第7話 非日常の幕開け

意外にもアルブが連れて戻ってきたのは大人数だった。

私でもわかる陛下、ペトラ、そして、最後に細身の男性が入ってきた。


最後に入ってきた男性は室内に控えていた私の護衛、なんていったかしら、サラじゃない方の男騎士と何かを話して、退出していった。

腰に剣を指していたし、誰かの護衛かしらね。この部屋、重要人物だらけ過ぎてどの人のかはわからない。



「間もなく教育係が参ります」



確かにノックに対して「いいわよ」とは言ったけど、こんなにたくさん来るなんて聞いてない。しかも、どうやら肝心の教育係は未着らしい。部屋が広いからいいけど、この人数なら会議室とかないのかしらね。

そう思っていたら、陛下が窓の外を見ながら「溶けた」とよくわからない言葉をつぶやいていた。



女王陛下クイーン、発言をお許しください」

「許すわ」

「イブリストがここで、魔法を使いましたね」

「ええ、そうよ。見せてもらったの」



給仕を務めるアルブが引きつった笑みを浮かべながら紅茶を入れているのとは対照的に、ペトラは自然に微笑みを浮かべていた。

その魔法が決して善意の元で使われたのではないことは百も承知でそういう笑い方をするのだから、面白い。



「そうですか。魔法はいかがでしたでしょうか」

「うつくしかったわ」

「満足いただけたようでしたら何よりでございます」

「ただ、私聞きたいことがあるのよ」

「なんなりと」

「そこまでにしておけ、気狂ソフィアがくるぞ」



陛下とペトラがドアと私の間に移動する。教育係と聞いている人がくるのに、私に見せないつもりかしら。そんなに警戒が必要な相手?


勢いよく開け放たれたドアが壁にぶつかる前にサラがつかむ。

シタン姉弟を大人にしたような風貌の女性が山のような書籍を手に入ってきた。頭の上には薄もやのような輪が見えるし、背中には白い羽が見える。


気のせいでなければ、天使系の種族なんじゃないだろうか。これまで、どっちかというと闇落ちしてそうな夜叉や鬼の紹介ばかりだった。そういえば、ペトラの種族を聞いてない。



「あぁ!!お会いできる日を待ち望んでおりました!!女王陛下クイーン



天使らしい見た目のせいで、逆方向に振り切られると気持ち悪さ倍増だ。教育係のはずの女性は変質者のように息を荒げて、私を見る目が恍惚に歪んでいる。



「われらの未来を知る異世界はいったいどのようなおとぎ話の世界でしょう!」



あ、なんとなくこの人を思い出してきた。召喚したばかりの玉座の間で、取り押さえられてサル轡までされていたのに、嬉しそうに笑いころげていたヤバイ人だ。

この雰囲気だと、彼女がきっと私を召喚した張本人、そうなると、適切な言葉が浮かんできた。この類の人間の分類を私は知っている。


マッドサイエンティストという。


妙に納得して、彼女を見やる。上手に話を聞きださないといけないようだ。



「世界と世界は、お互いを虚像として繋がっています。ですから、女王陛下クイーンは我々の未来をご存知なのです!

ここはフェーゲ王国、魔王を戴く魔族の国です。隣合うレイド王国と長年犬猿の中で、今はレイド王国に勇者が生まれると預言がでたところです」



全然わからない。


そんなおとぎ話聞いたことも無い。それに、どんなおとぎ話だろうと明らかにレイド王国が勝つのが見える。魔王が勝つ童話なんてある訳がない。

それにしても童話ねえ、虚像の物語というならどちらかというとアニメの方が身近だ。なんと言っても魔王の存在は、ゲームやアニメ受けがよい。



「勇者の名前は?」

「まだわかりません」

「ヒントが少なすぎるわ。主要人物の名前をあげていって」

「それでは、まず、レイド王国王家から。

ルーズウェード・アルティン、王妃はマルガレーテ、側妃リリローズ。

筆頭貴族、グングニール・ジークフリート、奥方ハイクレア、令嬢アルメニア。

宰相ローラン・シャルマーニュ、奥方フリージア、どうです?」



長ったらしい名前がズラズラ並んでいくが、全くピンとこない。私が分かった様子でないのを察して、ソフィアは次の説明に入ってくれた。



「ふむ……。それでは、フェーゲ王国。陛下の御名はルシファー様。

宰相ペトロネア・ヴルコラク、近衛騎士ベルトラン・リヴァイア、サラ・イブリスト。元帥テユドラ・ナーガ」



陛下の名前はルシファー。そう言われても魔王の名前がルシファー、なんか普通だ。魔王じゃなくて悪魔の名前だろうとツッコミ入れたくはなるが、ルシファーという名前自体はアニメやゲームでは有りきたり。

これといって特定の物語はでてこない。すでにフルネームを聞いているペトラも特にぴんと来ない。


でも、ベルトラン・リヴァイアはなんか聞いたことがある。

なんでかしらね。ベルトラン。ベルトラン。もしかして、ベル様?


まさかこの世界は乙女ゲーム?!

私が暇で暇で仕方ないというときに、たまたま購入したゲームに妹がハマってしまって、何度もその話を聞いた。勧められて私も少しはしたが、ベルトランは攻略していない。なんならルシファーもしてない。


そんな私とは反対に妹は特に難易度の高いベルトラン・リヴァイアが大好きで、ベル様は3周目にならないとでてこない隠しキャラなのが悔しいと、相当やり込んでいた。

ちなみに、ベルトラン・リヴァイアは魔王よりも条件が厳しい隠しキャラだった。それ故に、妹のようなコアなファンがいて、二次小説は大盛り上がりなキャラだ。


通りで、右も左も美形だらけなわけだ。ルシファーも勿論攻略キャラで、出現は2周目以降だ。不思議とペトラに既視感があるのは、攻略対象のスチルに映り込みしてきて割と出てくるからだ。



「レイド王国の王子は?ジークフリート家に男児は?」

「王子が生まれたと聞きますが、名前は公表されていません。それと、ジークフリートには令息はおりません。令嬢アルメニアだけです」



『虹色の聖女-夜空に光るあなたの星ー』は、七斗学院ななつがくいんに通う学生を中心にした乙女ゲームだ。

主人公の聖女が、7人の勇者候補、預言で告げられた勇者の可能性があるイケメンたちと愛を育む物語になっている。


もちろんご都合主義で、主人公が選んだ男が魔王を倒す本物の勇者になる。そして、当然、主人公は聖女と崇められる。学院でお勉強と世界を救う能力を磨いて、卒業間際に魔王降臨の報が入り、世界を救うために魔王討伐に向かう。

友情をあげていれば、選ばなかった他の勇者も同行してくれるという、ハーレムありの乙女の夢が詰まった物語だ。


ただし、問題がある。


今の情勢を聞いて、察した。まだ勇者候補の大半が生まれてない。

せっかくの乙女ゲームなのに、まさかの親世代。イケメンの親はイケメンだし、魔族の寿命は長いから、攻略メンズがいないわけじゃないけど。


難度がバカ高いベルトランは勘弁して欲しい。なんせ、彼はペトラ様ラブで、ペトラ様の代わりを主人公に求めてくる。主人公が死にかける途中で真実の愛とやらに気が付いて、主人公一筋になってくれるが、道のりが長い。なにより危ない。

そして、魔王ルシファーは、ルシファーが主人公と結ばれない限り、勇者に討たれる。


それに、ルシファーとベルトランルートでは、勇者ルートではないからハーレムができない。まあ、私が魔王に召喚されているから聖女でないことは確実なんだけど。

でも、楽しめないと諦めるのはまだ早い。今からならどこでも面白い立場に割り込めるわ。



「情報が少なくて物語を特定できないわ」



未来の情報は喉から手が出るほど欲しいだろう。特にルシファーの命がかかっているとなれば、その情報が絶えてしまう可能性のある、私を害するというのはなくなるはずだ。


すぐに2人目を召喚しようということにならなければ、とりあえず、当分は大丈夫。もし、すぐに召喚できるなら異界人をたった一人だけ召喚するなんて下策はしないから、召喚には制約があるとみた。


ちょっと悩んでいるそぶりをみせながら、どう運んだら私に有利になるか、頭の中で図を組み立てた。

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