病気

yoshitora yoshitora

病気

 彼女がある日突然言った。

 「はなくそだな、おまえは。」

 とても優しい声で、唇は優しく仏のようにほほ笑んでいる。しかし、こういうのだ。

 「はなくそだな、おまえは。」


 彼女は良家の出である。学歴も仕事も申し分ないし、多数の資格を持ち、美貌もすごい。私と付き合っているのが嘘みたいな素晴らしい女性だ。

 そんな彼女が、ある日ベッドから起き上がると、静かに笑んで、

 「はなくそだな、おまえは。」

 というのだ。私は耳を疑い、顔を洗い、日々の自分の態度や昨日の行為の際のいろいろに問題がなかったのかを思い出しながら、彼女に自分の行いに何か間違いがあったのかを切実に問うた。

 彼女の返事は、

 「はなくそだな、おまえは。」

 だった。

 闘病生活が始まった。彼女は仕事に行けないし、親からも見放されたし、その彼女を見舞う自分も周りから気狂い扱いされた。

 それでも私は彼女に、どんなに医者に匙を投げられても、話しかけ続けた。

 しかし彼女は、

 「はなくそだな、おまえは。」

 と微笑みながら話すだけだった。言葉が通じないのだった。


 彼の日記の概要を大まかに伝えればそういうことだ。しかし今の彼の気持ちの本質は知るべくもない。誰が彼に話しかけようと、彼の返事は決まってこうだからだ。

 「はなくそだな、おまえは。」

 彼と彼女は現在、心療病棟の離れで同じ部屋で静かに暮らしている。

 だが、問題はそこではない。

 これまでに彼らと会話的接触をした人々が次第に、医療関係者も含め、そのフレーズしか話さなくなってきていることなのである。はなくそだな、お前は。私のレポートもきっと、はなくそだな、お前は。

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