45.孵化計画、スタート

 俺の言葉にステラはぴんと来ていないようだった。

 無理もないか。

 見た目も手触りも石だものな。


 でもステラがわからなかったのは、もうちょっと別の点らしかった。


「コカトリスクイーン……ですか? それはコカトリスの近縁種なのでしょうか?」

「む……そこからか」


 ゲームの中において、コカトリスクイーンはコカトリスの群れの主になる存在だ。

 姿はコカトリスとあまり変わらない。ふかふかのもふもふ。


 ただし、さらに大きくなっているが……最大五メートルくらいか。

 ちょっとしたドラゴン並みである。


 さらに知能はかなり高い。効率的に群れを動かし、周囲のコカトリスにバフを与えるのだ。


 個体数としてはとてもレアだ。

 他のダンジョンでも目撃例はないのかもしれないな。


「そうだな……コカトリスクイーンは群れのボスになれる個体といった所だ。普通のコカトリスより体が大きい」

「ウゴウゴ! すごくおおきい!」

「ふぇぇ……あれよりもまだ大きくなるのですか……ごくり」

「ああ、だが基本的にはおとなしい魔物のはずだ」

「ウゴウゴ! とりさんもひとなつっこい!」


 コカトリスはテイム可能な魔物であり、けっこうな人気があった。

 かわいい、ふさふさ魔物だしな……。


 確かこちらの世界だと、コカトリスの羽は大人気だったはずだ。

 枕や布団、ぬいぐるみ……。人はふかふかを求めずにはいられない。


「そこまでお詳しいということは、孵化させる方法もご存じなのですか?」

「ああ、知識レベルで実践したことはないが……ん?」

「ぜひ! やりましょう!」


 バンと身を乗り出したステラ。

 おおう、やる気だな。


 目がきらきらしている。

 当然か……話を聞いた限りだとコカトリス大好きみたいだし。


 ちなみに魔物の育成等は各領主に任せられているので、俺の自由に決められるのだ。

 力ある領主になると何種類もの魔物を飼育している。

 経済的、戦力的、ステータス的と理由はいろいろだろうけど。


 ふむ、コカトリスがいれば領地にプラスになるのは間違いないだろう。

 なので孵化させるのに異論はないのだが……。


 俺は首を横に振った。


「すぐには無理だ。コカトリステイムのスキルがないと、クイーンの卵は孵化できない。そのスキル持ちを探してこないと……」

「あっ、それなら……第一層の帰りに会得しました!」

「……なんだって?」


 テイムスキルの獲得条件はかなり面倒だ。

 テイム可能な魔物ごとに餌やりを続ける必要がある。

 そして餌やりが一定回数に到達すると、スキルを得られるのだ。

 ゲームだとまとめて餌やりをするイベントがあるので、ある程度楽なのだが。


「一万回もコカトリスに餌をあげたのか……」

「ふぇぇ……自分でもびっくりです……」


 ◇


 とりあえず話をそこそこ聞き終えた俺は、コカトリスクイーン孵化のために人と機材を集めることにした。


 場所はアナリアの工房。

 来てもらったのはアナリア、ナールだ。


 概要を説明したところ、二人ともかなり乗り気になってくれた。


「というわけでコカトリスクイーンの卵の孵化。このミッションを成功させる」

「はいですにゃ! 全力を尽くしますにゃ」

「ええ、絶対にやりとげましょう!」


 ……俺が思うより気合いが入っているな。

 確かにレアな魔物だけど、コカトリスクイーン自体はほぼ知名度ないはずだよな。


 なにせステラが知らなかったくらいだ。

 まぁ、ステラは数百年間封印されていたので、知識に抜けはあるのかもしれないが。


 ふむ……念のため、確かめておくか。


「ひとつ聞きたいんだが、魔物の育成には反対じゃないんだな」

「もちろんですにゃ。魔物を領内に飼うことはステータスですにゃ……! 魔法やスキルがないとできませんのにゃ」

「コカトリスクイーンという名前は初めて聞きましたが、あのコカトリスの近縁種ですよね。ザンザスのマスコットはコカトリスなんですよ!」

「そうだったのか?」

「はい、あの愛くるしい姿……。お土産屋さんにはいっぱい、コカトリスのぬいぐるみが置いてありますからね。私の家にも少しありますし……」

「かわいい魔物は人気がありますのにゃ」

「ステラは特に言及してなかったが……あれか、行った時に見なかったんだな」

「そういうことだと思います。家具屋さんやお土産屋さんに行けば必ずあったはずです」


 それとナールの商売範囲は主にポーション関係。

 だからあまり話題にならなかったのか。


「コカトリスの毛は高価ですにゃ。もし取引が出来れば利益になりますにゃ」

「……抜け毛を集める専門の冒険者がいるくらいだものな」


 そんなコカトリスの羽毛集め冒険者は百人以上いるらしい。

 それくらいコカトリスの毛は人気がある。


 ナールもアナリアもそれを知っているので、やる気ということだな。

 あとは魔物の育成はステータス、か。確かにそうだろうな。

 ステラに【コカトリステイマー】のスキルがないと手詰まりだったし。


「よし……それじゃ必要なものを言っていくぞ」


 必要なものはゲームの中と同じでいいはずだ。

 複数の薬草を混ぜ合わせた溶液に、コカトリスの羽毛がたくさん。

 アナリアに溶液を作ってもらい、ナールに羽毛を買ってきてもらうとしよう。


 わくわくしてきた。

 うまく行けば今週中にコカトリスクイーンの卵は孵化するはずだ。


 ◇


 アナリアの工房を後にした俺は、次に大樹の塔に向かった。

 孵化の準備はこれでおおむね、大丈夫なはずだ。


 溶液、羽毛、スキル、魔力。

 これが孵化に必要なものだが、目処がついたと言えるだろう。

 最後の魔力は俺が注ぎ込めばいいしな。


 だが、まだ万全じゃない。

 育成環境を整えないといけない。


「というわけで、協力してほしいんだが……」

「いいですよー」


 訪れたテテトカは二つ返事で引き受けてくれた。

 ちなみにテテトカは今、鉢植えに埋まっている。

 そこは触れない。


「必要なのは大量の野菜だな。コカトリスは草食性でよく食べるし……。それとステラから聞いたんだが、草だんごも好んで食べるみたいだな」

「ほえー……気が合いそうですね」


 ま、まぁ……あの草だんごが嫌いな人ってあんまりいないと思うが。

 俺も食べているうちにけっこう気に入ってきた。

 甘味がないんだよな、この世界……。


「それでまた草だんごの講習会というか教える会みたいなのをやりたいんだ。今度は冒険者達を相手に」

「いいですよー!」


 気持ちいい返事だ。

 テテトカの入った鉢植えの横にはじょうろがある。


「ありがとう、助かるよ」


 俺はじょうろを持って、テテトカに水をかける。


 お礼を言いながら頭から水をかけるだなんて、とんだサイコパス。

 しかしドリアード的にはこれは本当に感謝してますというジェスチャーなのだ。

 たっぷり水をあげよう……。


「あわー……いい気持ちです~」


 テテトカに水をかけながら、俺は今後の構想を練っていた。

 雨を避ける屋内と歩き回れる野外、どちらの空間も欲しいな。

 うん、植物魔法でそれらしい建物を作るとするか。


 最近の俺は水をかけながらでも、他のことを考えられるようになってきていた。

 いわゆる慣れというやつだ。


「はわー……天国です……」


 最初の頃は、頭から水をかけることに抵抗さえあったのにな。

 ちょっと違うかもだけど、これも適応ということになるのだろうか。

 ……むしろドリアードの考え方に染まっているのかもだが。


 そしてこのときの俺は、まだ知らなかった。

 俺が最初だったのだ。

 国内でコカトリスを飼育して、牧場を作ったのは……。

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