11.新しい住人達

 ステラは真剣そのものの顔つきだ。

 気弱そうに見えるが、Sランク冒険者はすさまじい力を持っている。

 さっき、黒檀を握りつぶしたしな……。


 正直、領地で働いてくれるなら大歓迎だ。

 今、魔物が襲ってきても戦えるのは俺だけ。しかしステラがいれば、いざという時の戦力になる。


 俺としては断る理由はないが……もしかしたらステラには、帰る場所がないのかもしれない。

 木の像に変えられていたのは、かなり長かったのではないか。多分、もう知り合いを探す気が起こらないほどに。


 そう思うと、さすがにかわいそうだな……。

 俺は手を差し出したくなった。


「ここには、好きなだけいていいからな。……旅に出たくなっても、遠慮はいらないぞ」

「ありがとうございます。優しい領主様なのですね……。でも、わたしを助けてくれたのは領主様です。わたしは、領主様にこの恩を返したい、です」

「なるほど、義理がたいんだな……。ステラがそうしたいのなら、それで構わない。でも木の像から戻れたことを、気にする必要はないからな」

「……はい、わかりました……」


 うん、ステラの今後についても決まった。

 これで木の像にまつわるアレコレは、一段落したか。


 と、ブラウンが手を出してステラに握手を求めている。

 ブラウンの目はキラキラしていて――アイドルに会ったファンみたいだ。

 ステラがもふもふとしたブラウンの手を握る――というか、大きなぬいぐるみを抱えているようだ。


「よろしくにゃん、ステラ様。ここはいいところにゃん! 一緒にがんばるにゃん!」

「……その、わたしのことはステラと呼んでください……。婚約者に捨てられて冒険者になったら、たまたま向いてただけの女ですから……」


 おいおい、闇が深そうな話がでてきたな。


「……いきさつの色々は知ってるにゃん。劇や本で見たにゃん」

「自分より強いのは嫌だと言った婚約者をぶちのめすシーンは爽快でしたね」

「ふぇぇ……! ああ、わたしの人生はだだもれですぅ。平穏な貝になりたいだけの人生でした……」

「ま、まぁ……ここでは税金をおさめてくれれば、どんな風に過ごしてもいいからな。貝になろうが冬眠しようが、自由だ」


 普通の貴族領だと仕事以外にも休日関係なく、あれこれいらない命令をされるものだ。

 しかし、俺の領地ではそんなことはない。


 好きなように自由に生きる。

 それがここのモットーだ。


「ええ、そうですよ! 好きなだけポーションも作れますし」

「……それはアナリアだけの利点だな」

「はうっ!?」

「にゃははは。エルト様の言われる通りにゃん!」


 こんな風に笑いあう俺達の様子を、ステラが興味深そうに見つめていた。どことなく、懐かしそうだ。


「はい……とてもいいところみたいですね。これからよろしくお願いします……!」

「ああ、こちらこそな」


 こうして、Sランク冒険者のステラが住民に加わったのだった。


 ◇


 それから数日して、ナールがザンザスから帰ってくる日になった。


 今日は多分、冒険者と薬師がやってくる。

 俺とアナリア、ウッドは出迎えるために、領地の境界線で待っていた。


 俺の領地とザンザスを繋ぐのは、山あいの一本道だ。

 夕焼けに照らされた砂利だらけの道を、馬車が走り抜けてやってくる。


 前世の記憶が目覚める前から、俺はその風景をひそかに気に入っていた。


 なので、俺はなるべく出迎えはするようにしているのだが――。


「これはいったい、何があったんだ……?」

「ウゴウゴ、馬車がいっぱい!」

「あれは――薬師用に機材を積んでいる馬車です! ギルドで見覚えがあります!」

「ああ……それと馬に乗った人がいっぱい、だな。ばらばらの服装と武器と……あれは冒険者か?」


 雑な感想になってしまった。

 それくらい、目の前の光景が信じられなかったのだ。


 馬車と騎馬の行列が、山あいの道をまっすぐこちらに向かっている。

 こんなに多くの人が、この道を進んでくるのを見たことがない。


 これだけの規模の行列だと、ざっと五十人にはなるか……?


「にゃー! エルト様! ナール、ただいま戻りましたのにゃー!」


 行列の先頭にいたのはナールの馬車だ。

 いち早く行列から飛び出して、こちらに駆け出しきた。


 ぜーはーと息を吐くナールを俺は落ち着かせつつ、


「おかえり、ナール。この行列はどうしたんだ? 何かあったのか?」

「この行列はですにゃ――全員、ここで住んで働きたいと言う人の行列ですにゃ!」

「な、なにっ? この全員がか」

「この全員とは……すごいですね……!」


 俺とアナリアは思わず驚いてしまう。

 いきなりここに来る、そういう決断ができる人はそれほど多くないと思っていた。

 考えていたのは、せいぜい十人くらいだ。


 ところが蓋を開けたら、その五倍の人数がいきなり来たのか。

 家もそこまで用意してないぞ。……嬉しい悲鳴とはこのことか。


「やぁ~、ここがあのポーションを作られた方の領地か……。大きな木がいっぱい、のんびりいい所じゃないか」

「ああ、本当だな。アレのおかげでダンジョンで負った傷も癒えた……。しばらくダンジョンもぐりは休んで、こちらで活動するのも悪くない」


 あれは馬に乗った冒険者だな。

 いかにもベテランといった面構えだ……。


 そう思っていると、別の馬車の御者台からアナリアへ声がかかる。


 初老の、いかにも気の良さそうなおじいさんだ。

 白衣を着てるし、多分こちらの人は薬師だな。


「おー、アナリア! 君もこっちに来ていたんだなぁ。ギルドにいても仕事ないし、ぼくも厄介になるよ」


 続々と行列がやってくる。

 なんて壮観なんだ。まさか、ここまで多くの人が来てくれるなんて。


「……すごいな」


 ぽつりとこぼした言葉に、ナールはうんうんと頷く。


「これもすべて、エルト様の領主としてのお力ですにゃ! 努力されたからこそ結果も出て、それがさらによい結果を出すきっかけになるのですにゃ!」

「ありがとう……。そう言ってもらえると嬉しいよ」


 これは本音だ。

 いままで必要とされなかった植物魔法の才能。

 でも前世の記憶に目覚めて、すべてが変わりつつある。


 今、俺の目の前にいる数十人の新しい住民たち。

 これはいままで魔力を高めて、植物魔法を努力した結果だ。


 そして、今日から――またすべてが動き出す。

 ワクワクしてくる。植物魔法を起点にして、もっと手広くやってやる。


 今の俺なら自信を持って言い切れる。

 きっと全部、うまくいく――と。


領地情報

 領民:+51(ステラ、冒険者30人、薬師20人)

 総人口:73

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