66.とるべき作戦

「あああーー! 喋ってるー!」


 レイアは感激していた。

 そうか、レイアはコカトリス大好き人間だったな。

 ジェシカにコカトリス帽子を与えたのも彼女だと言うし……。


「ぴよ、きみもしゃべってるぴよ」

「なるほど、それもそうでしたね!」


 そこでレイアはコカトリス帽子に付いていた紐を引っ張る。


 ぴよー。


 流れるような動作。一瞬も躊躇なく紐を引っ張ったな。


 しかしなぜ今、引っ張った?

 ……いや、わかってる。

 ディアからの好感度を高めたいからか。涙ぐましいというか……。

 趣味もあるだろうけど、仕事上でも頑張りすぎだな。


「ぴよ! ひーるべりーのむらへようこそ、ぴよ!」

「はぁぁ……かわいい……。おっと、そろそろ……」


 そこでレイアはうっとりした顔を切り替える。

 きりっとした顔で俺へと向き直った。コカトリス帽子は被ったままだが。


「レイア、久し振りだな……。元気だったか」

「ええ、特に問題もなく。今回は色々な事がありますので馳せ参じました」

「それはありがたい……。冒険者達も連れてきてくれたのはフラワーアーチャー対策だろう?」

「そうです。フラワーアーチャー千体は重大案件でございますから。Sランクのミッションとして対処します!」


 Sランクのミッションは地域を左右する案件、だったか。

 公式には数十人の冒険者がつきっきりで対処すべき案件のはずだな。

 あのフラワーアーチャーの一体が武装した人間並の脅威認定なら、そうなるだろう。なにせ千人の軍隊と対峙するようなものだ。


 まぁ、確かにこの村にはたくさんの冒険者がいて、ステラやウッド、俺もいる。

 かなりの戦力がいるのだ。

 でも普通の村や街ではとてもこれほどの戦力はいないだろう。


 ザンザスの冒険者ギルドが支部としては大きいのも幸いしたか。

 離れていたら、もっと時間がかかったろうしな……。

 そう考えるとSランク扱いなのも頷ける。


「ありがたい、それでは早速打ち合わせするか」

「ええ、そういたしましょう」

「ステラとマルシスは冒険者達を宿泊所に案内して欲しい。他の人にも手伝ってもらってくれ」

「わかりました……!」

「承知した、父上」


 ステラとマルコシアスが馬車から降りてきた冒険者へと向かう。

 そこで俺はちらっと聞いてしまった。


「我、あの帽子欲しい……」

「……それについては、また後で……」


 ◇


 ディアは一旦、家へと連れ帰ってきた。

 あまり知らない人の多いところは負担かもだしな。

 まぁ、村を歩いている限りは人見知りはしなさそうではあるが……。

 俺がレイアと話をしているあいだ、ウッドに相手をしてもらおう。


「まずは迅速な対応、感謝する。まさか手紙を送って数日で来てくれるとはな」

「いえ、こちらこそ連絡ありがとうございました。地図が付いていたし、おかげで早急に動けました」


 とはいえ五十人を即座に集めて連れてくるのは大変だと思うが。

 現代の会社組織よりも冒険者ギルドは緩いわけだしな……。

 その辺はやはりレイアの手腕というところだろう。


「後はザンザスのダンジョンに繋がっているかもしれない地下通路ですね。これは純粋な疑問なのですが……秘密にして独占しようと思わなかったのですか?」


 少しだけレイアの瞳が鋭くなった。

 ……やはり地下通路が本題か。


 フラワーアーチャーは厄介な案件だ。

 しかしザンザスの冒険者ギルドにとっては、自力で対処できる範疇。

 金や人に物を言わせて圧倒できる相手なのだ。


 だが地下通路はそうではない。

 世界十大迷宮、いまだ人類が攻略していないダンジョンなのだ。


 そして現在もザンザスのダンジョンは途方もない富を産み出し、何万人もの生活基盤になっていた。

 安全に、素材がなくならないように徹底管理している。


 つまりそれだけの価値があるダンジョンなのだ。それを横から入れる通路が見つかったのかもしれない。


 ……もし俺が欲深くて野心があって、しかもアホならこの秘密を独占しただろうな。

 うまくやればその富の一部をかすめ取れるわけだし。


 あるいはこの地下通路はザンザスのダンジョン製作者の謎に通じているかもしれない。

 なにせ神話めいて、ほとんどわかっていないダンジョン製作者だし。


 こうして考えると独り占めには無限の可能性がある。

 富、知識……人類がまだ手にしたことのないものもあるかもしれない。


 だが俺はそういうのに興味ない。

 俺自身がよくわかっている。賭けは安全に、できるだけ保険をかけながら。

 それが俺の生き方なのだ。


 だから植物魔法で米や大豆を作れても、白米や味噌、醤油には挑戦してない。

 あくまでこの世界で売り買いできる物しか作ってないのだ。


 前世の知識を活用して世界を塗り替えようとも思わない。

 もちろん今回みたいな幸運があったとしても、リスクは取らない。


「ふむ……共同で調査して利益があれば山分けすればいい。こちらには地下を調べるノウハウもないし」

「……危険だから埋めてください、そういう可能性もありますが?」

「いつ誰が作ったかもよくわからない地下通路だ。安全なのかも当然疑問がある。ザンザスまでちゃんと繋がっている保証もないし、それが結論なら従うよ」

「わかりました……。ありがとうございます、賢明なご判断に心より感謝を」


 レイアがぺこりと頭を下げる。

 あ、帽子がずり落ちそう……。

 …………大丈夫、ずり落ちなかった。


「私としても地下通路には多大な期待をしています。これまで通り、友好的な共同事業として取り組めればと」

「ああ、俺もそのつもりだ」

「……ならその前に森に巣くうフラワーアーチャーを一掃しなければ、ですね」


 そうしてレイアは懐から地図を取り出した。


「これは頂いた情報に、こちらの推測を加味した地図です。これから偵察班を派遣してさらに詳細に敵の配置位置を確認します」

「ボス個体の位置もだな」

「ええ、具体的な場所がわかり次第、討伐作戦を組む予定ですが……。これは提案なのですが、聞いてもらえますか?」

「どんなことだ?」

「あの森は数百年、人が入っていません。奥の地形はこれから調べることになります。もし我々ザンザスの冒険者ギルドだけで対処するなら――数ヶ月かかります」

「まぁ、そうだろうな」

「しかしエルト様のお力を全面的に借りられるなら、もっと早く終わらせられます」

「具体的には?」

「ヒールベリーの村の総力もあれば、一週間で。素材については山分けでどうでしょう?」

「……ふむ」


 腕を組んで考える。協力すれば一週間でフラワーアーチャーの素材が五百体。

 余裕で黒字になりそうだ。

 多分ポーションやステラ、ウッドやらを借りたいということなのだろうが。


 だが、そうか……。フラワーアーチャーのボス個体にはレアドロップの可能性があるな。

 もしかすると今後に有用な物が手に入るかもしれない。

 それくらいの優先権はもらっておくか。


「ボス個体の素材をこちらで貰えるなら協力しよう。その代わり、俺も前線に出る。他の素材は山分けでいい」

「ありがとうございます。一週間で討伐いたしましょう」

「ああ、段取りは任せよう。それが終われば地下通路の調査だな」

「ええ、そうですね」


 レイアがちらっとディアを見た。

 ……レイアはディアの調査をしたくて仕方がないようだな。

 本当にコカトリスが好きなんだな……。

 まぁ、気持ちはわかるが。


「そういえば……森からコカトリスを連れて帰ってきたが、見ていくか?」

「あああ……!! ぜひっ!」


 ばん、とレイアが勢い良く立ち上がる。

 あ、ちょっとずれていた帽子が……落ちた。


 瞬間、ディアの声が上がる。


「……しんだぴよー!」

「へっ? 誰がですか?」

「きみぴよー!」

「私が!? 死んでる!?」

「……早く帽子を被り直してくれ」


 とまぁ、こんな感じで討伐作戦はスタートするのであった……。

 さて、レアドロップが手に入るといいんだがな。


 ディアがぽつりと感慨深げに言う。


「そとからくるなかま、ちょっとしにすぎぴよよ……」

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