33.飼育はじめます

「うわー、きれー」


 土風呂から戻って身綺麗にしたテテトカが、生け簀を覗き込む。


 確かに黄金のレインボーフィッシュは、目がくらむほど美しい。

 金ののべ棒にひれがついて泳いでいるみたいだ……。


 一応、レインボーフィッシュはレインボーフィッシュだよな。

 頭の形もひれも、どれも同じように見える。違いは色だけだな。

 黄金のやつも他のやつと同じで、鯉みたいな外見だし。


「だけど、レインボーフィッシュはこんな色合いにもなるのか……。他とは全然違うな」


 俺が呟くとブラウンも頷いた。


「これはユニーク個体かもにゃん。魔力を含んだ生き物にはたまにいますにゃん。ユニーク個体は同じ種族でもタフですにゃん」

「要は当たり、というわけだな」

「そう考えていいですにゃん」


 見ていると他のレインボーフィッシュより、元気に力強く泳いでいる。

 持ち帰るならこの黄金のレインボーフィッシュがよさそうだな。


 あ。

 さっそく黄金の鱗がぽろりと落ちた。


 生け簀に手を入れて鱗を拾う。

 ふむ……普通の鱗より魔力があるのを感じる。


 だけど鱗の色は、拾ってみるとオレンジになっている。

 この湖のレインボーフィッシュは、落とす鱗がオレンジになるのだろうか……。


 しかしとりあえず、良質な鱗はゲットできた。それだけでも良しとしよう。

 そう思っていると、俺は手元に視線を感じた。

 鱗を食べたそうにテテトカが見ている。


「じーっ……」


 せっかくここまで来たんだし、草だんごも作ったのはテテトカだしな……。

 一枚くらいなら、ご褒美にあげてもいいか。

 どうせ鱗はこれからもゲットできるんだし。


「一枚ならいいぞ」

「わーい! ありがとー!」


 俺が渡した鱗を、秒速で食べるテテトカ。


 ぽりぽり。

 ぽりぽりぽり。


 ……潔い食べっぷりだ。


「どうだ、他と何か違うか?」

「こっちの方が味が濃くておいしー!」

「やっぱりちょっと違うんだにゃん」

「ああ、魔力も強く感じられたしな。たぶん、それが味にも影響しているんだろう」


 それからしばらく様子を見てみたが、レインボーフィッシュ達は変わらず生け簀の中を泳いでいる。


 同行しているアラサー冒険者は、それらの泳ぐ様子を熱心に見ていた。


 彼は釣りや素材系に強い冒険者だ。

 自然が大好きらしい。

 しかし、大自然は厳しく冷酷だ。

 野外活動と太陽光は、彼の毛根を容赦なく痛め付けている。


 前世でも覚えがあるから、俺にはわかるんだ……。紫外線はよくないのである。

 何にとは言わないが。


「どうだ、持ち帰っても大丈夫そうか?」

「ええ、大丈夫そうですよ。この生け簀の中だと流れもあるし、水も綺麗だ。ストレスを感じないんでしょうね」

「とりあえずこの生け簀で飼うのは数匹にしておくか……。様子を見ながら飼育数を増やしていこう」

「妥当ですね。……本当にエルト様は十五歳なんですか? うちの甥や姪とは違って、びっくりするほど賢いですよ」

「まぁ、家柄だな」


 あとは前世の知識やら何やらがあるだけだが。

 しかしそれとは別にナーガシュ家は、特に知恵や経済、合理性を重視する。


「狡猾な蛇」


 それがナーガシュ家の異名だ。そして、この異名は王国中に知れ渡っている。


 だから俺が色々とやることをここの誰も不思議には思わない。

 ナーガシュ家の貴族なら、そういうこともするだろう――みんな、そう受け止めるのだ。


「よし……そろそろいいだろう。悪いが帰りは生け簀をこのまま移動させる。力仕事になってしまうな」

「いえいえ、このくらいお安いご用です。逆に温すぎるくらいだ。こき使ってくださいよ」

「ふむ……また生け簀を用意したら、その時は頼むぞ。帰ったらビールを奢ろう」

「ひゅー! みんな、聞いたか! 慎重に素早く、揺らさないで帰るぜぇ!」


 盛り上がる冒険者達。

 こうして反応してくれるのは嬉しいものだ。


 しかし、俺は知っている。

 ここでの生活は満ち足りて、稼ぎも食い物も良い。

 それは俺の理想通りだ。

 理想通りに進んでいるのだ……。


 だが、どんなものにも落とし穴はあるもの。

 思ってもみなかった罠があった……!


 みんな、ちょっと太ってきている。


 ◇


 村に戻ってきた。

 冒険者達はやはりプロだな。しっかりと揺らさず村に生け簀を持ち帰ってきた。


 生け簀を見ると、やや傾いた太陽が水をオレンジ色に染めている。

 そしてレインボーフィッシュは元気なまま。

 よしよし、目標は達成だ。


 生け簀は事前に考えていた通り、ニャフ族に預けることにした。

 まめで手先が器用なニャフ族なら安心だ。


 あとは魚に詳しい住民の意見を聞きながら、じっくりと飼育していこう。


 まだ日が落ちるまでには少し時間がある。

 俺はスイング練習をしているだろう、広場に行くことにした。


 麻痺治しのポーションが約一週間で揃う。

 そうしたらポーションの消費期限が来る前に、攻略に行かないといけない。

 意外と時間は残されていないのだ。


 広場ではステラとウッド、冒険者達がスイング練習をしていた。


 ステラのスイングは安定してパワフルだ。

 冒険者の投げたボールを打ち返している。


 紐がなかったら、あのボールは村の外まで飛んでいるな……。

 そのくらい、ちゃんとしたバッターだ。


 ウッドのスイングもかなり整ってきた。

 最初の腕力で力任せだった振り方から、全身でひねるような振り方になっている。


 俺はそんなウッドに声を掛けた。


「頑張っているな、ウッド」

「ウゴウゴ! これをふるの、たのしい!」

「そうか……それはなによりだな」


 見ているとウッドは本当に楽しそうにこん棒を振っている。

 ステラが汗を拭いながら、


「上達速度も凄いです……。棒のコントロールも上手くなって、ボールの中心に当たるようになってきています。動く雷も中心が弱点ですから、うまく対処できます」

「ボールは役立っているみたいだな」

「はい……とても役に立っています。ありがとうございます」

「なに、気にするな。実際に攻略するのは君達なんだから」

「……攻略の名誉は、私達に。本当にありがたく思います。この恩には……必ず報いますから」


 他の冒険者達も感動した様子で、俺を見つめていた。

 そんなに感動することか……。

 まぁ、冒険者にはそうなのかもしれないな。


 後で知ったのだが、未踏エリアの攻略は冒険者達にとっては最大級の栄誉らしい。

 歴史に名前が残る偉業なのだ。


 そしてそれに協力した人間も、称賛の対象になる。

 つまりはポーションを生産している俺やアナリアだが……。


 俺はこのとき、意識はしていなかった。

 まさか本当に、ザンザスの歴史に俺の名前が残ることになろうとは。

 そしてその名誉は、俺の領地にとても良い影響を与えてくれたのだった。


領地情報


 地名:ヒールベリーの村

 特別施設:大樹の塔(土風呂付き)

 総人口:143

 観光レベル:D(名物、土風呂)

 漁業レベル:E(レインボーフィッシュの飼育開始)

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