07.ポーション作り

 翌日。

 けっこうな量のワインを飲んだのに、目覚めはすっきりとしていた。

 魔力があると酔いに強い、というのは本当みたいだ。


 身支度をした俺は家を出た。

 昨夜アナリアと盛り上がり、一緒にポーションを作ろうという話になったのだ。


 風は少しあるけど、いい天気だ。

 ニャフ族に挨拶をしながら、俺はアナリアの家へと向かう。


「おはようございますにゃ、エルト様!」

「おはよう、朝から頑張ってるな」

「昨日はあれだけご馳走になりましたからにゃ。粉骨砕身、やりますにゃ!」


 ニャフ族はみんな、やる気に満ちた顔をしている。フルーツパーティーをやって正解だったみたいだな。


 まぁ、この世界は意外と身分制度が厳しいし、けっこうブラックな環境もある。

 その辺り、俺がうまく引っ張って行ければいいな。


 領内の家はまだ少ない。あっという間にアナリアの家に到着する。


 ……あれ、女性と何かをするって凄い久しぶりな気がする。

 アナリアはちょっと変わっているけれど、間違いなく美人だ。軽くどきどきする。


「ま、まぁ……一緒にポーション作りをするだけだからな。少し早いけど、大丈夫だよな……?」


 俺はドアをノックしようとして――


「あああっ!! 頭いたーい! エルト様が来ちゃうのに……! 私のバカバカ! 飲み過ぎたぁ!」


 どったんばったん。

 中でのたうち回っている音がする。


 アナリアは思い切り二日酔いらしい。

 飲んでたもんなぁ、ぐいぐいと。


「……出直そうか」


 混乱しているアナリアを見たい気持ちもあったけど、意地悪はよくない。

 それに女性のそういう姿は見ちゃいけないんだ……俺は知ってる。


 うん、一回りしてからまた来よう。


 ◇


 数十分ナールと打ち合わせをした俺は、改めてアナリアの家を訪れる。

 そこには身なりを整えたアナリアが待っていた。


「……面目ありません、二日酔いなんて」

「そんなに気にしないで」


 恐縮しきりのアナリア。

 俺も前世で経験あるからわかるよ……。


 二日酔いは辛い。さらに引っ越し祝いのお酒なんだから、つい飲み過ぎても仕方ない。

 新しい土地で不安も期待もあるだろう。

 俺だってテンション上がって、がぶがぶワイン飲んだしな。


「それだけ楽しかったんだよな、アナリア」

「え、ええ……あれだけポーションの事を語れたのは久しぶりで。本当に楽しくて、つい飲み過ぎてしまいました」

「なら、俺は嬉しい。よし……これでおしまい!」


 俺はにっと笑いかけた。その様子にアナリアも雰囲気が緩くなる。

 うん、この方が俺も接しやすい。


「頬が熱い……」

「大丈夫か? 気分が悪いなら、また明日に――」

「いえ! 大丈夫です! やりましょう!」


 家の奥にある工房に、俺は案内される。

 昨日から住み始めた割には、道具も家具もすっきりと片付いていた。


 ……あんまりじろじろ見るのは失礼かも。

 俺はそっと目をそらしながら歩いていく。


 ポーション作りの道具は、すでに机の上にセッティングされていた。

 すぐにでも始められそうだ。


 ふぅ……ついにポーション作りに入れるぞ。これができれば、一気に可能性が広がる。


 ちょっとワクワクしてきた。

 アナリアも楽しみなのか、表情がうきうきしている。


「じゃあ、まずは俺から作ってみるな。何か気付いたことがあれば、遠慮なく言ってくれ」

「はい、承知しました」


 俺の知識だと、回復ポーションを作るのは道具があればそんなに難しくない。

 一番やりやすいのは水は使わないで、ろ過していく方法だろうか。


 小さく切ったヒールベリーをビーカーに入れて加熱する。

 そのあと漏斗を使って不純物を取り除く――これを繰り返すのだ。


 やり方は簡単だが、気を付けるべき点はふたつある。

 加熱時間と不純物の除去。これを間違うと台無しになってしまう。


 ちゃんと道具はあるから、居眠りでもしなければ大丈夫だろうが。

 これがうまくいったら、他のポーション作りにも前世の知識が役立つということだ。

 まずは簡単なポーションから作っていこう。


 まずはヒールベリーをナイフで細かく切って――手応えは普通の果物だな。

 次は加熱だが……机の上によくわからない草が色々あるな。

 何に使うんだろうか? 聞いてみようか。


「この草は何に使うんだ、アナリア?」

「えっ……? ポーションを作るのに、ですが……。熱する前に混ぜるんですよ」

「混ぜる? いや、その手順は必要ないはずだが」

「そ、そうなんですかっ? 高等学院でもこの混ぜる方法しか教えていないのですけども」


 うーん? そんなはずはないんだが。

 それとも俺の知識と、この世界の知識とで違いがあったのだろうか。

 いままでの魔法の知識には、まったく違いがなかったのに。


 これはやってみないとわからないか。

 アナリアの言うとおりなら、俺のやり方だと失敗する。

 それはそれで、今後の方針にもプラスになる。


「とりあえず、俺の知っている方法でやらせてくれ」

「はい……わかりました」


 それから、俺の知る通りにポーション作りを進めていった。

 加熱と不純物の除去。うん、問題はない。

 繰り返すうちに段々と色合いが綺麗な青色になってきた。


 三回も不純物を取り除くと、すっかり俺の知っているポーションの青色だ。

 うん、うまくできてると思うんだが。


「……よし、完成だ」


 そう言ってアナリアを見ると、彼女は固まっていた。


「おーい、どうしたんだ?」

「はっ……! 申し訳ありません、ちょっと意識が遠くなっていました!」

「お、おう……とりあえずポーションは完成したぞ」


 小瓶に移し替えたポーションを揺らしてみる。ふむ、自分では完璧な出来映えだ。


 アナリアをちらっと横目に見ると、明らかにうずうずとしている。

 きっとちゃんとしたポーションか、確かめたいのだろうな。


「どうだ、試しに飲んでくれないか?」

「……よろしいのですか?」

「俺はこのやり方しか知らないからな。アナリアの方が専門だし、判定にふさわしいだろう」

「なるほど、わかりました……では、頂きます!」


 小瓶を取ったアナリアは、一気にポーションを飲み切った。

 さすが、ポーションに人生を賭けているだけはある。いい飲みっぷりだ。


「――っ!!」

「どうだ、他と違うか?」

「いえっ、素晴らしいポーションです! 二日酔いが治りました! これはまちがいなくポーションですね」


 お、そうだったか。

 俺のやり方でもよかったわけだ。


「それにしても、まさか薬草を混ぜなくてもポーションを作れるなんて、エルト様の知識は本当にすごいですね。他に方法があるなんて、想像もしてませんでした」

「ふむ、俺にはよくわからんが――ああ、混ぜなくていい分、材料は必要ないわけか」

「ええ、その通りです。この薬草も安いものではないので……。革命的な製造方法ですねっ!」


 なるほど。

 もっともヒールベリーが不足している今、その優位を活かせるのは俺達だけだが。


 しかし、まさか製造方法でも有利な点があるとはな……。思ってもみなかった。

 領地を盛り上げるのに、かなり使えるんじゃないか。


「エルト様、この方法をうまく使えば――薬師ギルドにとてつもない影響力を持てますね。ポーションを主力にしていくのなら、とても有利になるかと思います」


 やっぱりそうか。

 将来的なことを考えれば、ギルドと繋がりは欲しいところだ。


 機材の貸し出しや人員の派遣。頼みたいことはいくらでもある。

 きっと領地経営にプラスになるだろう。

 そう考えるとなんだかワクワクしてくるな。

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