エピソード 1ー1

 アルヴィン王子の要請を受け、隠れ里への援軍に向かった。そのリリエラがレガリア公爵家のお屋敷に帰還すると、即座に父である当主、ダグラスに呼び出された。

 リリエラはそれに従い、彼の待つ執務室へと入出する。


「リリエラ、よくぞ戻った。さっそくだが、報告を聞かせてもらおう」

「はい。アルヴィン王子は健在ですが、フィオナ王女殿下とアイリスは魔物の仕業に見せて排除することに成功いたしました」

「――っ。そうか、よくぞやってくれた!」


 ダグラスが太腿を叩いて歓喜する。

 隠れ里への襲撃に乗じ、剣姫と賢姫を魔物の仕業に見せかけて排除。その上で現国王の責任を追及して退位させ、リリエラを女王、あるいは王妃にして王位を取り戻す。

 それがダグラスの計画であった。


「しかし、やはりアルヴィン王子は生き残ったか。さすがは戦場を掛ける英雄だな。そうなると、アルヴィン王子を王に、おまえを王妃に据えるのがいいだろう」

「父上、動くならば早い方がよいでしょう。いまは箝口令が敷かれていますが、既に水面下では今後についての話し合いが始まっているようです」

「ならば私もすぐに動くとしよう。ここからは時間の勝負だ、抜かるなよ」

「仰せのままに、父上」



 ダグラスが秘密裏に行動を開始する。既に根回しを終えていたダグラスはわずか数日で目的を果たし、城へ使いを出し、陛下との話し合いの席を望む。

 その提案はすぐに受け入れられ、リリエラはダグラスの従者として同行することになった。


 レガリア公爵家の馬車を使って登城するが、外部との接触は最低限に留める。謁見の間ではなく、話し合いのために用意された会議室へと足を運んだ。

 グラニス王はまだ姿を見せていないが、ダグラスは先に席に着いた。それに伴い、同行しているリリエラは彼の斜め後ろに控える。


 ほどなくして、アルヴィン王子を伴ったグラニス王が姿を見せた。グラニス王はダグラスの向かいの席に着き、アルヴィン王子は王の斜め後ろに控えた。

 リリエラは密かにアルヴィン王子へと視線を向けた。


 会議にあたり、お互いに武器は携帯していない。だがもしも敵対した場合、自分だけが武器を持っていたとしても、アルヴィン王子には勝てないかもしれないとリリエラは思う。


 剣姫は精霊の加護を持つ女性に限定される。だがもしもその制限がなく、ただ強い者に与えられる称号であったならば、今代の称号はアルヴィン王子に与えられていただろう。


(まぁ、敵対しなければいいだけなんだけどね)


 リリエラはアルヴィン王子から視線を外し、ダグラスとグラニス王に意識を向ける。ちょうど、椅子に座って呼吸を整えたグラニス王が口を開くところだった。


「ダグラス殿、緊急での話と伺ったがなに用か?」

「それではさっそく本題に入らせていただきます。魔の森への派兵で大変痛ましい事件が起きたと聞き、今後の対策を話し合いたく願い出た所存でございます」

「……そうか、リリエラから聞いたのだな?」


 グラニス王は一度リリエラに視線を向け、それからわずかに息を吐いた。その顔を刻むシワは、彼が抱えている重責を現しているかのようだ。

 リリエラが静かに頷けば、グラニス王が口を開く。


「単刀直入に聞こう。ダグラス殿はなにを考えておられるのだ?」

「無論、この国の行く末でございます。息子夫婦に続けて孫娘を失った陛下にこのようなことを申し上げるのは心苦しいことですが……」

「気遣いは無用だ。続けるがよい」


 毅然と答えるグラニス王に促され、ダグラスは口を開く。


「では率直に申し上げます。魔物による被害が増えるいま、剣姫であるフィオナ王女殿下が失われたことに民は間違いなく動揺するでしょう。早急に、彼女の代わりが必要です」

「……つまり、そなたの娘を剣姫に指名しろ、と?」

「幸い、リリエラは剣精霊の加護を受けており、一般的な剣姫の条件を満たしておりますゆえ、剣姫に指名することを反対する者はいないでしょう」

「たしかに、な。だが、それだけで問題が解決するとは思えぬが?」


 グラニス王の言うとおりである。

 フィオナ王女は剣姫であり、次期女王でもあった。既にグラニス王は老年であるため、フィオナ王女が失われたならば、早急に次期国王の選出が必要となるだろう。


「むろん、次期女王の穴も埋める必要があります。アルヴィン王子を次期国王に、剣姫となったリリエラを王妃にすることが、もっともこの国を安定させる選択ではないでしょうか?」

「つまり、わしには王位を譲れ、と?」

「恐れながら、陛下はリゼルの賢姫をみすみす死なせるという失態を演じられました。隣国との関係悪化を防ぐためにも、陛下には責任を取っていただく必要がございます」


 背後に立っているため、リリエラからはダグラスの表情をうかがえない。だが向かいにいるグラニス王の反応から、ダグラスがその内心を隠せていないことを理解する。

 グラニス王はいま、不快な内心を隠そうともしていない。


「リリエラ、例のものを」

「かしこまりました」


 リリエラはダグラスの指示に従い、アルヴィン王子に資料を手渡す。アルヴィン王子がその資料に危険がないことを確認し、グラニス王へと手渡した。


 そこに書かれているのは、この国の有力な貴族達の名前である。その数は決して多くないが、同時に決して無視できないほどの影響力を秘めている者達だ。


「私の意見に賛同してくれた者達です。陛下、どうかご決断を」

「ふむ。……ずいぶんと動きが速い。これはそなたの描いたシナリオか?」

「私はただ、この国の行く末を憂えているだけでございますれば。ただ、フィオナ王女殿下がお隠れになったいま、陛下ならば正しき判断を下されると信じております」


 国の行く末を憂うというにはあまりに自分本位。その感情を滲ませるダグラスの言葉に、グラニス王を不快な内心を露わにした。そうして、アルヴィン王子に合図を送る。

 アルヴィン王子はそれに応じ、ダグラスの前に資料を広げて見せた。


 それは、ダグラスがいままでに暗躍した証拠の数々である。

 フィオナ王女殿下の暗殺計画など、リリエラに口頭で伝えられた指令は残念ながら証拠として残されていないが、グラニス王を陥れようとした証拠は十分に揃っている。

 それを目にしたダグラスの手が震え始めた。


「……こ、これは!? ……な、なぜ、これを陛下がっ」

「そなたが王位の簒奪をもくろんでいたことはとうの昔に摑んでいた。だが、それが一線を越えてはいなかったために、いままでは泳がせていたのだ」

「ばっ、馬鹿な。私が泳がされていただと!?」


 そのようなことはあり得ない――と、ダグラスは譫言のように呟いた。だが、彼は自身が思うほどに優秀ではない。その資質を補うほどの権力を持っていただけである。


「さあ、ダグラス殿、そろそろ観念してはいかがかな? 素直に罪を認めるのであれば、可能な限り慈悲を与えると約束しよう」


 グラニス王からの最後通牒にして、最後の情けが掛けられる。リリエラは、自分の父上がその手を取ることを望むが、同時にそれは叶わぬだろうとも思った。

 そして、その予想の通りに、ダグラスはテーブルに両手を突いて立ち上がった。


「く、くぅ……まだ、だ。事実がどうであれ、陛下が自らの采配で王太子に続き、次期女王と隣国の賢姫を失った事実に変わりはない。であれば、私の提案に乗るしかないはずだ!」

「たしかに、フィオナやアイリスが失われたならば、早急に対処する必要はある。だが、だからといって、そなたを許すことは出来ぬ。罪を認めるのだ」

「私は認める罪などない! この証拠も、自分の犯した失態を隠すために作った偽の証拠でしょう。陛下こそ、責任を取って退位するべきです!」

「……どう合っても、罪を認めるつもりはない、と?」

「クドい!」


 ダグラスが最後の慈悲を拒絶する。

 小さく息を吐いたのは誰だったのか、グラニス王が決断を下す。


「……レガリア公爵は自己顕示欲のために国家の転覆を企てた大罪人だ、捕らえよ」

「陛下は孫娘を失ったことで乱心なさった! リリエラ、私を守れ!」


 陛下の命令に対抗し、ダグラスはリリエラに指示を出す。彼は気付かなかった。グラニス王の指示を聞いても、アルヴィン王子が動こうとしなかったことに。

 そして――


「陛下の命により、貴方を拘束いたします。――父上」


 リリエラが陛下の命に従った。


     ◆◆◆


「アルヴィン王子、アイリス様。ボクはレガリア公爵より、貴方達を討てと命じられました」


 アイリス達が隠れ里より王都へと帰還する途中、騎士達を連れて姿を現したリリエラがそう口にする。その瞬間、アルヴィン王子の引き連れた騎士達が臨戦態勢を取った。

 けれど――


「まぁ、ボクがその命に従う理由はないんだけどね」


 騎士達の殺気を一身に受けながら、リリエラは無邪気に戯けてみせた。困惑するアイリスをよそ目に、アルヴィン王子が前に進み出た。

 護衛の騎士が止めようとするが、彼は問題ないと部下を下がらせる。そして、アルヴィン王子の動きに呼応するように、リリエラが王子の前に跪いた。


「リリエラ、おまえの言うとおり、レガリア公爵が動いたのだな?」

「はい。愚かな父は不相応な夢を見ました」

「そうか。ならば予定通りに動くとしよう」



 ――というやりとりがあったのは既に二週間ほど前。すぐにアルヴィン王子とリリエラが暗躍を開始し、反逆者であるレガリア公爵を陥れる罠を張った。

 そしてその罠に掛かったのが今日、このとき。


 その光景を、アイリスとフィオナは会議室の隣にある隠し部屋で見守っていた。

 言うまでもないことではあるが、アイリスとフィオナは亡くなってなどいない。ダグラスに墓穴を掘らせる罠として、しばしのあいだ身を隠していただけである。

 ダグラスは、まんまとその罠に飛び込んだのだ。


 種を知っていれば、最初から最後まで茶番でしかなかった。もっとも、アイリスがその茶番を知ったのは、あの街道でリリエラと向き合ったときである。


 最初から知っていたのは、アルヴィン王子とリリエラの二人だけだ。父の暴走を知ったリリエラが、レガリア公爵家の存続と引き換えに父をアルヴィン王子に売ったらしい。


(いえ、売ったというと人聞きがよくありませんね。リリエラは王に仕える者として、正しい決断を下したと言うことでしょう。……巻き戻る前も、そうだったのでしょうか?)


 アイリスにとっては、巻き戻る前の自分を追放したアルヴィン王子と結ばれた相手。アルヴィン王子の共犯者である可能性は高いと考えていた。


 けれど、人生がやり直しになったとしても、アイリスを除いて人が変わった訳ではない。であれば、巻き戻りの前のリリエラも今回と同じような行動を取っていたはずだ。

 とはいえ、それは考えても詮無きことだ。


(ひとまず、彼女の人柄が分かれば十分ですね。それに……)


 隣の部屋では、悪事を暴き立てられたダグラスが往生際悪くわめき立てている。そろそろ出番だろうと、アイリスはフィオナの手を取った。

 隠し部屋から外に出て会議室の扉の前に立つと、部屋の中から声が聞こえる。


「グラニス王よっ! いくら貴様が詭弁を弄したことで、剣姫と賢姫を失ったという事実は変わらぬ。取り繕うには、私の案に乗り、リリエラを剣姫として王妃にするしかないはずだ!」

「たしかに、剣姫と賢姫を失ったなら、それが最善であろうな」

「ならばいますぐ私を解放しろ! 私を咎人とすれば、リリエラは咎人の娘ぞ!」


 咎人の娘を剣姫や王妃にすることは難しい。少なくとも、フィオナやアイリスを失ったことへの対策としては下策といえるだろう。

 それを前面に押し出し、自分を見逃せとわめき立てる。


 そろそろ頃合いだろうと、アイリスはノックをして会議室の扉を開けた。会議室の中にはグラニス王とアルヴィン王子、それにダグラスやリリエラの四人。

 グラニス王とアルヴィン王子には事前に挨拶を終えている。

 だから――


「お初にお目に掛かります、ダグラス閣下」

「……誰だ、貴様は」

「あら、先日はあのように熱烈な歓待をしてくださったのに、つれないですね。では、あらためて名乗りましょう。わたくしの名はアイリス。隣国の賢姫です」

「――なっ!?」


 おそらく、殺したのではなかったのかと、リリエラに確認しようとしたのだろう。だが、リリエラに拘束されている彼は、リリエラを見上げることが出来なかった。

 そして彼は気付く。アイリスの背後に、もう一人の少女が控えていることに。


「フィ、フィオナ王女殿下が……なぜっ」

「私が生きているのがそんなに不思議?」


 フィオナがこてりと首を傾げた。半分くらいは素なのだろう。だが、無邪気に尋ねる姿が最高にダグラスを煽っている。ダグラスの顔が一瞬で怒りに染まった。


「リリエラっ! 貴様、私に嘘の報告をしたなっ!?」

「心外ですよ、父上。ボクはちゃんと、二人を排除したと言いましたよ。事実、父上が動くまで、二人が邪魔をすることはなかったでしょう? あぁでも、父上の命令は二人を殺せ、でしたからね。ご期待に添えなかったことには謝罪いたしましょう」

「なっ!? い、いや、それは……」


 あっさりと暴露された重罪の証言に、一度は真っ赤に染まっていたダグラスの顔が今度はみるみる青ざめていった。

 それがレガリア公爵家の当主、ダグラス個人の凋落の始まりだった。

 

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