24.命名

 ステラ達が無事に帰還して、まずは何よりだ。

 今度も大勢の移住者と物資を持ち帰ってきてくれた。


 ……初めて来た人間には、地面に埋まったドリアードで多少驚かせてしまったが。

 俺は別に人を埋めるのが好きな鬼畜じゃないからな。

 だからドリアードと一緒に埋まっていた冒険者の頭頂部については、触れないであげて欲しい。

 人間、色々あるんだもの。望みをかけて埋まりたくもなるんだ。


 さて、提携も移住も予定通り――いや、それ以上の進展があった。

 豊富な人材が来てくれることになったからな。


 慰労も兼ねて、大役をこなしてくれた三人は俺の家に集まってもらった。


「まずはお疲れ様。特に問題なく終えられて何よりだ。提携もうまく行きそうだし、大成功だな」

「光栄でございますにゃ。でも成功したのは、ステラを選んだエルト様の眼力の正しさのおかげですにゃ」

「その通りです。彼女を前面にしたおかげで、話し合いはとてもスムーズに終わりました」

「それは何よりだ。やはりSランク冒険者の肩書きは伊達じゃないな。ステラも本当にご苦労だった」

「ありがとう、ございます」


 そうやって声をかけると、ステラはふんわりと微笑んだ。

 ……ふむ、少し雰囲気が変わったような。やはりザンザスへ行ったのは大変だったんだな。


 ここはひとつ、特別ボーナスでも出そう。

 三人がザンザスへ行っている間に俺はひそかに準備をしていたんだ。


 俺は立ち上がり、棚から小さな木箱を三つ取り出す。

 中身はブラウンから買った宝石だ。これなら邪魔にならないし、たぶん喜んで貰えるだろう。


「これはほんの気持ちだ。受け取って欲しい」

「んにゃ、ありがとうございますにゃ!」

「畏れ多いですが……頂戴いたします」


 お礼を言いながら、丁寧に受け取るナールとアナリア。

 しかしステラだけは、木箱を受け取るのを躊躇していた。


「……わたしはもう十分、色々と受け取っています」

「ふむ……何も遠慮することはないんだぞ。これは俺が思う、今回の出張に対しての正当な報酬だからな」

「でも――」

「とりあえずぱーっと使ってもいいんだぞ。ナールのところなら何でも買えるしな。すぐに散財できる」

「ですにゃ、お金は回りものですにゃ。何に使うか思い浮かばない人にも、あちし達はサービスを提供しますにゃ」

「どうしても受け取れないなら、そうだな……。この領内にステラの銅像でも作るか」

「ふぇぇ!? わ、わかりました……」


 ステラはどうもストイックだな。

 Sランク冒険者なら相当な収入があったと思うんだが、そう贅沢をしている風でもない。

 まぁ、その辺りは生きてきた時代の違いか。


 とりあえず、渡すべきものは渡した。

 あとは――移住希望者の確認だな。

 ふふふ、どんな人達が来てくれたのか楽しみだ。


 ◇


 一方、大樹の塔。

 塔の周囲には畑が広がっている。

 すでに畑には色とりどりの作物が実りつつあった。


 ドリアードのお世話により、作物は驚異的なスピードで成長しているのだ。

 畑ではドリアードがじょうろで水をやっている。

 あるいはレインボーフィッシュの鱗を砕いて混ぜた肥料をあげたりしていた。


 そんな畑の中をテテトカとブラウンが移動している――ウッドの肩に乗って。


 二メートルのウッドの肩からは、畑の様子がよく見て取れた。


「これなら、もうかなりの収穫になるにゃん!」

「はいー。トマト、レタス、ピーマン、きゅうり……もともと成長の早い作物は、ここだと取れるのも早いです」

「ご家庭の庭でも育てられる野菜にゃね。季節も無視して育つのはすごいにゃん……」

「ウゴウゴ、みどりいっぱい!」

「ここに来たときの原っぱがこうにゃるなんて……」


 ドリアードの手入れした土壌は、早く育つだけでなく季節性も無視してくれる。

 そのため普通の畑ではありえない光景が広がっていた。


「ぼくたちにとっては、季節で育たない植物があることにびっくりですー。どんな植物でもすくすくと大きくなるのに」

「ドリアードの認識では、そうなってるのにゃん……。さすが植物のエキスパートにゃん」


 季節違いの作物が育つ意味は大きい。

 そういった作物は高く売れるのだ。


 現状ではフル稼働でヒールベリーを作っても、ポーションの生産が追い付かない。

 それに魔力ある作物の世話はドリアードでも大変らしい。


「それにしてもヒールベリーを連続で育てると土が悪くなるなんて初耳にゃん」

「なんかパワーがなくなるんですー。土がふにゃふにゃになっちゃう」

「んにゃ、その辺りは調整するしかないにゃんね」


 言いながら、ウッドは畑の終わりに近付いてきた。


 ここから先は秘密のスポット。

 人間が土に埋まっている、健康エリアである。


 なお改良により、見た目は砂風呂みたいなものになっていた。

 これはエルトのアドバイスである。


 もっともドリアードはいまだに縦に埋まっているのだが……。

 横になって土を被るのは、なんだか落ち着かないらしい。


 簡単だけど屋根もついて、急な雨にも強くなっている。

 そして今も大人が十人、砂風呂ならぬ土風呂に入っていた。


「ニャフ族も毛並みは大切にゃん……。あちしもそろそろ抜け毛が気になるにゃん」

「それじゃ近々、入りますー? さっぱりしますよー」

「ウゴウゴ、つちはきもちいい!」

「んにゃ……次のお休みには入ってみようかにゃん」


 エルトにより土風呂は予約制になっていた。口コミが広がり、入りたがる人間が増えたからである。


「予約取っておきますねー」

「お願いするにゃん」


 二人はこのとき、まだ気が付かなかった。

 植物だけでなく、土風呂にも大いなる可能性があることを……。


 ◇


 プレゼントを渡し終えた俺は、ステラ達から貰った移住者リストに目を通していた。

 ふむふむ、興味深い人材がリストアップされているな。


「魚類の学者に水の専門家か……」

「数百年間の間、手付かずの湖を調査したいとのことですにゃん」


 この前、レインボーフィッシュを釣り上げた湖だな。

 あのあと草だんごを持っていった冒険者が鱗をゲットしてきたが……やはり時間的にも飼育が出来ればベストだ。

 鱗の肥料としての価値を考えれば、優先度は高いだろう。


「ありがたいな、数日以内に湖に案内しよう。次は植物学者と森の探検家か……。これも助かるな」


 森についての調査も進めているが、まだまだ深部には到達していない。

 これもスピードアップの余地はある。さらなる人材投入で加速したいところだ。


「あとはザンザスより要望が来ております。提携にあたり、正式な村名を伺いたいと」

「なるほど、もっともだな」


 確かにそろそろ対外的な名前も必要だろうな。

 決めるには頃合いか。

 さて、どんな名前がいいか……。


「村や街の名前は人名か特産物、もしくは目立つ地形から付けるのがほとんどだったな」

「はいですにゃ。ザンザスも古い冒険家の名前から付けたのですにゃ」

「一時期、ザンザスをステラという名前に変えようという運動もありましたね」

「……なんてことを……ごくり」


 ステラが恐れる横で俺は思案していた。

 俺の名前を付けるのは、あまり気が進まない。

 やはりなんだか気恥ずかしい。


 ここの特産物……。

 そうしたらひとつしかないだろうな。


 俺は窓の外を眺めた。

 魔法で作られた大樹の家が並んでいる。


 一番大きい大樹の塔では、始まりの作物を作っている。

 綺麗な青色の実。


「ヒールベリーの村でどうだろうか」


 この名前に異論は出なかった。むしろこれ以上ないほどピッタリらしかった。


 ……ふぅ、やっとここまできた気がするな。

 だけどまだまだこれからだ。


 新しく人も増えた。

 やれること、やりたいことはどんどん広がっている。

 これからも、俺の領地はまだまだ大きくなるんだからな。


領地情報

 地名:ヒールベリーの村

 特別施設:大樹の塔(土風呂付き)

 総人口:143

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