そこではっと気が付いた。


「むにゃ……おはようございます、エルト様……」


 どうやらステラのスイッチが入ったらしい。

 とはいえ、まだ寝ぼけ眼ではあるが。


 俺はステラの腕をまじまじと見つめていた。


「え、えっと……? エルト様?」

「考えたんだが、ステラ」


 そこで俺はさっきの閃きを口にする。

 前代未聞、普通ならあり得ない答えだが――ステラなら出来るかもしれない。


「片腕でバットは振れるか?」

「ええ……そ、それはまぁ……」

「……両腕に一本ずつ持って、振れるか?」


 そう、これはやる人間が一人もいないから禁止されていないだけ。

 やってもまともに打てはしないし。


 だが恐ろしいことに、違反ではないのだ。


 二刀流打法。


 ステラなら、きっと出来てしまうだろう。

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