第35話 ご領主様の告白

ご領主様は、また遠い目を彼方に向け、出されていたお茶を啜り、一口ゴクリと飲むと、話しを始めた。


「私はね、17歳に見えると言われて、なるほどな…と思うところがある…。

そう、子どもの頃に大病をし、子を成さない身体になってしまったと言われてから、私は遮二無二なって剣術や勉学を勤しんだ。

それは、周囲の者が目を見張る程にな…。

身体を鍛え、政や商いを学ぶことで立派な跡継ぎになるべく備えることで、自分自身の価値を見出そうとしたのだよ。

その理由は、暁だった。

弟はね、とても賢く敏捷で何でも出来る才能を持っている、明るい子だった。

人への気遣いも良く出来て、大人達にも好かれていた。

だから、暁を次の跡継ぎにしたいという輩が領内に多数いることも知っていた。

暁と比べられて、秀でるものがないとするから、誰が子を成さない私を跡継ぎに推すだろうか。


そんな風に自分を追い詰め、不遇となった暁に負けたくないと思う浅ましい自分に嫌気も差し、ふと暁の住むあばら家に出向いたのが17歳ごろだったと覚えている。

永らく病気で臥せっていた母が亡くなったころだ。


久し振りに見た暁は、ボロボロの着物を着て、痩せこけていたが熱心に剣術の練習をしているところだった。

ひとしきり、剣術の練習を終えた暁は、私が住まう方向に向けて合掌し、祈っていた。

「兄上の健康とご多幸を心からお祈り申し上げます。」と…。

「必ずや立派に剣術を身に付け、お役に立ちます。」と…。


私は自分の醜い暁への嫉妬心を恥じた…。

純粋に兄を慕う気持ちに心を打たれた…。

整った綺麗な横顔に恋情さえ覚えた…。


異母兄弟であるのに、こんな気持ちを頂くなんてと戸惑いを感じた…。


それ以来、暁の顔をまともに正面から見ることが出来なくなってしまったのだ。


周囲の者は、私のそうした態度を見て、暁を嫌ったのだと判断したようであるが、実はその真逆で…。

誰に言うことも出来ず、今まで心にしまっておいた気持ちなのだよ…。


だから、私が暁を嫌うということは、決してない。

出来れば近くにいて欲しい。

だが、疚しい気持ちを見透かされることが怖くて…。


私の詰まらない見栄が招いた誤解…ただそれだけなのだ。」


ご領主様は、一気に話し終えるとお茶をぐいっと飲み干し、横を向いてしまった。

照れくさかったのだろう。

確かに、こういったことは誰にも言えないだろう…。


遠くで鳥の声が聞こえる。

恐らく外は、あの柔らかい風が吹いているのだろう。


兄弟の間に生じる気持ちについては、私には分からない。

楓とは仲が良かったけど、ここまでの感情を持つことは無かったし…。


気を取り直したかのように、良二さんが口を開いた。

「では、もし暁様が今回の一件で首謀者であった場合、どうされるおつもりですか?」

「うむ、難しいと思う。

首謀者であれば、罰せねばならないだろう。

ただ、私への遺恨での所業であれば、その業は私が背負うものとも感じている。

また、誰かが唆したならば、そのものを捕まえる必要があるだろう。

まずは、ことの真相を解明することが最優先だと思う。

良二、済まないがやってくれるか?」

「はい、承知致しました。」


「『お戻り様』、私は機会があれば暁と話をしようと思います。

今の気持ちを全て話せる自信はありませんが、せめて誤解だけは解いておきたい。

それに、『餓鬼』に見えたと言う側近たちの動向も見極める必要があるでしょう。

しばらくは、泳がせておきますがね…。」


何かを想い考える仕草をしながら、私が言ったことに対する返答を言葉を選びながら話すご領主様の悩みは深いものなのだと感じた。

全てが良い方向に行けばいいのだけど…。


◇◇◇


ご領主様がお帰りになり、久し振りに顔を合わせた花子さんの姿を見て、私はかなり驚いた。

なんでって?

だって、お腹が大きくなっていたんだもん…。

ご懐妊?って言うんだっけ?


「早く圭蔵さんにお話ししたいのだけど…。

実は内緒なんだ…。驚かせたくて…。」

ニコニコ顔で笑う花子さんが愛しくて…。

嬉しくなってしまって、抱きついちゃったよ!



いつ生まれるんだろう?

男の子かな?女の子かな?

あー、花子さんも圭蔵さんも綺麗な顔立ちだから、きっと可愛い子が生まれて来てくれるんだろうなぁ…。

はにかむ花子さんの顔は、もうお母さんになっていた。

お腹をそっと触らせてもらって、私は幸せをちょっぴり分けてもらったような気がした。

小さな声でお腹の子に話しかける。

「元気に育ってね。会えるのを楽しみにしてるよ!」


胸元に手を置くと、『赤い玉』がまた大きくなってきたように感じた。


この『赤い玉』は、幸せな気持ちとか優しい気持ちに触れると大きくなっているような気がする。

赤ちゃんが生まれたら、ものすごく膨らんじゃうんじゃないかって想像するだけで、笑いが込み上げてきた。

難しい話ばかりを聞いてきたせいか、心が重くなっていたのだろうなぁー。

心からおめでとうって言えるニュースを聞いて、踊り出したい気分になっちゃったよ。私って単純だな。


でもね、圭蔵さんが行方不明ってことを花子さんに言えないって思った…。

何かあったら、お腹の子に障るかもしれないし…。


ご懐妊の嬉しい気分がドーンと落ちてしまった。


圭蔵さんが無事に見つかるといいな。

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