第7話 解

No6

        解





 時間は戻り現在、林田のマンション一室。

 室内の寝室で林田は、自身の男性の象徴である局部からの激痛で呻き声をあげつつ蹲っていた。


「--これが今回の経緯です。あなたの罪は法で裁かれるでしょうが、犯した罰は法では裁かれません。なので、私の判断で裁いたわけです。実際に手を下したのは私ではないですが」


 葛城サナエは自身の感情を抑えてから激痛で苦しんでる林田に向けて言った。苦しんでる林田に葛城サナエの言葉が届いているのは分からないが。


 そして、そこまで話すと寝室に向かってくる足音が聞こえた。そして、姿を現したのは年若い黒髪黒目の青年と金髪美女のジュディスだった。


「やぁ、葛城さん。どうやら一段落したみたいだね。なかなかの見事な演技だったよ。しかも、目の保養になっし」


「それは、良かったですね。では、今後は葛城さんと体を絡めたら良いでしょ。わたしはそれを傍らか見て楽しみますから」


「いやいや、なんでいきなりそうなるの? ってか、傍らから見るの?」


「人の情事を目の前で見るのも一興かと。見られていると興奮するのでは?」


「そんな性癖は持ってないから。ジュディスの嫉妬には困るね。ちなみに、ジュディスは人に見られると興奮するの?」


「どうでしょうか? 実際に見られたことは無いので。試しますか?」


「ん.....もう少し恥じらうかと思ったけど普通に切り返した来たね....」


 寝室には今だに一人の男がシーツに大量の血を染み込ませて裸で呻いているのに、夫婦漫才な空気感を出してる二人は異常と言うべきか。


 そして、そんな二人に葛城サナエは声をかけた。


「あの.....これから、どうするんですか? それと、見てたんですね....」


「そりゃねぇ....見てないとあんな事出来ないでしょ? ちなみに声も聞いたよ。イヤーマイクからバッチリとっ!」


「わたしは双眼鏡からですけど。もちろん、わたしも声を聞いてましたよ。なかなかの演技でしたよ。本当に演技かは知りませんけどね。貴女でもあんな声を出すんですね」


「っ!! え、演技に決まってますっ! それで、これから、どうするんですかっ?」


 葛城サナエは恥ずかしさのあまり、顔を赤くし少しだけ声をあげながら再度問いかけた。



「とりあえず、ジュディス。アレ、片付けてくれる? サナエさんは自分の荷物を持って一度帰ろうか? ここには処理班が来て後始末をしてくれるから」


 パシュンッ


 『執行者』の青年と葛城サナエが話してると、空気が抜けるような軽い音がした。


「始末しました。クソ男は十分に悶え苦しんで地獄に落ちたでしょう。竿だけじゃなく玉も潰してしまえば良かったのに」


「うん、ジュディスはさっきもそうだけど言葉を選ぼうか。ストレート過ぎだね。さて、ここに長居しても意味はないから行こうか」


 こうして葛城サナエを含む三人は林田のマンションをあとにした。


##



 それから数日後。

 葛城サナエは『執行者』である黒髪黒目の青年と金髪美女のジュディスの二人と、あるマンションの一室で会っている。


 なお、前回会ったマンションの一室とは違う場所であるのは当然といえよう。

 一般社会から見たらこの場にいる三人は犯罪を犯した者なのだから。然るべき所に出れば相応の罪を背負うのだから。まぁ、捕まるような証拠や痕跡は残していないし、青年が言っていた『処理班』によってすべては片付けられている。


 室内に備え付けられているソファに青年とジュディス、葛城サナエが座りジュディスが用意した紅茶を飲んで一息ついてから話が始まった。


「今日はわざわざ呼び出してすいませんね。さて、時間をかけても仕方ないので本題に入りましょうか。まずは、今回の一件を誰にも公表しないと制約してもらいます。もし、公表してしまった場合には葛城サナエさんを含むすべての関係者には裁きが下ります。裁きの内容まではお答えできませんが、察してもらえるかと。ここまでは理解してもらえましたか?」


 青年は特に何でもないかのような口調で淡々と話しする。

 まるで、何かの説明書や教科書を朗読するかのように。


「はい。ここまでは理解してます。特に問題はありません」


 対して葛城サナエも自分の立場を理解しているのか端的に返答した。


「話が早くて助かります。では、次に葛城さんの代価についてですが、これは金銭ではなく『自分の正義を持つ』事についてですね。計画前に話をしましたが、葛城さんは杉崎カヨコさんのような患者をケアする仕事に準じてますね」


「はい。現在はすでに職場に復帰しています」


 そう、葛城サナエは今回の『黒の依頼』を出した直後に勤めていた職場に一身上の都合で有給を使い一時的に職場を離れていた。

 その離れている期間中に今回の依頼を達成したのだ。依頼が達成すると同時に一時的に離れた職場に復帰したわけだ。なお、杉崎カヨコは会社には在籍している。


「こちらからの代価は、『自分の信じる正義を貫く』事をお願いしたいと思います。あくまでもお願いであって強制ではないです。葛城さんのような人の痛みを理解し支えて助力してくれる人がいるだけで救われる方がたくさんいます。そのような方が増えれば僕たちもこのような事をしなくて済みますから」


 葛城サナエは自分の信念に従い今のまま仕事を出来る範囲で懸命に勤める。青年は人に裁きを下す数が減る。どちらにもメリットがある答えだ。


「..........分かりました。これからも『自分の正義を持つ』事を忘れずに頑張って生きたいと思います」


 ほんの少しだけ黙考したあとに葛城サナエはそう答えた。


「ふぅ....ありがとうございます。たまに、ごねてくる人がいるんですよね。すんなりと話が済んで良かったです。では、この『黒の依頼書』に署名をお願いしますね」


 青年は前もって用意して封筒から黒の依頼書を取り出し、葛城サナエに署名をしてもらう。


「......あの、もし私がごねたりした場合はどうなっていたんですか?」


 興味的好奇心からそんな事を目の前に座る青年に葛城サナエは聞いた。


「それはもちろん.......特にこちらから何もしませんよ? 制約を守ってくれている間だけはね」


 ほんのイタズラ心で不敵な笑みを浮かべながら青年は答えたが、葛城サナエにはどう見えていたのか。


「っ!!....ご、ごめんなさいっ。もう聞きませんっ! あ、あの話はまだありますか?」


 かなり怯えさせてしまったようだ。


「えっ? いや、特には.....ジュディス?」


「話は以上です。玄関を開けて出た瞬間から制約は発動します。お忘れなきように。あと、こちらから貴女に接触する事はないですし、貴女からこちらに接触する事はできませんので」


 ジュディスは事務的にそれだけを葛城サナエに伝えた。


「では、以上になります。今後は幸せな人生を友人と楽しんで下さいね」


 青年は最後の挨拶を葛城サナエに伝えると、葛城サナエはマンションの一室を出ていった。


##


 それからしばらくして。


 青年は紅茶ではなくコーヒーをジュディスに淹れてもらい、薫りと味を楽しんでいた。

 ちなみに、インスタントなのはジュディスだけが知っている。


「今回はわりと簡単な依頼だったわね」


 ジュディスは自分で淹れた紅茶を手に持ちソファに座りながら青年に声をかけた。


「んー、良い香りだね。味もなかなか。....そうだね、これぐらいがちょうど良いよ。それで、最終的な処理はどんな感じ?」


 青年はジュディスが淹れてくれたインスタントコーヒーを味わいながらジュディスに聞いた。


「林田が関係していた組織は、ある暴力団の資金源になっていたグループだったので処理班が各機関に情報を流して取り締まってもらったわよ。ついでに、独自の判断で裁きが必要な人物においては処理済みです。もちろん、回収できる物資と金銭はこちらが有効活用してるわ」


 青年とジュディスは慈善活動をしているわけではない。活動するにはそれ相応の物資と資金が必要になる。なので、回収できる所からは遠慮無く回収し以降の活動に有効利用してるわけだ。


「そう、とりあえず処理も済んでるみたいだからしばらくはゆっくり出来るかな」


「いえ、そうはいかないでしょ。林田の汚い物を撃ち抜いた時に僅かだけど弾道にズレがあったわ。そのズレの修正の訓練をしなきゃいけないわ。あと、わたしにあんな汚ならしい物を見せたのだからその埋め合わせもしてもらうわ。ちなみに、埋め合わせは決定事項よ」


「はぁ.....良く見てるね。別に問題なく撃ち抜いたんだからそこは好くない? それと見せる見せないもジュディスが一緒にあの部屋まで付いてきたのが悪いんじゃ?」


「わたしは貴方のパートナーなんだから当然同伴するでしょ。それより、わざわざあの場に貴方が出向かなくても他の誰かを行かせれば済んだことでは?」


「まぁ、そうだね。でも、それだと葛城さんが驚くかと思ってさ。まぁ、本人は場の雰囲気に飲まれたのか役に嵌まったのか分からないけど、動揺はほとんどなかったよね」


「そうね。林田のあの姿を見ても怯えた様子はなかったし平然と事の顛末を説明してたわね」


「そうだね。さて、依頼も終わったんだし街に出ようか。そろそろ小腹も空いたからカフェでも行く?」


「そうしましょう。この部屋も『処理班』に連絡して綺麗にしてもらわなけばいけないし。カフェに行きましょうか。感じの良さそうな店はすでにリサーチ済みなの」


「さすがはジュディスだね」


『執行者』なる青年と金髪美女のジュディスは、マンションの一室を出ると話に挙がったカフェへと向かった。


 二人が出たマンションの一室には、口紅を付けたティーカップと、冷めたインスタントコーヒーの二つだけテーブルに残されていた。

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