02.植物魔法の可能性

 あれから二週間、俺は順調に魔力を高めていった。

 適当な栽培の魔法を使っては、赤い実を生み出して食べる。


 記憶が目覚める前に比べると、ざっと倍の魔力には成長できたか。

 単純だけれど繰り返しが重要だ。


 おかげで使用可能魔法もひとつ増えた。

 【癒しの実】という魔法だ。

 前世の知識通り、魔力が高まると使える魔法も増えるみたいだ。


 後は金策もしないとな……。領地をなんとかするには金がいる。

 俺が実家から渡されたのは、家と領地を除けば粗末な剣だけ。

 金策は自分でしなければいけない。


 だけど問題ない――植物の魔法は金策にも使える。

 最近発動させているのは、その金に繋がる植物の魔法だ。


 ベッドに腰かけながら俺は唱える。


「治癒の実」


 この魔法は赤い実と同系統の、回復ポーションの材料になる実を生み出す魔法だ。

 ブルーベリーのような青い実がすぐに出来上がる。

 俺はその青い実を取り、食べるのではなく小さな箱に入れた。


「……結構貯まったな」


 箱には青い実がぎっしりと入っている。

 回復ポーションは貴重品で、その材料になる青い実も売れるはず。


 赤い実は数時間で魔力が抜けて売り物にならないが、青い実は一ヶ月ほど回復効果がある。

 これだけあればそれなりの金になる……多分。

 いまいち今の価値をわかっていないので自信がないが。


 トントン、ドアがノックされる。

 来た、お客だ。

 ……窓から確認すると豪華な馬車が数台、家の前に立ち止まっている。

 多分、商人の馬車だろう。


 誰も住んでいない俺の領地だが、旅商人はたまに通る。

 近くには結構大きな迷宮都市があるので、そこに向かう商人がいるのだ。


 そして一応貴族の管理地を通るから、挨拶に現れる。

 というより、それ以外の人間が来たこともないんだけどな……。


 とりあえず来た商人に、貯め込んだ青い実を見せてみよう。

 運が良ければ、その場で買い取って貰えるかもしれないからな。



 ♢


 現れたのはニャフ族の一団だった。

 ニャフ族は小さな猫型の獣人種だ。大人でも俺の腰の高さくらいの背丈しかない。

 しかしニャフ族は頭が良くて手先が器用、たいてい商人か職人で生計を立てている。


 ニャフ族は正直者が多いと聞くし、悪い評判は全くない。

 おぼろげな前世の記憶でもこれは変わらない。

 取引する相手としては問題ないだろう。


「貴族様にご挨拶申し上げますにゃ」


 先頭にいる黒猫のニャフ族が優雅にお辞儀する。


「楽にしてくれ」

「ありがとうございますにゃ。あちしはブラックムーン商会の商会長、ナールと申しますにゃ。どうか領内を通行する許可を頂きたく、お願いいたしますにゃ」

「許可する」

「感謝いたしますにゃ。これはほんのお礼でございますにゃ」


 ナールが小さな皮袋を取り出し、俺に渡してくる。中にあるのは通行料だ。

 この一連のやり取りは決まり切ったもので、誰もが同じように申し出る。


 いつもはこのやり取りだけだが今日は違う。

 俺はさっそく青い木の実をナールに見せることにした。


「今日はちょっと見て貰いたいモノがあるんだ。できれば買い取りもして欲しい」

「ブラックムーン商会はなんでも扱いますにゃ。どのようなお品物ですかにゃ」


 普通ならお互いに信用がどうのとかあるんだろうが、今の俺はまだぎりぎり貴族だ。

 貴族とそうでない平民には絶対的な上下関係がある。

 たとえ俺がしょぼい領地の主でも、話くらいは聞いてもらえるのだ。


「この青い実なんだがな。回復ポーションの材料になる――」

「にゃー!? ヒールベリーですにゃん!」


 青い実をひとつ取り出すと同時に、ナールが詰め寄ってきた。

 他のニャフ族も前に出てくる。


 うん? ちょっと反応が過剰じゃないか?

 この青い実はそんな珍しいものじゃないはずだが……。


「にゃにゃ……興奮してしまいましたにゃ。失礼しましたにゃ」

「俺も堅苦しいやり取りは苦手なんだ。気にしないでいい。それより今の反応はどういうわけだ? ずいぶん興奮していたが」

「今、世界的にヒールベリーが不作ですのにゃ……。百年に一度の不作で、全然ないのですにゃ」

「なるほど」

「……実を言うと、あちし達の主力商品はポーション類だったのですにゃ。でも材料がなければ、どうにもならないのですにゃ。最後の望みをかけて、これから迷宮都市に仕入れに行くところだったのですにゃ」

「迷宮に出現する魔物からもポーションの材料は取れるからな」


 もっとも魔物素材から作るポーションの品質は良くないはずだ。

 それでも仕入れに行かなければならないほど、足りないということか。


「はいですにゃ。しかもこのヒールベリー、とても綺麗な青色ですにゃ」

「普通の青色じゃないか?」

「いえいえ、素晴らしい青色ですにゃ! ヒールベリーは青く輝くほど質がいいのですにゃ。ああ……これほどの青色は初めて見ましたのにゃ」

「俺には特別なようには見えないが……」


 治癒の実自体は大した魔法じゃない。植物の魔法では初級魔法だしな。

 この青の実――今はヒールベリーと呼ばれている――から作れるのは普通のポーションだ。


「それでこのヒールベリーの買い取りをお願いしたいんだが、可能か?」

「これを売っていただけるのですかにゃ!?」


 しっぽをふりふりしながら、ナール達が一斉にひざまずく。


「ぜひとも、こちらからお願いいたしますのにゃ! 深く感謝いたしますのにゃ!」

「良かった……。あと量はこれだけあるんだが、全部買い取ってくれるか?」


 俺は箱に入っている山盛りのヒールベリーを見せた。


「にゃにゃにゃー! こ、こんなにいっぱい、ヒールベリーが!! ありえないですにゃー!!」


 ナールは腰を抜かして驚いたのだった。



領地情報

 領民:1

 来訪者:20(ブラックムーン商会)

 総人口:1

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