エピソード 2ー2

 フィオナ王女殿下が滞りなく女王になれるよう、アイリスは宰相の座を目指すことにした。

 とはいえ、なりますと言って、簡単になれる地位ではない。グラニス王の後押しがあったとしても、アイリスが宰相になるのは難しいだろう。


 そのあたり、アルヴィン王子は「俺に任せておけ」と頼もしいことを言っていた。アルヴィン王子がどうやって周囲を説得するつもりか知らないが、ひとまずはお手並み拝見である。


 それに、アイリスには平行してやることがある。フィオナ王女殿下が即位するに必要なのは、アルヴィン王子派を纏めることだけではない。

 人数で言えば、何処の派閥にも属さない者の方が多い。そういった者達を納得させなくてはいけない。そのために必要なことは、フィオナ王女殿下に実績をあげさせることである。


 もちろん、まったく実績がない、というわけではない。干ばつの危機を防いだ一件はもちろん、隠れ里や魔族との交易についても、フィオナ王女殿下は関わっているから。

 ただし、フィオナ王女殿下の主導の下に――と言えない出来事が多い。

 いままでは、失敗してもフィオナ王女殿下に責任が及ばぬように、お手伝いという立ち位置で関わるようにさせていた弊害とも言える。


 ちなみに、この辺りをどうするのか――と、グラニス王やアルヴィン王子に尋ねたところ、期待しているという答えが返ってきた。


(普通はそんな重要なことに、他国の人間を関わらせないようにするものなんですけどね)


 アイリスを自国の所属にするつもりだから。つまりは信頼してくれている証拠だろう。アイリスはその信頼に応えたいと思っている。

 なにより、自分の居場所を作りたいと願うアイリスに手を抜くつもりはない。


 そして考える。

 フィオナ王女殿下を、皆に認められるような功績とはどんなものか。彼女は女王になるべき人間であり、同時に剣姫でもある。そう考えたアイリスは一つの結論に至った。


 ただし、それをアイリスが実行しては意味がない。あくまで、フィオナ王女殿下が思い付いたことだという体を保ち、それを全面的に押し出して行く。

 そのためには――と、アイリスはディアロス陛下の下を訪ねた。面会の申請をすれば、エリスが顔パスで部屋に通してくれる。

 部屋に入ると、部屋着を着崩した、気怠げなディアロス陛下がソファに寝そべっていた。


「いえ、まぁ、いいんですが……」


 他国の人間に会う魔王として、それはどうなのかと半眼になる。だが当のディアロス陛下は気にした風もなく、「アイリスではないか。我が国に来る気になったのか?」と笑う。


「残念ながらそうではありません。ディアロス陛下にお尋ねしたいことがあったのです」

「……ほう? どうやら真面目な話のようだな」


 彼はそう言ってソファに座り、アイリスに向かいの席を勧めてくる。アイリスはそれに従ってソファに腰掛け、実は――とさっそく切り出した。


「魔族は魔物を従えていますよね。それは人間にも真似できますか?」

「……なるほど、魔物の被害をなくしつつ、労働力として扱いたい、ということか。だが残念ながら、魔物を従えることが出来るのは上位の存在――魔族だけだ」

「そう、ですか……」


 残念な答えではある。だが、アイリスもその答えは想像していた。だからこそ、そこから一歩踏み込んだ提案を口にする。


「では、魔族が魔物を従え、魔族領へ連れて行くことは可能ですか?」

「……なるほど、それならば不可能ではないな。ただし、周囲に散らばる魔物を集結させるには相応の力を持つ魔族が必要だ。たとえば、エリスくらいの、な」

「彼女ですか……」


 エリスは先の襲撃で襲いかかってきた魔族と比べても群を抜いて強い。武力がすべてというわけではないのだろうが、魔族にとって重要な人物であることは間違いないはずだ。

 そんな彼女を貸してくれ――と交渉するには、相応の手札が必要となる。


「彼女の力を貸してください――と申し上げれば、対価になにを望まれますか?」

「アイリス、おまえが俺の第二夫人になる、というのはどうだ?」

「他の案でお願いします。わたくしはレムリアに骨を埋める覚悟を決めています。一時的に魔族の国を訪ねることがあっても、貴方の下に嫁ぐことはありません」

「そうか……では、なになら出せるのだ?」


 聞き返されたアイリスは、そうですね……と視線をエリスへと向けた。


「エリス、貴女が魔物を使役して、魔族領へ送るなど、周囲に被害が出ないようにしてくださるのなら……毎日ケーキを食べ放題にいたしましょう」

「引き受けましょう」

「ありがとうございます」

「待て待て待て」


 即座に応じるエリスに対して、アイリスはこれ幸いと話を進めようとするが、そこに少し慌てたディアロス陛下が待ったを掛けた。


「エリス、俺への忠誠心は何処へ行った」

「ディアロス陛下、ケーキはとても甘いのです」

「……そうだな。それで?」

「それ以上に語ることがありますか?」

「…………」


 ディアロス陛下が呆れている。

 さすがに不味いと思ったのか、エリスはコホンと咳払いをした。


「それに、ディアロス陛下に対する対価は、アイリス様が用意してくださるはずです」


 え、わたくしですか? という言葉はとっさに飲み込んだ。アイリスはすぐに頭を回転させて、ディアロス陛下にどのような利益を与えられるか考えを巡らせた。


「……そういえば、魔族は魔物を労働力にしているのですよね?」

「一応はな。だが、魔族領では作物があまり育たない。これからは改善するかもしれぬが、いまはあまっているくらいだ。魔族領へ魔物を送ることは、こちらの利にはならないぞ」


 労働力として送るという提案は先んじて拒絶される。ならばと、アイリスはすぐに次の案を思い浮かべた。


「では、この国で魔物を働かせ、その対価をお支払いするという形ではいかがですか? たとえば、この国で作物を育てさせ、その何割かを魔族領へ提供する、とか」

「ほう? それは悪くない提案だ。だが、おまえにそんなことを決める権限はあるのか?」

「わたくしにございません。ですが、フィオナ王女殿下に進言することは可能です。そもそも、魔族なら魔物を操れないかと提案なさったのは、フィオナ王女殿下ですから」

「なるほど、あの娘か。やはり、我が息子の嫁に――」

「ぶっとばしますよ」


 反射的に口にして、それからアイリスはコホンと咳払いをした。


「ご存じのことと思いますが、フィオナ王女殿下はこの国の女王となられる方。他国へ嫁ぐことは出来ませんわ」

「ふむ。ならば、息子を婿入りさせるのはどうだ?」

「……それは、なんとも言えません。本人に聞いてください」


 フィオナ王女殿下が望まないのなら、アイリスはどんな手段を使ってもそれを阻止するつもりでいる。だがもしも望むのなら、無理に引き裂くような真似をするつもりはない。


(フィオナ王女殿下を口説きたければ、わたくしを倒してからになさい、くらいは言うかもしれませんが……それは前世の自分のことなんだから、当然の権利ですよね)


 横暴なことを考えつつ、アイリスはフィオナ王女殿下に話を通す段取りをした。



 そうしてディアロス陛下の下を去ったアイリスは、ディアロス陛下がこの国に留まっている内に出来るだけ話を進めようと、すぐにフィオナ王女殿下の下へと向かった。

 突然の来訪にもかかわらず、フィオナ王女殿下は笑顔でアイリスを出迎えてくれた。


「アイリス先生、急ぎだって聞いたけど、どうかしたの?」

「フィオナ王女殿下が以前、魔物を操れないかと仰ったことを覚えていますか?」

「……あ、そう言えばそんな話をしたね。色々騒動があって忘れてたよ」

「はい、実はわたくしも同じ理由で忘れていました」


 賢姫らしからぬ失態だが、発生した事件を考えると無理もない。それでも己を恥じながら、アイリスはそれを思いだした経緯を口にする。


「フィオナ王女殿下が女王に即位するに当たり、周囲を納得させるには寄り大きな功績を挙げるのが一番です。そこでなにかないかと考えていたのですが……」

「その話を思いだしたんだね。それじゃもしかして、魔物を操る術を教えてもらえたの?」

「いえ、残念ながら。魔物を従えられるのは魔族の特権のようです」

「うぅん、そっか……魔族が隠しているって可能性はないかな?」

「もちろん、その可能性はあります」


 切り札として、その方法を隠している可能性は否定できない。よく気付きましたね――と、アイリスはフィオナ王女殿下に微笑みかけた。


「じゃあ、相応の対価を用意すれば、教えてもらえる可能性はあるかな?」

「零ではありませんが、実際に奥の手があるか分かりませんし、あったとしても隠すほどの内容ですから、教えていただける可能性は低いでしょう」


 なにか、他になにか方法はないでしょうか? とアイリスは独りごち、頬に人差し指を添えて悩むフリをする。それを見たフィオナ王女殿下は、アイリス先生の役に立つチャンス! とでも言いたげに考え込んだ。


「……あ、魔族の人に頼むとかはどうかな?」

「なるほど、良いアイディアですね。ですが、魔物を従えられるような魔族に協力してもらうには、相応の対価が必要ですよね。どのような対価なら協力を得られるでしょう?」


 続けて分からないフリをする。

 アイリスのプランに及ばなくてもいい。フィオナ王女殿下自身の意見を出せれば合格。その上で、アイリスと同じ水準にまで届けば優秀。もしも、アイリスの答えを超えるようなことがあれば、最優の評価を与えられると考えていた。

 だから――


「あ、エリスさんをケーキで釣るのはどうかな?」

「――っ。こほっ……んんっ」


 アイリスと同じ――ただし、半分冗談だった方の意見を聞いたアイリスは、反射的に吹き出しそうになって咳払いをした。


「そ、その発想はどこから出てきたんですか?」

「だって、お茶会の席に現れたときとか、ケーキにすっごく食い付いてたよね? それに、魔族領って食糧事情が思わしくないんでしょ? ケーキとかの甘味を食べられる環境って、エリスさんには魅力的に映るんじゃないかなぁって」

「……なるほど」


 フィオナ王女殿下は城下町の一件に同席していない。つまり、アイリスよりも情報の少ない状態。にもかかわらず、エリスのことをよく観察している。

 そのうえ、魔族領の食糧事情も合わせて考えている。


(本当に立派になりましたね)


 前世のアイリスが同い年だった頃は、それこそ脳筋真っ盛りだった。アイリスは、前世の自分がいかに未熟だったのかを思い知ると同時に、フィオナ王女殿下の成長を心から喜ぶ。


「たしかにエリスは乗り気になってくれると思います。ただ、彼女はおそらくディアロス陛下の側近です。ディアロス陛下の許可なくして、彼女に協力を求めるのは不可能ですよ」

「それなら簡単だよ」

「……え?」

「エリスさんはどこかの町に滞在してもらえばいいんだよ。魔族としては、喉から手が出るほど、この国の技術が欲しいはずでしょ?」


 フィオナ王女殿下の意見を聞き、アイリスは静かに目を見張った。

 農業と始めとした技術の提供は取り引きに含まれている。それ以外の技術だって、人間と魔族で交易をする以上は流出を避けられない。だけど魔族側にしてみれば、少しでも速く、少しでも多くの技術が欲しいはずだ。貴族の娘を一人、連れて帰るだけで満足しているとは思えない。大手を振るって技術を得る機会を交渉材料にすれば飛びつくだろう。


(悪くない手……いえ、期待以上の案が出てきましたね)


「良い案だと思いますが、問題がございます」


 分かりますか? と問い掛けると、フィオナ王女殿下は「んーっと」と、頬に人差し指を添えて考え始める。そしてあっと言いたげに目を輝かせた。


「住民が怯えるかもしれない、という点かな?」

「ええ、その通りです。エリス一人ならどうにでもなりますが、使役した魔物の群れが町の付近に集まっているような状況は、相当な不安を与えることになると思います」


 もしも魔物が暴れれば――と、人々は不安を感じるだろう。


「エリスを町に滞在させるとなれば、魔物の群れを使役する場所も町の付近になります。住民の説得が必須ですね」

「じゃあ、魔物を魔族領に送るのはどうかな? あっちはこれから農業も盛んになるはずだし、労働力は必要だよね?」

「それが二つ目の問題です。ノウハウがあっても、極寒の地であることには変わりないので、生産力を増やすのは徐々に、ということになるようです。なので、当面のあいだ、魔族に食い扶持を増やす余裕はないそうです」

「そっかぁ……じゃあ、どうしよう」


 アイリスは少し考える素振りを見せ、ここまでフィオナ王女殿下が自分で考えたのなら、少しくらい手助けをしても、フィオナ王女殿下の功績を奪うことにはならないだろうと考える。


(わたくしのアイディアをいかに、ザカリー元王太子のアイディアに見せかけるかに苦心していたあの頃とは雲泥の差ですね)


「フィオナ王女殿下、建築中の町にエリスを滞在させるのはいかがでしょう? あの町なら、リゼルとレムリアばかりか、隠れ里の技術も得ることが出来ます。魔族は納得するはずです」

「そうだね。でも……町の住民はどうやって納得させるの?」

「納得させる必要はありません。あの町には事業に関わっている者しか住むことが決まっていません。一般公募では、納得した者だけを受け入れればいいのです」


 これから交易の拠点として発展して行くであろう新天地。多少の危険は覚悟の上で、移住を希望する人間は数え切れないほどいるはずだ。

 むしろ、ふるいに掛ける手間が省けるまで考えられる。


「問題なのは、リゼル国との交渉や、隠れ里に住む者達の説得ですね」

「そっか。レムリアだけで決めることは出来ないよね。ということは、隠れ里やリゼルにも利を配らないと説得できないのかぁ。どうしたらいいかなぁ?」

「そうですね。リゼルはレムリアと同じような状況ですから、魔物の被害が減ると言えば受け入れてくれるでしょう。問題は隠れ里ですが……ディアちゃ……クラウディアは現実主義なので、魔物の被害を減らせると証明できれば、隠れ里の住人を説得してくれるはずです」

「そっか……そうすると、使役した魔物の群れをどうするか、だね」

「それについても案があります」


 使役した魔物で農業を営む。その何割かを魔族領に送るという条件で、ディアロス陛下と交渉すればどうかと提案した。

 それを聞いたフィオナ王女殿下が少しだけ拗ねるような素振りを見せた。


「どうかしましたか?」

「だって、アイリス先生は最初からその案を思い付いていたんだよね? それなら、人里から離れた地に農場を作ればいいんだよね?」

「いえ、エリスの性格的にそれは難しいでしょう。それに、技術の提供をちらつかせれば、利益の配分に対する交渉面で有利に立つことが出来ます」


 そうして分配の比率に余裕が出れば、付近で魔物を使役することに対する危険手当として、隠れ里やリゼルに分配することも出来る。

 フィオナ王女殿下の案は、交渉をスムーズに運ぶ妙案だった。


「そっか……じゃあ、私の案、役に立ってる?」

「もちろんです。魔物の群れを使役すること自体、フィオナ王女殿下が思い付かれたことですし、これはフィオナ王女殿下のお手柄ですよ」

「えへへ……」


 ちょっぴり照れるフィオナ王女殿下が可愛らしい。

 立派に成長しても、可愛らしさは少しも損なわれていないことに喜びつつ、「フィオナ王女殿下、さっそく話を進めましょう」と促す。


「エリオット王子の一行はまだこの城に滞在中だよね。クラウディアさん達は……」

「もう出立済みです。ただ、建築中の町に滞在しているはずですよ」

「そうなると……ディアロス陛下やエリオット王子と事前に摺り合わせをおこなって、建築中の町へ移動して隠れ里と交渉、その結果を持ってリゼル国へ行く感じかな?」

「はい、それがよろしいかと」

 

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