エピソード 2ー3
レムリアの視察団は無事に建築中の町へとたどり着いた。
建築中の町――というだけあって、建築予定地はなにもない空き地が広がっている。それでも、一部には職人や役人、それに旅の者が泊まる仮の宿がいくつも建てられている。
ちなみに、町を取り囲む外壁は仮設のようだ。いまは獣が入れない程度の柵が作られている。後にしっかりとした壁を作るのだろう。
その他、建物を建築する予定地と、通りを建築する予定地が分けられていて、少し高いところから一望すると、町が碁盤状に分けられているのが分かる。
そんな建築中の町へ入った一団は、仮の宿前で乗合馬車の者達と別れた。それから、町の中心となる場所へと向かう。そこには、ぽつんと大きなお屋敷が建てられている。
代官、あるいは領主が暮らすことになるお屋敷である。
到着した一行はすぐに荷物を下ろし始めた。アイリスはすぐに在中する使用人の一人を捕まえ、町の東、リゼルの領域にいるはずのジゼルに伝言を頼む。
それからほどなく、フィオナが飛んできた。
「アイリス先生、町の視察に行こっ!」
「そんなこと言って、建築中の町を見て回りたいだけですよね?」
「そ、そんなことないよ? 二割くらいは視察のつもりだもん!」
八割は好奇心らしい。まあでも、見て回るのは別段悪いことではない。そう判断したアイリスは、フィオナの散策に同行することにした。
「アイリス先生、あれを見て! 周囲をぐるううううううううっと、小さな柵が取り囲んでいるよ。あれが町の外壁になるのかな? すっごく大きな土地だね!」
「ですね。おそらく、リゼルとレムリア、両方の敷地を囲んでいると思われます。あちらに、大きな円形の広場と、そこから広がる大通りの予定地が見えますか?」
「んっと、んっと……うん、見えるよ!」
フィオナの視点では、少し分かりにくいのだろう。ぴょんぴょんと跳ねていたフィオナが、ほどなく大きなジャンプをしてから無邪気に笑った。
この辺りはリゼルとレムリアの緩衝地帯だった。
緩衝地帯すべてが国境というイメージだったのだが、町の建設に際して、町を二分する大通りが国境として再設定されることとなったのだ。
ちなみに、国境は町の中心に走るYの字型の通りである。西側がレムリアで、東側がリゼル。そして北側の三角地帯は、隠れ里の者達が使える土地となっている。
ゆえに、町は横長の長方形。
町の中心には巨大な円形のターミナル。その大きな広場では、リゼルとレムリア、それに隠れ里から入ってきた商品が取り引きされる予定である。
緩衝地帯というのなら、その広場こそが新たな緩衝地帯といえる。
「あの広場までのこちら側がレムリア国の領土ですね。なので、レムリアの町もその領域内に造られる予定です」
「へぇ~、それを考えてもおっきいね。こんなに人が来るのかな?」
「そうですね。町が人で賑わうには結構な時間が掛かると思います」
さすがに王都には遠く及ばないが、完成予定なのは町というよりは街。すべての建物に人が入れば人口は軽く万に届く。都市と呼んでも過言ではないほどの規模である。
「なのに、こんなに大きな町を作るの?」
「リゼルとレムリアの交易が盛んになれば、町が発展するのは目に見えていますからね」
隠れ里との交易が始まっても、それほどの取り引きは見込めない。
小さな隠れ里で作られる商品の量には限りが有るからだ。
つまり、荷馬車は満帆にならない。
だが、そこに隣国の商品があればどうだろう? 隠れ里の商品ほどではないにしても、自分達の国ではそこそこ珍しい商品を、もののついでに仕入れることが可能になれば?
「隠れ里との取り引きを呼び水に、リゼルとレムリアで交易が盛んになるってこと?」
「町がここまでの規模になったのは、両国の王がそれを期待しているからでしょう。いくら隠れ里から得られる交易品が貴重と言っても、その数は知れていますからね」
隠れ里と交易をするだけなら、村くらいの規模でも問題はなかった。それがこんなにも大きくなったのは、隣国との交易を意識しているからに他ならない。
――と、周囲を見回していると、見知った顔に男が近付いてきた。印象的な黒髪に、好奇心が強そうな緑色の瞳。農水大臣のゲイル子爵である。
それに気付いたフィオナが声を掛ける。
「久しぶりだね、ゲイル子爵」
「ご無沙汰しております、フィオナ王女殿下。お元気そうでなによりです。それにアイリス様も、ようこそおいでくださいました」
恭しく頭を下げる彼を見て、アイリスは自分の正体が完全に知れたことを理解した。
(それにしても、最近見かけないと思ったら、ここの担当をしていたんですね)
「さっそくですが、お二人を案内させてください。ぜひとも、建築中の現場をご覧になって、意見をいただきたいと思っていたところです」
アイリスはもちろん渡りに船だと思った。
その上で、フィオナの意見を求めて視線を向ける。
「私も、案内が欲しいと思ってたところだよ」
「かしこまりました。では案内させていただきます」
ゲイル子爵が馬車を手配しようとするが、馬車では時間が掛かる――ということで、馬を手配してもらう。アイリスとフィオナ、それにゲイル子爵は少数の護衛を伴って馬で出発した。
最初に案内されたのは、商人が滞在する宿だった。交易都市を目指しているだけあって、宿の数は群を抜いている。それに、馬車の置き場や、厩舎などの設備も整っていた。
「この辺りはずいぶん開発が進んでいるんですね」
「はい。作業員達が使えるよう、優先的に作らせました」
なるほど――と、アイリスは他の区画に視線を向ける。
アイリス達が滞在予定の屋敷、それに宿の周辺は開発が進んでいるが、取引所や病院、それに民家といった建物はほとんど手付かずだ。
けれど――と、視線を向ければ、遙か遠く、リゼルの建築現場はずいぶんと建物が多い。作業速度では、リゼルに大きく水をあけられているようだ。
これは、リゼルとレムリアの技術力の差が顕著に表れているのだろう。いかにアイリスが技術を放出しているとはいえ、全体的に見ればまだまだ、という訳である。
(いまはかまいませんが、町が完成して、商人が出入りするようになったとき、外観に技術力の差が現れるのは望ましくありませんね)
両国の新しい町が並ぶのだ。リゼルに比べて、レムリアの技術が明らかに劣っているような印象を人々に与えればよけいな軋轢を生む。
とはいえ、リゼルに負けているから、教えを請うたらどうですか? なんて言えるはずがない。レムリア国にだってメンツとか、建前とか、色々とあるのだから。
どうしたものかなと考えを巡らせながら、アイリスはゲイル子爵の案内で各地を回る。そうして最後にやってきたのは、柵が建てられている町の外れだった。
「柵だね」
「柵ですね」
「町を取り囲む壁の建設現場です」
なぜこんなところにと首を傾げるアイリスとフィオナ。
その理由は、続けられたゲイル子爵の言葉で理解する。
「いまは仮で獣が入れない程度の壁を建てていますが、これから壁を立てる予定です。ただ、その壁にどのような素材を使うか、話し合いが難航しているのです」
「素材ですか……」
相槌を打つ、アイリスが思い浮かべたのは、石材、煉瓦、漆喰などである。その中で一番丈夫なのは石材の壁――だが、コストは一番高い。
「理想をいえば石材、コストでいえば漆喰。間を取って煉瓦といったところでしょうか?」
「はい。石材の壁でこの町を取り囲むのは、あまりに非現実的です。ですが、町の重要性と、万が一を考えると、出来るだけ丈夫な壁をという意見もあり……」
それはそうだろう。
東の壁は頑丈だが、西の壁は脆い――なんてことになったら、外敵に狙われるのは西側になる可能性が高い。しかも、そうして壁を破られた後、被害が東に及んだら大問題だ。
そう考えれば、プライドなどとは言っていられない。
――と、そこまで考えたアイリスはハッとした。すぐに自分の思いつきが実現可能かを吟味する。その上で、可能だと判断したアイリスはゲイル子爵に話を振った。
「リゼルの第二王子がモルタルを開発したという話はご存じですか?」
「モルタル、ですか?」
「はい。水に強く、非常に丈夫という特徴を持ちます。作り方も漆喰に近いので、壁を作るには適していると思われます」
「それはつまり、リゼル国に教えを請え、ということでしょうか?」
「プライドにこだわっている場合ではないと理解しているのでしょう? だからこそ、わたくしに相談したのではありませんか?」
挑発するかのような問い掛けに、ゲイル子爵はグッと息を詰まらせた。
「……たしかに、おっしゃるとおりです。ですが、たとえ素直に教えを請うたとしても、リゼル国がそう易々と教えてくれるとは思えません」
「そうですね。ですが、いまだけ使える手段があります」
「いまだけ使える手段、ですか? 是非とも聞かせてください」
「アイリス先生、私も知りたい!」
フィオナが食い付いてくる。
アイリスは頷き、授業のつもりでフィオナに向かって問い掛ける。
「リゼルにはいま王太子がいないことはご存じですね?」
「うん。アイリス先生がぶちのめしたんだよね」
「ぶちのめ……いえ、彼は自業自得なので、わたくしはなにもしていませんよ」
彼の自業自得というのは事実だが、なにもしてないというのは無理がある。おおよその事情を知る、フィオナとゲイル子爵に生暖かい視線を向けられたアイリスは咳払いを一つ。
「話を戻しますが、いまは第二王子が王太子になると目されています。ですが、彼はまだ地盤が弱く、実績を作っているところなのです」
「それならなおさら、モルタルの技術を教えてもらうのは難しいのではありませんか? 一見したとき、レムリアよりリゼルの壁が優れていれば、第二王子の実績になるのですから」
「そうですね。リゼルはそう考えているかも知れません」
遠目に見れば、リゼル側の壁は既に建設が始まっている。この距離で確認することは不可能だが、リゼルがモルタルの技術を使わない理由はない。
「あ、もしかして……」
「フィオナ王女殿下、なにか分かりましたか?」
アイリスの問い掛けに、フィオナはこくりと頷く。
「自分達の作った壁だけが立派でも第二王子の実績になるけど、両国の壁をモルタルを使って作ったと喧伝しても、第二王子の実績になるよね?」
「なるほど。どちらでも目的が果たせるなら、交渉の余地はある、という訳ですね」
フィオナの意見を受けて、ゲイル子爵も会話に加わる。
「二人の考えるとおりです。交渉の余地があるのなら、問題は対価を用意できるかどうかです。そしてわたくしには、その対価に心当たりがあります」
「第二王子の保有する技術と引き換えになるほどの対価、ですか? 一体どのような……」
「残念ながら、いまこの場でそれを話す訳にはまいりません。ですが、ちょうど第二王子がこの町に来ているはずなので、わたくしが交渉してみましょう」
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