第10話 友好なる交流会
今日は土の女神ネルトゥシエルの感謝の日だ。神話で土の女神ネルトゥシエルが日頃の感謝を込めた贈物をしたと言われて、兄である水の神ハーヤエルにハンカチを贈ったとされる。
友人の火の神アーガンジュエルにお菓子を贈ったという下りから、七斗学院では仲の良い知り合いにお菓子を贈る交流会になったらしい。
「このカードはこっちで、あのカードは……」
着々と準備をしながらもリリンは「アンネマリーが心配!」と言っている。
贈物はうっかり受け取ると危険なものもある、例えば女性から渡されるハンカチ、男性から渡される首飾りとか。
これらには求婚の意味がある。リリンは身分のせいで贈物を断りにくい私とカールを心配してくれているけど、注目は間違いなくリリンだろう。
「リリン、インディル様のお菓子のカードがないけど、予備を書き換える?」
「ううん。インディルには毎年ハンカチをあげてるの」
ハンカチは求婚に使う以外にも、家族間の贈物として定番。本人が刺繍を入れたハンカチは特別なものとして、親愛の情を示すのに使われる。年頃になってくると、婚約者を示す贈物になる。
婚約者が決まっていないリリンがインディル様に贈るのはかなり微妙じゃないだろうか。
「お父様に贈るの」と楽しそうにプレゼント用に包んでいたハンカチと同じものをインディル様に贈っていると知っている私だから家族用とわかるけど。
でも用意を言いつけられた商人リュラ・ニコラウスから報告されているはずのラグエンティ伯爵がなにも言わないのであれば良いのかもしれない。
「わあ」
悶々と考えていた気分はどこへやら、何度見ても慣れない豪華絢爛な広間に思わず声が出てしまった。ちょっと恥ずかしさを誤魔化すようにしていたのだけど、私以上にはしゃいでいる人がいて視線はみんなそっちに向いていた。
照らいなく「すごいね!」と水の神ハーヤエルの像に歓声をあげているのはノイトラールのウェバルだった。一緒にいた子たちが慌てているが、自由奔放といった様子のウェバルは気にも留めていない。
「あ!アンネマリー!」
「素敵な像よね」
「わかってくれる!?嬉しい!あの像はすごく緻密な魔法で汲み上げられてるからあれはきっとマリアン先生の作品だよ」
「え?先生方の作品なの?」
「そうだと思うよ?キシャル先生が育ててた花が飾られてるし、たぶんそう」
ウェバルにそう言われてみて会場を見直してみると飾られている花は小さく繊細な花が多く、言われてみればいつも柔らかく笑うキシャル先生らしい気がする。
「そうだ、はい!」
「え?私に?」
「そうだよ!友情の証」
ウェバルから表に小箱が書かれたカードを渡されたけど、カードの中身はあとで見てとイタズラっぽい笑みを浮かべていた。お礼に渡すものとして用意していたお菓子の絵が書かれたカードを渡すと飛び跳ねて喜んでくれた。
「またね!アンネマリー。君の王子様が待ってるよ」
「え?」
「アンネマリー、光の聖女バルドゥナより祝福をいただいたような心持ちです。水の神ハーヤエルの栄誉をお預けいただけませんか?」
父兄の代わりにエスコートさせてくださいを貴族的な言い回しをしてくれたのは、オルラン様だった。恭しく差し出された手に、夢見心地で自分の手を乗せる。手袋越しなのに汗が伝わってしまわないか緊張してしまう。
エスコートされながらオルラン様を見ると、今日のオルラン様の衣装はライトグレーを基調にした正装で、シンプルにまとまっている。
いつもの生真面目な様子とは打って変わって、どこか遊びがある雰囲気だ。思わずかあっと熱くなった頬を誤魔化すように、オルラン様に話しかけた。
「あの、ありがとうございます」
「クリストファー殿下が、アンネマリーを探していた」
「クリストファー殿下が?」
リリンを探すならわかるけど、どうして私を探されているのだろう。リリンの贈物についての情報をこんな表舞台で聞いてくることはないだろうし、殿下のお考えがよくわからない。
一際大きなざわめきが聞こえて振り返ると、高いヒールを履きこなすアザレア様、フェーゲ王国の宰相息女がインディル様にカードを贈っていた。
国交がないフェーゲ王国の学生から王族以外の学生に贈られるのはかなり珍しい、とオルラン様から教えてもらう。
友好の証であるカードを断るのは失礼にあたるからインディル様は少し困ったような表情をしながらも受け取っていた。
「アザレア・アスダモイはインディル様と友好関係であることを歓迎する。手をお取りいただける日を心待ちにしているよ」
アザレア様はインディル様にカードを渡して用事は済んだらしく、長いドレスの裾を翻してフェーゲ王国の学生たちの輪に戻っていった。
ウェバルがいった「僕たちの中であの子が一番強いらしいね」という言葉が思い起こされた。昔から強いと知っていたけど、実力至上主義の魔族に認められるほど、インディル様は強いらしい。
他にもフェーゲの学生からカードを渡されて、立ち尽くすインディル様はどこか孤独そうに見えた。
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