エピソード 2ー12 どうして貴方がここにいるのでしょう

 王城に存在する煌びやかなパーティー会場。淡い色のドレスを纏うアイリスが、アルヴィン王子のエスコートに誘われて絨毯の上を歩く。

 シャンデリアの明かりを浴びて、歩みに合わせて広がるプラチナブロンドが煌めいている。


 次期女王の伴侶として目されていた。そのアルヴィン王子が別の女性をエスコートしていることにざわめきが広がっていた。

 あれは誰だ? 王子がリゼルから連れてきたらしい。では――なんて声が聞こえる。


「……うぅ、やっぱりパーティーに出なければ良かったです」


 自分の存在が周囲にどのような印象を与えているか再認識してうめき声を上げる。それでも、周囲に向ける笑顔を崩さないのはさすがと言えるだろう。


「だが、フィオナの誕生日を祝いたかったのだろう?」

「ええ、まぁ……そうなんですが」

「ならば諦めろ。なにか言われてもフィオナの教育係で押し通せば良いだろう?」

「そうですね。なにかあれば貴方に責任を取ってもらうことにします」


 納得しない者はアルヴィン王子に丸投げするという意味。面倒なことはアルヴィン王子に任せようと、アイリスは早々に責任を放棄した。

 だが、その言葉を聞いた王子が目を見張っていた。


「……なんですか? まさか、説明する義務はないとか言うつもりじゃないでしょうね?」

「いや、その……なんでもない」


 アイリスは小首をかしげ、まぁ別に良いかと問題を放り投げた。


「しかし、おまえは本当にフィオナが好きなのだな」

「可愛いですからねぇ」


 アイリスにとっては前世の自分だが、同時にアイリスはここに存在している。いまのフィオナは、アイリスにとっては妹のように感じられる。


(最初はお兄様に裏切られるはずの自分を助けたいだけ、だったんですけどね)


 前世のわたくしはとても可愛いと、アイリスはすっかりフィオナがお気に入りだ。

 だが、アイリスがこのパーティーに参加したのは他にも理由がある。フィオナの祖父である現国王、グラニス・レムリアはまもなく老衰で死んでしまう。

 祖父がフィオナの誕生日を祝うのは今回が最後なのだ。


 祖父とフィオナが共に過ごせる最後のパーティーを一緒に祝いたいという想いと共に、かつての祖父にもう一度会いたいという想いがあった。


「おや、貴方が王女殿下以外の女性をエスコートするなど初めてではありませんかな」

「これはレスター侯爵。彼女はフィオナの教育係ですよ。教え子の誕生パーティーにどうしても参加したいというので、私がパートナーとして伴っているのです」


 猫を被ったアルヴィン王子がアイリスを紹介する。その次に、アイリスに向かってレスター侯爵の紹介を始めた。

 だが、アイリスは訊くまでもなく彼を知っている。


 ブルーノ・レスター。

 レスター公爵家の当主であり、この国の大臣をしている。また、いまは亡きロゼッタ――フィオナの母親の後見人でもあり、見た目通りに温厚な性格のお爺さんである。


「お初にお目に掛かります。わたくしはアイリス。フィオナお嬢様の教育係をしております」

「王女殿下の教育係ですか。……それはそれは、さぞ優秀なのでしょうな」


 レスター侯爵の視線にはこちらを探るような意思が見え隠れしている。その視線を作り笑顔で受け止めつつ、アイリスは自分が警戒されている理由を考える。


(言葉通りに受け取らず、アルヴィン王子の良い人として疑っている、といったところでしょうかね? 彼の立場なら警戒する必要もあるでしょうし……)


 アルヴィン王子に相応しいかなんて試されたら面倒だ。どうしたものかとアイリスが逡巡したそのとき、アルヴィン王子が「彼女はとても優秀だ」と肯定してしまった。


「ちょうど良い、アイリス――」

「――嫌です」


 彼にだけ聞こえるように拒絶するが、彼は「ヴァイオリンを演奏してくれ」と続けてしまった。半眼になるアイリスに、けれどレスター侯爵が「それは楽しみだ」と逃げ道を塞ぐ。


「……アルヴィン王子?」

「別に隠すようなモノではないだろう?」

「それは、そうですが……」


 剣技と違って――という副音声を正しく聞いたアイリスはこっそりと溜め息を吐く。


「フィオナも喜ぶだろう」

「仕方ありませんねっ」

「表情と言葉が合っていないぞ。……おまえは、本当にフィオナが好きなのだな」


 呆れるアルヴィン王子の腕を抓ってから離れた。



 それから、アルヴィン王子の指示のもとに一度退席した。そうして準備を終えたアイリスは、ヴァイオリンを手に即席の舞台に上がる。

 その瞬間、会場の明かりが少しだけ暗くなり、アイリスに魔導具の光が降り注ぐ。


 スポットライトを浴びて煌めくプラチナブロンド。透けるような肌をほんのりと上気させて微笑む。淡いドレスを身に纏う彼女は、さながら光の精霊のようだ。


 見目麗しい女性の登場に会場がざわめいた。

 けれど、アイリスがヴァイオリンの弓を引いた瞬間、波が引くように会場が静まっていく。

 アイリスの掻き鳴らす音色は優しく、それでいてどこか切ない想いを抱かせる。名匠が作ったヴァイオリンの音色をアイリスが最大限に引き出していく。


 あの美しい少女は誰だと囁く声が聞こえる。

 それがアイリスの耳に障る。

 わたくしの容姿よりも演奏を聴きなさい――と、アイリスは弓を引く。


 そんなとき、驚くような小さな声がアイリスの耳に届いた。囁き声よりもなお小さな呟きに、けれどアイリスは視線を向ける。そこには、目を丸くしたフィオナの姿があった。

 誕生日おめでとう――と微笑んで、アイリスはヴァイオリンで想いを音楽に変える。


 フィオナはこれから数々の困難に見舞われる。

 予期せぬ陛下の崩御によって歴史が大きく動き出す。アルヴィン王子が中継ぎの王となり、大臣達と共に国を維持するが、水害や飢饉、様々な厄災が国に襲いかかる。


 疲弊した民が求めたのは剣姫の即位。幼く未熟な彼女は、けれど完璧であることを要求され、それでも期待に応えようと努力を重ねた。


 だけど、フィオナはアルヴィン王子の裏切りによって失脚。城を追われた彼女は旅をして、やがてたどり着いた隠れ里で出会った仲間達と楽しい日々を送る。

 だがそれも長続きせず、魔物の襲撃から隠れ里を護って短い一生を終える。


 悲しい結末を回避するには、襲いかかる困難を乗り越えなくてはいけない。その困難に一緒に立ち向かいましょうと、アイリスはかつての自分を想って音楽を奏できった。

 最後に弓を掲げて降り注ぐ喝采に答え、それからフィオナに向かって頭を下げる。


 こうして演奏は終わり、アイリスはアルヴィン王子のもとへと戻ろうとした。だがその道すがら、アイリスの前に立ち塞がる男がいた。


 リゼル国の第一王子。

 アイリスのかつての婚約者である。

 

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