40.すぐに食べたい草だんご

 大樹の塔に数十人が集まり、お菓子作りパーティーが始まった。

 大樹の塔はかなり大きいし、背の小さいニャフ族とドリアードが主だからか、あんまり狭く感じないな。


 と言っても半数以上は草だんごを作るのだが……。

 なにせドリアードは草だんごしか作らないからな。

 まぁ、そんな俺も草だんご組である。


 ……ふむ。腰の高さくらいのニャフ族やドリアードが集まっていると、小学生のお遊戯会みたいな雰囲気だな。

 ほんわか癒されるけれど。


 草だんご組にはアナリアもいる。

 ストレッチをしており、気合い十分だ。


「やる気だな……俺も体をほぐしておくか」

「意外とこねこねするには、腕の力を使いますからね」

「そうだな、今日はたくさん作ることになりそうだし」


 それからは喋りながら草だんごを作っていった。


 こねこね。

 こねこねこね……。


 俺の隣ではブラウンが必死にこねこねしている。


「こねるにゃん……ふんふん、こねるにゃん……」

「楽しんでるな」

「はいですにゃん! こねるのはやっぱりいいですにゃん。まるーくなるのが……」


 そう言うと、ブラウンはうっとりする。

 やはり小さく丸いのはニャフ族的には琴線に触れるのだろうな。


「いいのが出来たら、食べてもいいんだぞ。ドリアードはそうしているし……」

「んにゃん、確かに出来立てはおいしそうですけどにゃん……」


 俺の向かいにはテテトカがいる。

 テテトカもこねながら、


「そうですよー。出来たら食べちゃうのがグッドなのです。もぐもぐ」


 見ていると、テテトカは作ったそばから草だんごを食べている。

 ……うん? 見間違いか?

 ひとつも出来上がった草だんごがない。


「全部作っては食べてるな……」

「朝ごはんの代わりなのでー。もぐもぐ」

「さ、さすがドリアードですね。とってもフリーダムです」

「お菓子を作る会の前提が危うい気がしますにゃん」

「もぐもぐ、ごっくん。え……? 作りながら食べるんじゃ……?」

「あ、いや……作りながら食べてもいいぞ。うん、その辺りは任せる」

「よかったー。とりあえずそれじゃ、お腹がちょっと膨れるまで作って食べますー。もぐもぐ」


 ふむ、しかし出来立てか……。

 日本でのだんごや餅も出来立てがおいしいとはよく言うが、作ってる人が食べるとは思わないよな。

 確かにドリアードがいなければ、作っては食べるなんてしないだろうが。


 ……おいしそうではある。

 むしろ草だんごのベテラン職人であるドリアード推薦の食べ方だ。


 やってみてもいいんじゃないか……?

 うん、食べてみよう。一個だけな。


「もぐもぐ……」

「あ、エルト様……?」


 おいしい。

 なんだろう、こねた直後だからか。ふんわりと柔らかいというか……固まっていないのか。

 いくらでも食べられそうだな。


「……これはこれでいいな。皆も食べてみるといい」

「な、なんと魅惑的ですにゃん。出来立てを食べちゃうんですにゃん?」

「いいんですかね……。でも草だんごは太りにくそうですし」

「時間が経ったのとまた違うぞ。まぁ……向こうで焼き菓子を作ってるから、お腹いっぱいにするのはまずいだろうが。食べても作ればいいんだ」


 俺の一言で、ドリアード以外も草だんごをつまみ始めた。

 たまにはこういうのも良いものだ。


 ……そういえばステラは草だんごがお気に入りだったな。

 帰ってきたらこっそり作ってあげようか。

 きっと喜ぶだろう。


 あと彼女は俺がスキルを持ったとは知らないからな……。

 ドリアードと同じように作れていれば、嬉しいのだが。


 ◇


 一方、ザンザスの迷宮【死鳥の草原】。

 この第一層は最短距離を歩けば、数時間で第二層へと行ける。

 この最短距離の半ばに川が流れており、ここが休憩地点となる。


 ステラのパーティーはその川の側に陣取り、一休みをしていた。

 川幅は数百メートルあるが魚はおらず、ガラスのように透き通っている。

 川の深さは足首より少し上くらい。綺麗な川底がそのまま映し出されている。

 流れも緩やかであり、休むにはぴったりだ。


「ふぅ……癒されますね」


 ステラはこの川が好きだった。

 色々と巡ったが、この川ほど綺麗な水は見たことがない。

 事実、この川を見るためだけのツアーさえあるくらいなのだ。


 ウッドは水をすくっては、自分に浴びせている。


「ウゴウゴ、とってもきれい! きもちいい!」

「水があるのはここが最後ですからね。リフレッシュしてください」

「ウゴウゴ! わかった!」


 楽しんでいるウッドとは逆に、精鋭冒険者達の顔色は悪い。

 例えるなら、これから世界の終わりでも迎えるような雰囲気である。


「……みなさん、顔色がとても悪いですが大丈夫ですか?」

「大丈夫ではありません……。うう、むしろどうしてそんな平静なんでしょうか? あそこにコカトリスがたくさんいますよね?」


 水色の服を着た魔術師が指差したのは、数百メートル先の川の下流である。

 そこにはたくさんのコカトリスが水浴びをしていた。


「ぴよぴよー」

「ぴぴよぴよー」

「いいですねぇ。いっぱいいて、かわいいじゃないですか」

「「ひぃぃぃ……!!」」


 精鋭冒険者達が声を揃えて、のけぞる。


「何匹いるのかわかりませんけど、あれだけいたら騎士団一つでも手に負えませんよ……!?」

「たった十六匹じゃないですか……」

「十六匹!? 私達の支部だとあれだけのAランクの魔物が来たら……街ごと避難するレベルですよ!」

「でもここのコカトリスは危険じゃないですから……」

「それはわかりますが……はぁ、はぁ……」


 この死鳥の草原には数百匹のコカトリスがいるんだけどな……。

 ステラはふと思ったが、口には出さないで置いた。


「うう、ここが世界十大迷宮と呼ばれるのがわかりました……。知っていても頭がおかしくなりそうです」

「ぴよ?」


 と、そこへ草むらをかきわけて人の背丈くらいのコカトリスが現れた。

 コカトリスの子供である。


「ぴよぴよ?」

「う、うわぁぁぁ……! 戦闘準備!」


 精鋭冒険者が武器を取り出そうとするのを、ステラは身を乗り出して制止する。


「ふぇぇ……!? 動かないでください!」


 ぴたり。

 リーダーであるステラの鋭い指示に、精鋭冒険者が固まる。

 その辺りはベテランらしく、すぐに従ったのだ。


「……刺激しちゃダメですよ。もしこのコカトリスが騒いだら、何事かと他のコカトリスも集まりますからね」

「「…………ごくり」」

「このコカトリスはまだ子供なので、ハグしてきません。ハグするのは大人のコカトリスだけですからね……」

「でもBランク相当の魔物ですよ……」

「大丈夫です、任せてください」


 ステラは落ち着いたまま、バッグから草だんごを取り出した。

 携帯食料としてヒールベリーの村から持ってきた草だんごである。


 それを見てコカトリスはぴょんと飛び上がる。


「ぴよ……ぴよ!」

「やっぱり植物だけで作った、この草だんごには興味があるみたいですね」

「ぴよぴよ……!」

「縄張りに入ってすみませんでした。私達はすぐに立ち去りますからね……」


 コカトリスはステラの手から草だんごをつまむと、そのままごっくんと飲み込んだ。


「ぴよ……ぴよぴよ!!」


 そのままコカトリスはステラに体を擦り寄せてくる。


「よしよし……! はふ、柔らかい……」

「ぴよ!」


 ひとしきりもふもふすると、コカトリスは手を振りながら草むらへと帰っていった。


「とまぁ、こんな感じにするといい感じですね……」

「お、おそろしい。普通のダンジョンなら、こんな気軽にBランクの魔物と遭遇なんてしません……!」

「ふさふさのもふもふなのに……」


 しかし、ステラは少し奇妙な感じがしていた。

 普通、餌をやっても手を振って去ったりはしないはずだ。


 ……ドリアードの草だんごを食べさせたのは初めてだけれど。

 初めての反応というか、立ち去り方だった。


(よほど気に入ったということなんでしょうか。あの草だんごが……)


 もぐもぐ。

 自分も草だんごを食べながら、ステラはそんなことを思うのだった。


 これが後にヒールベリーの村でコカトリス牧場が誕生する瞬間とは、ステラは気付きもしなかったが……。

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