23.拷問じゃないですから

 鱗をせんべいのように、ぱりぱりと食べたテテトカ。

 いい食べっぷりだ。

 冒険者達は軽く引いてるみたいだが。気持ちは少しわかる。

 食べてるの、鱗だもんな……。オレンジ色の鱗だ。味の想像ができない。


「……そういえば味があるのか、この鱗は?」

「うーん、ビスケットみたいな味ですー」

「微妙な例えだな……。まずいわけじゃないけど、そんなに味はないのか」

「そうです、ちょっと甘いですー」


 ぱりぱり。

 言いながら、テテトカは差し出された鱗を止まらず食べる。


「ジャムを乗せると、ちょうどいいかもー?」

「それならあちしが持ってるにゃん。ついでにゃん、乗せて食べるにゃん」

「わーい!」


 ジャム乗せ鱗はたいそう美味しいらしい。

 テテトカの鱗食べるスピードが早くなる。


 ばりばりばり。


 あっという間に何枚も食べてしまう。

 これ以上食べられると、持ち帰る分もなくなってしまう。

 とりあえず、今食べるのはここまでだ。


「おやつだし、一旦この辺で終わりだな。後はまた今度だな」

「はいですー」


 そういえば俺達も釣り上げたのは、このレインボーフィッシュだけだ。

 他の魚はまったく釣れなかったのだ。


 冒険者にも確認したが、他の魚は釣れなかったらしい。

 どうやらこの湖には、レインボーフィッシュしか住んでいないようだ。


 調査はこれからしていくことになるが、この湖は有用だな。

 レインボーフィッシュの飼育もできれば、さらに可能性は広がりそうだ。


『レインボーフィッシュ』

 きらきらと七色に光る魚。

 食べられない。鱗がよく落ちる。

 鱗は魔力を含んでおり、色々な用途に使える。

 ドリアードのおやつ。


 ◇


 一方、ザンザスの冒険者ギルドへ到着したステラとナール、アナリア。


 ギルドマスターは思った以上の好感触で、トントン拍子に話が進んだ。

 というより、大まかな交渉はすでに終わっていたと言う方が正しいのかもしれない。


 細かな条件だけで、話し合いは和やかなムードなままだった。半日ほどかかりはしたものの、交渉は無事に終わった。


「思ったよりスムーズにいったにゃ」


 冒険者ギルドを後にした三人は、ホテルでくつろいでいた。

 ザンザスの中心部にほど近く、最上位のホテルだ。

 時刻はすでに夜遅い。星と月が明るく街を照らしていた。


 ナールはニャフ族の大好きなマタタビジュースを飲んでいる。アナリアは甘い紅茶だ。

 ステラだけはソファーに寝転んでいた。


「ポーションがなくて困っているのはザンザスですからね。交渉をひきのばしても利益はありませんし……」

「その通りにゃ。でもこれでますますエルト様の領地は発展するにゃ」

「そうですね。移住希望者のリストも貰いましたし……。後でチェックしないと」

「あの領地は数百年間、完全に手付かずの土地にゃ。色んな伝説もあるし、調べたい人もけっこういるにゃ」


 地下にドワーフの無人となった宮殿があるとか。

 森の中心部に古代の神殿があるとか。

 おとぎ話みたいなものではあるが。


「どこまで本当なのかはわからにゃいけど、意外と何かはあるかもにゃ」

「……実例が目の前にありますからね」


 アナリアはステラをちらりと見た。

 ステラは死んだ魚のような目で、ソファーの上で横になっている。


 ちーん……。


 完全に燃え尽きたロウソク。生気の尽きたステラがそこにいた。


「ごめんなさい……。やる気が戻るまで、もう少し待ってください」

「い、いえ! どうぞ、そのまま横になっててくださいね」

「ある程度は覚悟していたのですが……あのサイン色紙十枚は疲れました」


 交渉が終わった後、ステラはサイン攻めにあった。

 断らないステラはそれを引き受けたのだ。

 そして疲れたのは体力的な問題ではない。強化の魔法により、ステラは魔力があれば肉体的疲労は全く感じない。


「まさか色紙に金粉がまぶしてあるにゃんて……。あれは書くのに気合い必要にゃん」

「ものすごい豪華な色紙でしたものね……。一枚いくらするんでしょう?」

「紙も最上質にゃん。金貨一枚くらいするかもにゃ」


 というわけで、たった十枚のサインだけど精神的にステラは疲れたのだ。


「でも、冒険者ギルドの方々も大喜びでしたよ! あのサインは家宝にするって仰ってましたし」

「……それは何より、です」

「とりあえず交渉はもう終わったにゃ。一番神経使ったのはステラにゃ。気にせず今日はゆっくり休むにゃ」


 そう、すでに提携交渉は完了したのだ。

 後は買い出しや移住者のこととか、実務をすませるだけである。


「私も今日はゆっくりしたいですね。……よいしょっと……」


 言いながら、アナリアはバッグから簡易ポーション製作キットを取り出した。


「揺れる馬車のなかでは、ポーションは作れませんでしたからね」

「……その辺りは、実にぶれないにゃ」


 ◇


 あのあと持ち込んだ食材で軽く食事をとり、湖の周囲を散策した。

【森の鑑定人】で見たので、何種類か薬草が自生してるのを発見した。

 森とは少し生えている種類が違うようで、これはこれで価値があるそうだ。


 そして夕方、俺達はテテトカを掘り起こして村へ戻る準備をしていた。


 日は暮れかけている。ふと振り返ると湖の水面に斜陽が反射していた。

 それはうっとりするほどの美しさだった。


「……ん?」


 片付けの最中、俺は違和感を覚えた。

 テテトカとブラウンが背中合わせに作業しているが……二人は同じくらいの背丈だったはずだ。


 だけど今はテテトカの方が、ちょっと大きい。

 たぶん気のせいではない。地面の影もテテトカの方が長いように見えた。


「テテトカ、俺の勘違いかも知れないが何か変わったか?」

「お気づきになられましたー? そうです、ちょっと成長しました」

「成長……? ま、まぁ背丈が伸びたようだが……」

「はいー、お花がおっきくなりました!」

「……そ、そうか」


 大きくなったのは、テテトカの頭にある白いバラのようだった。

 そこまでは見抜けなかったな。


 というか、テテトカは見えない頭の上のことがわかるんだな。

 まぁ、ドリアードにとっては当然重要だろうし。


 人間も頭の髪の毛が変動すれば気が付くか。

 抜け毛とか……うっ、前世の記憶が。

 やめておこう。この記憶は虚無しかない。


 そう、まずはドリアードの頭の話をした方がいい。

 花が成長するとどうなるのだろう。


「それで、その花が大きくなるとどうなるんだ?」

「ぼくたちは花が大きければ大きいほど、すごいんです。みんなから尊敬されますー」

「……なるほどな。花はドリアードの中の地位に直結しているわけか」

「あとは大地のパワーをもっと使えるようになります」

「さらっと重要な話が出てきたな。それは……鱗を食べたからか?」

「そうです、たぶんー」


 ふむ、ドリアードの成長か……。

 ゲームのなかではサブクエストが進展すると外見に変化があるキャラクターがいる。

 しかし、ドリアードは変わらなかったはずだが……パッと見てわかりづらい変化だ。

 気付かなかっただけかもな。


「今のぼくなら、触れなくても土がちょっと良くなるかもー」

「よし、あの魚をじゃんじゃん取るからな。これからもどんどん鱗を食べてくれ」

「わーい!」


 まさかこんな要素があったとは。

 ドリアードの需要は高い。一人頭のパワーがアップするなら、それに越したことはないからな。


 あと数日したらステラ達が帰ってくるだろう。

 うまく行ったのなら、また移住者を連れてきているはずだ。

 楽しみだな。


 数日後、予定通りステラ達が帰って来た。

 移住者は技術者を中心に四十人。どんどんと住民が増えてくれる。

 新しい人を迎えるのは、いつでも心が踊るな。


 ……だが、俺は忘れていた。


 ドリアード達が地面に埋まっている光景は、かなりビビるものだったということを。


 しかし、良かった。ドリアードは頭に花が生えているんだ。別に人間を埋めていたわけではない。誤解はすぐに解けたのだった。


 ふう、これからは村の入口に説明の看板でも作っておくか……。


領地情報

 領民:+40(ザンザスの技術者、冒険者)

 特別施設:大樹の塔

 総人口:143

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