スタジオ05 混浴とキス④

 温泉を出た。

 そのときの佐倉の格好は、タオル地の淡いピンク色のバスローブ。

 俺のはうすい水色。


 2人きりならペアルックに見えなくもない。

 実際はホテルの付属品。

 だから時間帯によっては、同じ格好の人がうじゃうじゃいることだろう。

 エレベータの前、佐倉が俺に言った。


「今日はありがとう。チュッ!」


 そのチュッ! は、俺のほっぺにされた。

 ほっぺでは、佐倉が山吹ることはない。

 だからこのキスは、ビジネスキスでも奴隷化キスでもない。

 そんなものを俺がもらえるだなんて。

 俺は大いに混乱した。


「なっ、なんで!」

「えっ? うれしかったからだよ。お礼がしたかったの」


「そっ、そうか。何がうれしかったんだ」

「それは……秘密……かな……。」


 佐倉の気になる秘密が2つになった。

 山吹ってるときの方が好きな理由と、俺のほっぺにキスした理由。

 どちらの秘密も気になって仕方がない。

 でも、それを聞き出すには、もう少し時間がかかりそうだ。




 部屋に戻った俺たち。今度は佐倉が俺に唐突にはなしかけた。


「ねぇ、坂本くん。聞いて欲しいことがあるの」

「なっ、何だよ。改まって」


「だって坂本くん、怒り出すかもしれないから……。」


 自分から言い出しといて焦らすだなんて。佐倉、地味にあくどい。


「そんなことないよ。言ってみてよ!」

「あのね、プレゼントしたいものがあるの……。」


「えっ? さっきもらったばっかだよ、パンツ!」

「あぁ、そうだった。じゃあ、私のはじめてのプレゼントって……。」


「パンツ。コンビニで1枚600円のやつ⁉︎」

「そんなんじゃないわ! もっといいものだもんっ……。」


 佐倉、なんか落ち込んでる。

 これは自滅というやつじゃないか。

 面白い。

 だったら俺も、とことんあくどく接してやろう。


「あははははっ。いいものだね、パンツはきっと!」

「きっとって、なに……忘れて!」


「えっ……。」

「……いいから、忘れて!」


「そんな、折角……。」

「……ダメ! パンツのことは忘れて!」


 何だ、この食い気味の連続攻撃は。

 佐倉、相当テンパってるな。

 これで最後にして許してやろうか。

 俺は思いっきりいじめっ子のフリをして言った。


「やーだよっ!」


 慌てた佐倉は、右半身と左半身で違うラジオ体操をしているように動いた。

 かわいらしくもあった。

 俺のいじめっ子スタイルも結構ハマった。

 だから俺は笑顔になっていて、つい油断してしまった。

 刹那、佐倉がまたショートキスをした。ほんの5・6秒。




「忘れて!」

「はい。えー、何のことでしたっけ?」


「よろしい!」


 こんな体験、初めてだった。

 不思議なことに、俺はパンツのことをすっかり忘れてしまった。




「わぁ、うれしいな。プレゼントって何? 俺、はじめてかも!」


 佐倉からのプレゼントと聞いて、俺は興奮気味に言った。


「あっ、あのね。不快ならちゃんと言って欲しいんだけど……。」

「そんなこと、ないよ。教えてくれよっ!」


 佐倉は俺を焦らすように言った。

 俺は、焦らされるのを楽しんでいた。


「本当に不快だったら言ってよ……これ……。」


 佐倉がそう言いながら、俺に渡したのは、7枚の生写真。

 エステに行ったときにこっそりと現像したもの。


「さっ、さくらすうぃむすぅーつ。(……すぅーつ……すぅーつ……。)」


 さっき、超高級カメラで撮影した、水着ショット!

 ベッドの横に脱ぎ捨ててあった水着をさくらが纏っている

 デジタルだけど、超高画質。

 さくらスマイルは冴え渡り、そこはかとなくさくらスメルまで。

 現場にいた俺にとっては、あのときのことを思い出させてくれる逸品だ。

 ものすごくよくできている。自撮りとは思えないほど。




 山吹さくらの生写真の相場は……。

 ワンピとかで数万枚出まわってるやつでも数万円。

 水着なんか市場に出まわってさえいないはず。

 ファンにとってはものすごい価値があるものだ。


 俺にとっても。

 お金の問題じゃないけど、これが激レアなのは間違いない。

 けどこれは、ファンのためにさくらが一生懸命撮影したもの。


「すっ、すごくよく写ってるじゃん! マジでかわいい!」

「あっありがとう。でもこれ、カメラを粗末に扱ったときのだし……。」


「うん。あのときのだね。でも、写真に罪はないよ!」

「不快じゃない? 思い出しちゃったりしない?」


「さくらはちゃんと謝ってたし、行動を改めた。それも思い出すから不快じゃない」

「じゃあ、もらってくれる?」


「もちのろん! ありがとう!」

「やったーっ! データもあるの。待ち受けとかにしてもらえたらうれしいわ」


 佐倉はよろこんでいた。

 俺だって、生写真だけでもうれしいのに、データまでもらえるなんて!

 天に召されそうな勢いだよ。

 けど、その写真は、ファンのためのもの。


「でも、それじゃあ水着をプレゼントしてくれたファンに申し訳ないよ」

「そんなファン、最初っからいないわ。あの水着、自分で買ったものだから」


「じゃあ、あのときの撮影って……。」

「うん。プレゼントさせてもらいたくって!」


 知らなかった。

 佐倉がそんな風に考えていたなんて。

 俺はマジでうれしい。

 けど、そんなときに限って、俺は大声で叫んで撮影の邪魔をしちゃったのか。

 超絶人気アイドルの山吹さくらが俺のために頑張っていたのに……。

 あれ? 佐倉は、どうして……。


「でも、どうして俺なんかに?」

「それは……秘密……かな……。」


 またも秘密攻撃。

 佐倉秘密は、暴くのに骨が折れそうだ。

 だけど俺は、秘密と言われたらそれ以上は聞かなかった。




 結局、待ち受け用も7ショットもらった。

 日曜日から土曜日まで、毎日違うさくらに出会うことができるようになった。

 幸せだ。


======== キ リ ト リ ========


坂本くん、パンツのことは忘れて正解ですね。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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