第5話 空気の匂い

おばあさんは、月子っていう子の祖母にあたる人だった。この家が宇喜多家であることは、間違いないけど、私から見ると何代か前になるのかな…。そもそも、普通に先祖なの?って感じなんだけど、ここはちょっと置いておこう。


「お戻り様」とは、先代または後代の血筋の者が、当主または次期当主の中に現れることを指すようだ。乗り移られた人の意識はどうなるのか?って良くは分かんないんだけど、意識は薄っすらとあるとかないとか…?のようで、おばあさんには経験がないから、言い伝えでしか教えられないって…。

私が自分の名前の『葉月』を名乗ると、少し納得したようだった。

「お戻り様」との繋がりは、身の上が同じとか名前が近いとかが多いらしい。

あー、そうか私と月子ちゃんは、『月』が被っているんだ。私も納得うんうん。


数えで15歳になる月子ちゃんっていう子の身体に入ってしまった私は、このままここに少し留まるみたい。

年齢も同じ位だし、私から見ると入りやすい状況が月子ちゃんにはあったようだけど、月子ちゃん本人の意志はどうだったんだろう。何かのきっかけがあったから、私もここにいるんだろうけど、入れ違って私の世界に行ったきりになってしまう場合もあるらしい……。

らしいっていうのも、良く分からないからで、ずっと一生このままだった人もいるようだ。その場合、元の人の意識はどこへ?って考えると入れ替わったとしか思えないって言ってたけど、誰にも確証はないらしい。こんな時のために、健忘録を書いて、代々の当主が蔵で保存しているようだけど、その蔵も当主以外には見られないように厳重に管理しているようだ。そう言えば、私も蔵には入ったことが無かったな。私の家の当主ってあれ?お母さんだっけかな。おじいちゃんは、『自分は当主じゃない』って言ってたし、女性が当主ということはあばあちゃんがそうだったと思うけど、亡くなっているわけだし…。でも、少しくらい私にもこういうことは説明しておいてほしかったかな…。私には説明する必要もなかったってことかな、本当の子じゃないし…。あー。ネガティブキャンペーンが始まりそう。


戻れないこともあるって、本当なのかな…。高校生になったばかりの身としては、戻るなら早めがいい…。勉強とか友達とか…。そう。家族だって心配しているだろうと思う。多分…。それとも、蔵の健忘録とか見てて、いつかどこかに行ってしまう子だから引き取ったのかな…。だめだ、気分が落ち込んでいく。


 

熱かったお茶は冷え、猫舌の私には飲みやすい温度になっていた。お茶菓子は、甘いあんこを薄い餅で包んだ団子で、形は少し歪であるけど優しい味がした。これ、きっと手作りだよ…。でも、私はお母さんが作るハチミツがたっぷりかかったホットケーキが食べたいって思った。私が疲れたり、落ち込んだ時にはメープルシロップではない、はちみつかけのホットケーキが一番だって笑うお母さんの顔が浮かんで、泣きそうになってしまった。ぐっと泣くのを堪えていたら、おばあさんの手が肩に乗せられ、そのまま背中からゆっくり腰まで降ろされ、腰のあたりをポンポンと軽く叩かれた。

「泣いてもよいのじゃぞ?驚くのも無理はない話じゃからな」


私は何も言わないまま涙を零した。

なんで、私はこんなところにいるんだろう……。


 少し泣いたからか、気を取り直すことができた。もちろん、全てのことを受け入れることは出来ないかもしれない。でも…よし、おばあさんの話をじっくり聞こうって、心の中で自分を叱咤激励して、本気で聞くモードに気持ちを切り替えた。


◇◇◇


 宇喜多家の当主になるには、何かしら特殊な能力を持つ必要があるらしく、子孫だからなれるようではないらしい。現におばあさんの子どもにあたる月子ちゃんの母親は、能力がほとんどなくて分家に当主が託されそうになっていたようだ。

 

 そして、生まれたのが月子ちゃんで、皆が期待していたような特殊な力を持っていたらしい。

 月子ちゃんの能力は、『人の本性が見えること』つまり、私が見たように人が蛇や化け物に見えることがあって、心に闇を持つ人を見透かすことが出来たようだ。それで、この一帯は守られてきたようだけど、この数年は月子ちゃんが全く喋らなくなってしまって、困っていたと話してくれた。どうして話さなくなったのだろう…。


 特殊能力って聞いても、どうもピンとこない。

 現実というか私の世界では映画や本の中での空想でしか見られないものだったと思うけど、この世界では普通にあるようで…。

 もしかすると、私が知らなかっただけで現実の世界でも我が家には特殊能力ってあったのかしら?


 考え事をしつつ、ぼんやりと話しを聞きながら、ふと周囲を見ると、数人の人が頭を下げて座り込んでいることに気が付いた。いつの間に?ちょっと怖くなった。平伏って言うんだっけ?偉い人にしかしないよね?あばあさんは、偉い人なの?

 あばあさんは、私の気が散っていることに気づいたようで、急に話を変えた。

「頭を下げているのは、わしにではなくて、お前様にじゃ。『お戻り様』は大切なお客様じゃからな」

おばあさんが周りの人に目配せをすると、一人ずつそっと立ち去って行ってしまった。

あれ?ちょっと悪いことしちゃったかな。


「一度に話してもな…。まずは、ゆっくりとなされよ。

 好きに歩くがよいぞ。この周りには、お前様を傷つける者はおらんから…。

 先ほどの者も恐らく傷つけるつもりはなったと思うぞ。

 お前様が先にあやつの本性を読んでしまったから…」

 話を止めたおばあさんが思い出したように付け加えた。


 「首の物は周囲に人がおらねば、外してもよい。」


 想い出したようにあばあさんは、そういうとすっと立ち上がり、廊下に出てしまった。

 私は、いろいろ聞いたけど、やっぱりうまく考えがまとまらない自分に戸惑っていた。何これ?ドッキリ?って現実逃避したいけど、これが私の今、現実そのもの…。

 外の空気を吸いたくなって藁で作られた草履を履いて、家から出てみた。


◇◇◇


 「うわーうわーうわー…」

 分かる?分かんないよね。絶対分かんないよ。筑波山がとっても近い。

 空が広い。青い!だって、電線がないのよ。当たり前だけど…。

 家が全部白壁でできた家なのよ、ほんとに。見渡す限りの田んぼには、稲が植えてあるんだけど、覚えている田んぼよりも範囲が広い。

 見覚えのある道に近い地形だけど、アスファルト舗装が全くない。ところどころに小山があるのだけど、畑とか混じっているし、近所にあった立てたばかりの新しい家とか無くなっていて、家は平屋だし、そう、映画のワンシーンって感じなのよ。

 そして、空気が甘い。なんて言うんだろう、匂いが葉っぱというか、緑が濃いというか、きっとCMだったら「マイナスイオンに満たされている!」とか言うのかもしれない。なんだか、得した気分よ。気持ちいい。


 あぜ道?を歩いていくと、牛がもりもりと草を食べているのが見えた。ちょろちょろと水が流れる音を辿ると、細い川が見えてきた。私は勇気を振り絞って、首にかけていた勾玉を外した。一気に視界がクリアになっていくの…分かる。周囲の緑や空気が変わっていく。

 あ…!皆が喜んでいる!と思って周囲を見渡すと、田んぼや畑、小山や筑波山から何かの気配が私を包み込むのが分かった。そう、植物や動物、生きとし生けるモノ、全てが喜びを表現しているのだ。生まれてきて良かった。生きているって嬉しい。成長できるって素晴らしいこと…。この世界に生まれたことを喜び慈しんでるって感じ。お前がここにいてくれて、生まれてきてくれて嬉しい、ありがとう…って言われた気がした。何だか涙が出そうになっちゃった。


 ふいに誰かに呼ばれた気がした。遠くに人影が見えるけど、私の頭にはなつかしい声が響いた。

「…ちゃん!」

 え?楓なの?楓がこの世界に来てるの?走り寄ってきたのは、確かに楓の顔で楓の声なのに、私を呼ぶ名は違っていた。


「月ちゃん。大丈夫?…。あぁ、お戻り様でしたね。どうか、首飾りを御付け下さい。」

 言われるがままに勾玉を首から下げると、その人の顔が変わってしまった。楓の面影はあるけど、やっぱり違う…。私に話しかけてきた人は、見知らぬ顔をした少女になってしまった。

 

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