10.あなたはステラ?

「ふぇぇ……助けていただいて、ありがとうございます……!」


 エルフのステラが、泣きそうな顔で感謝していた。

 いや、まだ壁に下半身が埋まっているんだけどな。


 しかしこれはどういう状況だ?

 まずは整理しよう。落ち着くんだ。


 魔法を唱えたら、木の像が生きているエルフに変わった。


 ふむ、さっぱりわからん。

 詳しい事情は後で当人に聞いてみるしかないな。


 まずは彼女を壁から助け出す方が先決だ。


「まだ助かってない、壁に挟まったままだ。すぐ壁を動かして助けるからな」

「ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 俺は魔力を集中させると、再度唱えた。

 今度は発動してくれるだろうな。


「動け、大樹」


 ゴゴゴ……!

 大樹の壁が音を立てて動きだし、ステラの周囲から壁がなくなる。

 するりとステラが壁から抜け出して、地面に着地する。


 ふむ、今はちゃんと発動したな。

 あの魔法の不発はやはりこの少女が原因か。


「はぁぁ……こ、これで本当に助かりました!」

「ああ、そのようだが――体は大丈夫か? どこか痛んだりはしないか?」

「ふぇぇ?」

「んにゃ、地面と壁に埋まっていたのにゃん。君の正体や事情も気になるけど、体はどうにゃん?」

「ええっと、体は大丈夫……です、多分……」


 俺とブラウンと顔を見合わせる。多分考えていることは同じだ。


 うん、自己申告なんて当てにならない。

 とりあえず領内一の薬師アナリアに診てもらうことにしよう。


 ◇


 アナリアの家に到着した俺達は事情を説明して、すぐにステラを診てもらう。

 アナリアは迷宮都市の薬師だけに、てきぱきと一通りの診察をこなしていった。


「えーと、特に体調に問題はなさそうですね。少し痩せているくらいです」

「すみません……ありがとうございました……」

「いえいえ、それはどうか気にしないで……」


 アナリアが俺をちらりと見る。

 そうだな、そろそろ事情を聞いておきたい。


 別に敵対したり根掘り葉掘り問いただす必要はない。

 とりあえず彼女が今後どうするかもあるしな。


「あー、まず君の名前から聞いてもいいかな?」

「……ふぇぇ、そうですよね。わたしのこと、ですよね……。わたしはステラ・セレスター。見ての通り、エルフです」

「俺はエルト、ここの領主だ。こちらが薬師のアナリア。君を知らせてくれたニャフ族がブラウンだ」

「あ、あなたが領主様っ!? これは大変な失礼を……」

「いや……気にしないでくれ。大丈夫だから」


 こほん、と俺は咳払いをした。

 聞くべきことは色々とある。


「確認したいんだが、あの木の像――ああなっていたのは、どういうわけだったんだ?」


 ある種の魔法や呪い、マジックアイテムの効果で姿を変えられてしまうことはある。

 色々な原因があるのだ。


「あの姿はマジックアイテム、魔王のペンダントのせいなんです……」

「ああ、あれか……」


 その名前には聞き覚えがある。

 確か所持者の魔力を体力に変換するアイテムだったな。

 魔力が大きい者がうまく使えば、有効な体力回復手段になる。


 ただし変換時に、ランダムでデバフを与えてくるのが難点だが。


「……それで運悪くタチの悪いデバフを引き当てて、木の像に変えられてしまったのか?」

「ふぇぇ、そうです。よくご存じですね……」

「元に戻れたのは、俺の魔法が関係しているのか」

「多分、そうです……。木の像と領主様の魔力が噛み合って、デバフが切れたのだと思います」


 同じ植物繋がりの魔力だからだな。

 対消滅を起こした、そんなところか。

 前世の知識だと、めったに起こらない現象のはずだが――こんなこともあるとはな。

 振り返ると、かなりのラッキーで助かったんだな。


 そこまで聞くと、アナリアが気の毒そうな顔になった。


「それでそのまま、年月が経って地面に埋まって……なんてことでしょう」

「ええと……長いお昼寝みたいなものだったので、そこはキツくはなかったのですが……」

「タフだにゃん」

「……キツくはなかったのですか……」


 意外とステラは木の像になっていたことを気にしていないな。

 まぁ、俺達に見せていないだけかもしれないが。


 後は彼女が、本物のステラかということか。

 さすがに彼女を助けて、そのままリリースするわけにはいかないだろう。

 一応、正体は確かめておかないとな。


 ブラウンの話だと、ステラはSランク冒険者。

 Sランク冒険者は世界中を見てもめったにいない。

 今だと七人しかいないはずで、ザンザスにさえSランク冒険者はいないのだ。


 しかし、どうやって本人と確かめれば――ああ、いい方法があった。

 Sランク冒険者は例外なく魔法を使えるはずだ。伝説にある魔法と同じ魔法が使えれば、まず本物と考えていい。


「……じゃあ君は本物のステラなのか。ザンザスの英雄と呼ばれた、Sランク冒険者の?」

「恥ずかしいですけどそうです……。信じてもらえないかもしれませんけど……」

「ふむ、伝説にあるステラは何の魔法が使えるんだったか?」

「んにゃん! 英雄ステラと言えば怪力の魔法にゃん。ドラゴンもひねり潰す腕力が代名詞にゃん!」

「ええ、劇でもそうですね。とっても堅い黒檀を、指でつまんで曲げるシーンは有名です」

「あの話が残っているんですか? そのぅ、あのお話は正しくないです……」

「…………怪力、【強化】の魔法か。それなら証明するのは簡単だな。ここに黒檀は用意できる」


 魔力を集中させ、俺は床から黒檀の切れ端を生み出した。


「ま、魔法で……」

「よし、ちょっと悪いが――試してくれないか。その方が、今後の話もお互いスムーズに進むと思う」

「そうですね……。わかりました、では……」


 ステラは黒檀を指先でつまんだ。

 ごくりと俺達は息を呑んで見守る。


「ふぇぇ……えいっ!」


 グシャ、パラパラ……。

 パラパラ!?


 黒檀は指先で握り潰されて、消えてなくなっている。

 あまりの力に細かい塵になってしまったのだ。


 ……予想外のパワーだ。

 正しくない、というのはそっちの意味か。


「だがこれで、君がステラであることは確定だな」


 疑う余地はないな。魔法はそう簡単に真似できない。

 俺はステラに向き直った。


「色々と悪かったな、ステラ。君は確かに冒険者のステラだ。そしてそれがわかった今、君は自由だが今後はどうする? 冒険者に戻るのか?」


 そこでステラは初めて、俺の瞳をちゃんと見据えた。

 口調からは想像もできないほど、しっかりとした意志があるように感じられる。


「ふぇぇ……迷惑でなければ、ここに置かせてはもらえないでしょうか……?」

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