34.鱗おいしい

 一週間後。

 いよいよ麻痺治しのポーションが揃い、ステラとウッドがザンザスへと旅立つ日が来た。


 空はからっと晴れている。

 出発する馬車の前には、ステラとウッドが並んでいた。

 なんだか緊張しているように見える。


 それは俺もかも知れないが……ウッドと離れるのはこれが初めてだからな。

 心配にもなる。


「忘れ物はないな? くれぐれも無茶はするなよ」

「ウゴウゴ! だいじょうぶ!」

「ステラの言うことをよく聞くんだぞ」

「ウゴウゴ! わかった!」

「ステラも……無理はしないようにな。怪我がないのが一番だ」

「はい……! 気を付けます!」


 見送りにはアナリアとナール、テテトカも来ている。


「頑張ってくださいね」

「ええ……頑張ります。私がいない間、観葉植物をよろしくお願いします」

「もちろんにゃ。お世話するにゃ」

「ほえー、元気でねー」

「ウゴウゴ! おれもがんばる!」


 こうして二人は出発していく。

 土ほこりを上げる馬車の後ろ姿を、俺は見送った。


 ウッドには麻痺攻撃は効かないし、ポーション類は十分にある。

 経験あるステラもいるしな……。うん、大丈夫だろう。

 ちょっとした遠足みたいなものと思おう。

 あとは吉報を待つだけだ。


 順調にいけば戻ってくるまで、半月くらいだろうか。

 まぁ、気を揉んでいても仕方ない。

 俺は俺の仕事をやらなくちゃいけないからな。


 ◇


 それから俺達はニャフ族の倉庫に向かった。

 倉庫にはレインボーフィッシュの入った生け簀を保管している。

 その様子を見に行くのだ。


 倉庫の中は静かだ。

 並んだ棚には、野菜の加工品やらが置かれている。とても綺麗にされており、ほこりひとつない。


「ふむ……特に問題はないみたいだな」


 生け簀の中ではレインボーフィッシュが元気に泳いでいる。

 もちろん、あの黄金のレインボーフィッシュも元気だ。

 毎日見ているが特別変わりはない。


「餌もちゃんと食べてるにゃ。今のところは順調にゃ」

「鱗もときおり、落ちていますしね。大丈夫そうです」

「それはなによりだ。だけどドリアードの草だんご以外の餌は食べてないんだろう?」

「そうなんですー……なんだろう?」

「試してはいるのですが、私達の作った草だんごや普通の魚の餌は食べません」

「ドリアードの手を掛けずに育てることはまだできないか……」


 鱗を落としてくれるので、確実にプラスにはなっているのだが。


 ドリアード以外の作った草だんごをレインボーフィッシュは食べてくれない。

 同じように作っているはずなんだがな……。種族的な何かを感じ取っているのか。


 そのため、レインボーフィッシュの餌を作れるのはドリアードだけなのだ。

 これだと大量に育てるのはまだ無理だな。


「とりあえず追加の生け簀は発注しておこうか。特に急ぎはしないが、用意だけはしておこう」

「よろしいのですかにゃ?」

「ヒールマンゴーを育てるのが終わって、ドリアードも少し手が空くからな。草だんごの生産量も増やせるし、あと生け簀ひとつは問題ないだろう」

「はいですー、草だんご作ります!」

「ああ。引き続き、レインボーフィッシュの情報は集めてくれ。それさえ解決できれば、一気に鱗をゲットできるからな」


 生け簀には鱗が何枚か落ちている。

 餌はあるとしても、やはり釣りよりは断然効率がいいな。

 回収しておくか……。


 最近は鱗を見ても、テテトカはじーっと見ることはなくなった。

 毎日のように鱗を食べているからな。

 そこまで欲しがらないのだ。でもなんとなく、それはそれで物足りないような……。


「……とりあえず一枚、食べるか?」

「はいですー!」


 元気よく答えるテテトカ。

 俺の渡した鱗をさっと口に入れる。


 ぽりぽり。


「おいしー!」

「よく噛むんだぞ」

「はーい!」


 うん……テテトカというか、ドリアードはこうでなくちゃな。


 ◇


 レインボーフィッシュの確認が終わったので、あとはそれぞれの仕事時間だ。

 アナリアにはポーション作りが、ナールには商会の仕事がある。


 俺も収支計算とかあるのだが……テテトカを大樹の塔に送ることにした。

 なにげに二人きりは珍しいかもしれない。


 歩いているとそこら中で外出する冒険者とすれ違う。

 やはり午前中は忙しい雰囲気だな。


 そしてテテトカはお腹をぽんぽん触りながら、満足げな様子だ。

 今、テテトカが持っているバッグには、たくさんの鱗が入っていた。


「はふー、おいしかったです!」

「それは良かった……。ところでこの鱗はどういう味なんだ? ちょっと興味あるんだが」


 テテトカに限らず、ドリアード達はおいしそうにレインボーフィッシュの鱗を食べている。

 普通だと魚の鱗は当然、食べないしな……。

 もしかして、意外と俺が食べてもおいしいのかもしれない。


「草の味です!」

「……そ、そうか……」

「とってもおいしい草の味がします!」


 うーん……草の味かぁ……。

 どういう味なんだろう。

 薄々わかってはいたが、こういうときのテテトカの感想はそれこそ大味だ。


「……もしかして、食べたいです?」

「あ、いや……」


 さっとテテトカが鱗を差し出してくる。


 きらきら。


 純真な目でテテトカが俺を見つめる。

 俺が鱗を食べたいと思って、疑っていない目だ。

 うっ……断りづらい。


「エルト様も、これを食べればわかりますよー」

「そ、そうだな……」


 ううっ……断れない。

 俺は少し迷ったが、テテトカから鱗を受け取った。


 だ、だいじょうぶ。

 一口かじるだけなら、大したことはない。

 そのはずだ。


 ここにはポーションもあるしな……。

 本当の大事にはならないだろうし。


 そこまで考えた俺は、思いきって一口鱗に噛みついた。


 ぱりん。


 鱗はせんべいのような感じで砕けた。

 ……歯が立たないということはなかったが。


 ぽりぽり……。


「うん……? おいしいっ?!」

「そうでしょー! おいしいですよー!」

「あ、いや……うん……。ちょっとピリ辛で刺激はあるが、全然キツくはないな」


 前世で食べていた、ピリ辛ポテトみたいな……。

 まさにそんな味だ。


 だけど、この世界には辛味があまりない。香辛料を使った料理はメジャーではないのだ。

 だからこそ新鮮だ。

 久し振りにこういう味を食べた気がする。


 ぽりぽり……。

 ごくん。


 俺はそのまま鱗を食べてしまった。

 うん、スナック菓子だな。

 癖になりそうな味で、いくらでも食べられそう。

 思ってもみなかったな。


「うん……おいしかった。ありがとう、テテトカ」

「いえいえー。機会があったら、みんなも一緒に食べましょー」

「ああ、そうだな。いい考えだと思うぞ」


 そんなこんなで、俺はテテトカを塔まで送り届けた。

 差し出した鱗を食べたおかげか、少しテテトカとの距離が縮まった気がする。


 やはり食わず嫌いは良くないよな……。

 俺もこの世界を知り尽くしている訳じゃない。

 ひとつひとつ、確かめないとな。


 そして家に戻った俺は、異変に気が付いた。

 頭の中に――新しい知識が浮かんでくる。


 まるで魔法のようなものだが、感覚的に違う……。

 これはこの世界で初めての感覚だ。

 俺はそれをうまく言葉にしようとした。


【使用可能スキル】

 ドリアードの力Lv1


 うん……?

 ドリアードの力?

 これは鱗を食べたから……だよな。

 あるいはテテトカと仲良くなったから?

 どちらかが原因だと思うが……。


 どうやら俺は、未知の力に目覚めてしまったようだ。

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