第11話 さくらさん(月子・花子の母)の気持ち

空模様はどんよりとして、いつ雨が降ってきてもおかしくない天気だった。

筑波山は、濃い緑に変わり、何だか怒っているように見えた。何でかな?緑が多くなって山全体は喜びに満ちていていいはずなのに…。

筑波山の気持ちがぐいっと私の心の中に入り込んでくるような錯覚を感じて、少しだけ怖くなった。山も意志を持っているようだ。


◇◇◇


おばあさんから、月子ちゃんと風子ちゃんのことを聞いてから、どうしてもさくらさんと話がしたくなった。

姉の子どもを貰うってどんな気持ちだったんだろう…。

本当の子として受け入れられたのかな?

本当の親として愛情を傾けることは出来たのかな…。


さくらさんは、月に一度必ずお墓参りに一人で行くらしい。

ご主人善一さんの月命日には欠かさずに花を手向けるそうだ。あ、善一さんって月子ちゃんと花子さんのお父さんだけど、どうして亡くなったのかは、聞いてなかったな…。

さくらさんにお墓参りをご一緒させて欲しいとお願いしたら、すんなり承諾を頂いた。自分の母親と同年代の女性って、何だか緊張する…。


さくらさんとはほとんど話すことがなかったため、どうきり出し話しかければよいか戸惑っていると、気さくにあちらから話しかけてくださった。

あー、良かった。助かった。



食事は足りているか、着物の具合はどうか、夜は眠れているか…。話していると自分のお母さんと話しているような錯覚が起きた。やっぱり年が同じ位だと興味もそこなのかしら?これで、お勉強はどうか?って聞かれたらどうしよう…。


月子ちゃんや花子さんのこともいろいろ話してくれた。二人はとても仲良くて、お互いに協力をしてお手伝いとかしてくれるから、手がかからないって…。

でも、最近…月子ちゃんが喋らなくなってからは、花子さんも元気が無くて困っていたらしい。「お戻り様」の私への期待もあるようだ。喋れるようにしてほしいって無言の圧力を感じたよ。私は医者じゃないんだけどね…。


一番楽しみなことは、花子さんの祝言らしい。嫁入り道具とか花嫁衣裳とか…。やっぱり女性の興味は、いついかなる時代でも「美」だよね。細かいことは分からないけど、分家に嫁ぐのだけれども、立派な支度だけはしてあげたいらしい…。

私も是非見せていただきたいと心からのお願いをした。んふ、楽しみ!



一通りさくらさんが話したいことを聞いたあと、思い切ってつばきさんのことを質問してみた。どんな風に感じているんだろう。


「つばき姉さんには、本当に感謝しているのよ。

おばあ様から、月子と風子のことは聞いてるでしょう?

きっと、あまりよくは思わなかったんじゃありませんか?子どもを貰うなんて…

でもね、私にとっては有難いことだったんですよ。

産み月まで、自分のお腹で動いていた子が死んでしまったなんて、今思い出しても涙が出てしまう。辛くて辛くて、どうしようもなくてね。自分もいっそこのまま消えてしまいたいって思うくらい辛かったわ。


反対に、つばき姉さんは、言い伝えがあったから、双子が怖かったようよ。初めてのお産でやっと生み終えた子どもが双子だったなんて…。欲しくて欲しくてやっと授かった自分の子どもを忌み嫌う自分自身さえも嫌だったみたい。

だって、龍神様を起こしてしまうなんて、いくら変わった力を持つ家であっても、恐ろしいことに変わりはないのよ。どうしていいかって二人で泣いてしまったわ…。


私達が抱き合って泣いていたときに、おばあ様が二人で分けて育てれば、全て上手くいくって言ってくれてね。

私達は、納得したのよ。

風子が亡くなったときも、本当はつばき姉さんに子どもを返すことも考えたのだけど、子どもの親はもうさくらなんだからって言ってくれてね。

私も頭では返す方がいいのではないかって考えるのだけど、やっぱりもう自分の子どもなんだら離れるのは無理って思ってしまって…。

つばき姉さんの言葉で救われたわ。

良二お兄さんも私が育てるべきだとおっしゃってくださって…。


月子は、何となく自分を生んでくれたのは、つばき姉さんだって知っていたみたいだけど、私が本当のお母さんだって言ってくれてね…。」


「本当の子どもでなくても、花子さんと何も変わらない?」


「そう、そうなのよ。何も変わらないわ。可愛くて可愛くて仕方ないのよ。

一緒に生活していくことで家族になっていくんだなって思ったわ。

当たり前に喧嘩もするし、笑うし、話し合えるのよ。」


屈託なく笑うさくらさんの顔は、優しい母の顔になっていた。

不意に胸元の赤い玉の重みが増す…。咄嗟に胸元に手を置いた。さくらさんの怪訝な表情に気づかない振りをして関心をずらすように次の話題を考える。


そうだ。思い切ってご主人のことも聞いてみよう。

「花子さんは、お父さんっ子ですよね?ご主人のことを伺っても大丈夫ですか?」


さくらさんは、少し暗い表情になり俯いた。

「やはり、お聞きいただいた方が良いでしょうね。」



言いにくい何かがあるのだろう。でも聞かなきゃ…。

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