ステージ22 言葉の価値

 キスのあと、坂本くんがみんなを呼んだ。

 私のことを改めて紹介してくれたらうれしい。


 婚約者だって。


「サクラ、はなしは済んだんだな」

「はい。良くはなし合いました!」


 社長は私の親権者。機嫌を損ねることなく、なるべく穏便に済ませたい。


「では、お聞かせくださいな、さくらん!」

「奇遇です。私も聞きたいです!」


 聞かせてしんぜよう。坂本くんの口から。


「私たち2人のこと。私からより、章からおはなしいたします」


 言うなり、私は坂本くんの背中を押した。

 大丈夫。私にプロポーズまでしてくれた坂本くんなら。

 きっと、立派にごあいさつをしてくれる。

 私にはそんな確信があった。


 坂本くんが私を見た。

 それに合わせて私はコクリと頷いた。

 大丈夫って。口には出さなかったけど。


 坂本くんが真剣な表情になった。

 そして言った。


「キスしました」



「はぁっ!」


 私を含め、坂本くんを除く全員がハモった。きれいな「はぁっ!」だった。


 社長は額に手を当てていた。

 まりなさんは目が点になっていた。

 あの子さんはあたふたしていた。

 坂本くんはとぼけた顔をしていた。

 

「そこじゃないでしょう!」

「じゃあ、どこ?」


 おいっ。大事なはなしなんて、他にないだろう。


「だっ、だから。結婚話よっ!」



「えーっ!」



 私をのぞく全員がハモった。坂本くんまで。

 不本意極まりない。


「なんで、章まで驚いているのよ!」

「いや、だって結婚なんて」


 そこで止める? あり得ないわ。

 私は坂本くんを睨み付けた。


「申し込んだか……。」

「そう。それをみんなに言ってほしい!」


 あのとき、うれしかったんだから。


「はいっ、そうします!」


 坂本くんは改めて、みんなの前に立った。

 私はそっと寄り掛かった。

 よしよし。そしたらちゃんと抱き寄せてくれたから。


「社長、まりなさん、あの子さん」


 呼んだ順に視線を向ける坂本くん。

 最後は私を見てくれた。


「言います。聞いてください!」


 拍手。鳴り止んでからの喝采。がんばれ、我が夫よ。


「がんばってーっ!」



「俺こと坂本章は、佐倉菜花さんに、プロポーズしました!」


 また拍手。今度は長い。それでも鳴り止まない拍手はない。


「おーっ!」


 リアクションもハモった。


「以上ですっ!」



「えーっ!」



 坂本くん以外、全員のえーっ。してやられた感さえ漂う。

 それを隠して言った。


「ちょっと章! なんで以上なのよっ!」

「だって、まだ聞いてないからっ!」


 こいつ、何か企んでる。

 私はグーパン連打しながら言った。


「何をよっ!」

「プロポーズの答え、聞いてない」


 なっ、何を!

 私は、さらに連打を続けた。毎秒2発くらい。


「キッ、キスしたでしょう……。」

「した。最初にみんなに報告した!」


 グーパン周波数を4Hzまで上昇させた。


「それが答えじゃない!」

「分からない! 言葉じゃないと、分からない」


 手を止めた。まったくもって、おっしゃる通りにございます。

 言葉に勝るものはない。


 私には分が悪い。最後の抵抗をした。

 それさえも、まりなさんに遮られた。


「なっ、章……。」

「……おやおや、痴話ゲンカってやつ?」


 まりなさん、許すまじ、まんじ!


「はい。最早、爆発するか、菜花ちゃんが答えないとおさまりませんね」


 あの子さん、あとでしばいたるで!


「……。」

「さくら、どうする? 一緒に爆発するか。それとも答え聞かせてくれるか?」


「非リアの妬みで爆発なんかしてたまるかっての!」

「じゃあ、ちゃんと聞かせてくれ!」


 聞かせる。言葉の価値を思い出したから。


「もちのろん!」


 こうして、まりなさんとあの子さんの陰謀で、私が返事をすることになった。



 それは、まりなさんのさらなる悪ふざけ。


「どうせなら、プロポーズから見たい!」

「あっ、あぁ、奇遇です! 私もそう言おうと思ってました」


 まりなさん、今なんて。

 あの子さん、取って付けなくってもいいのに。


 タチの悪いことに、2人には人を揶揄っているという自覚がない。

 恐るべし天然素材。仕方ない。


 私は坂本くんにキスをした。ショートキスだ。

 みんなが見てるってのも気持ちいい。


 キスを終えると翻ってまりなさんとあの子さんに向かい合った。


「しばらく、どっかへ行っててねっ!」


 そう言って、手を振った。


「御意!」

「仰せのままに!」

「よきにはからえ!」


 すごい日本語が飛び出した。いつの時代だよ。

 社長のは、悪ノリだろうけど。



 兎に角、静かな部屋でまた2人きりになった。


======== キ リ ト リ ========


ハッピーエンドは目前。


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