第3話 異界からの救済者

無事にヤクシーの一族とも話を付けることができて、陛下の嫁を迎える準備は滞りなく進んでいる。知らされた時間を考えれば十分よい速度で進められた。

もともと、陛下がいつ嫁を迎えてもよいように部屋も離宮も整えていた。どんな種族が来ても1週間もあれば快適な場所の確保ができる。


ただ、一応すぐに使用することになる城の部屋は確認しておいた方がよいだろう。



「フーリー、セトは居るか」

「部屋の外に待機されています」

「内宮に向かう。フーリーは執務室の留守を頼む。セト、行くぞ」



鷹の獣人であるセトは魔族の平均よりずっと耳が良い。

部屋の中で命じていても、防音の魔道具を使ってなければ問題なく聞き取る。扉を出てから、護衛がついてきているか確認はしていない。だが、私の護衛が私に置いて行かれる間抜けな真似はしないと信じているから速度は緩めない。


仕事をする魔族が多く務める外宮を通過して、陛下のプライベート空間の内宮へ入っていく。


内宮は本来なら陛下とその家族、そして護衛や仕える魔族しか入れない空間だが、今の陛下には内宮で暮らす家族がいない。

側妃もいないから内宮はほとんど空、その空き部屋管理を「めんどくさい」の一言で宰相へ投げてよこしたため、内宮管理の最高責任者で私が登録されている。



「ヴルコラクさま!」

「ペリ・シタン、部屋は入って問題ないか」

「はい!いつ点検を受けても問題ありません」



ペリ・シタンが得意そうにその胸を張る。秘書のフーリーと同じ、荒事が不得意な精霊の一族だ。

内宮の清掃などはペリとその兄妹が務めている。シタン一族は荒事が苦手な代わりに部屋の維持などの繊細な仕事に向いている。


よく考えたら、意外と城には非戦闘員が多い。


この嫁のことが終わったら警備の強化と軍事の再編を行わないといけない。

待てよ、嫁ということは今日の夜の準備もいるのか。

特に伝えなかったが、側仕えを多く輩出しているヤクシー筆頭のタニタニアさまならなんとかしてくれるだろう。



「あぁ、パル・シタンもいたか。今日から内宮に人が入る。衣装の確認もしておいてくれ」

「えっ!?どこのお姫様がいらっしゃるんですか。どのタイプの衣装がよいでしょうか」

「あいにく私も知らないのだ。とりあえず、明日、仕立屋を呼ぶ予定を組んでほしいのと、夜着はかわいらしければなんでもよいだろう。陛下の趣味に合わせて用意しておいてくれ」

「承知いたしました」

「ペリ、パル、今告げた情報は内宮管理のシタン一族への開示は許可する。それ以外は他言無用だ。パルは行くとよい、ペリはついてきなさい」

「「承知いたしました」」



ペリが扉を開けてくれた正妃の居室は使われていなかったことを微塵も感じさせない良い整えられ方をしている。


今回は何か陛下から管理を委託されるつもりらしいから嫁を女王と称するようだが、部屋の扱いとしては正妃でよいだろう。

仮に変更するにしても本人の意向を聞いて調整の方がよい、今日これ以上の準備は無理だ。



「ペリ、続きになっている部屋の一つを執務室に変えてくれ。書棚には童話集と。そうだな、流行の恋愛小説をいくつか。魔法の基本書、マナー教本の初級」

「かしこまりました」

「飾りの類は本人が来てから。それ以外となると……、湯あみ用の石鹸類も必要だな。肌を整える香油は、あとでフーリーの蝶で指示をするから指示通りに揃えて。ペリ、他に私の確認がいるものはあるか?」

「晩餐のご用意は必要でしょうか」

「……用意してくれ。人型の食事を基本に、それ以外が必要になるのであれば、連絡する」

「かしこまりました」



陛下が寝る時間ぐらいにしか戻ってこない内宮は普段静まり返っているが、あれこれと私が注文を付けたせいで慌ただしくなっている。


こめかみを指先で叩いて忘れている事項がないか確認していると、金色の蝶が私の方に飛んできた。

執務室に残してきたフーリーからの連絡だ。もう全員集まってしまったのか。



「もう到着したか」

「ヴルコラクさま、フーリーです。最後のナーガさまが到着されました。会場へご臨席お願いいたします」



まだやり残していることはある気がするが、時間切れだ。



「ヴルコラクさま、内宮は任せてください」

「任せた、ペリ・シタン」



荒れることが確実な会議、おそらく今日吹っ飛ぶか溶けるかして、明日には工事がはじまるだろう大会議室へ向かった。

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