第4話 見慣れた場所
目が覚めると、見慣れた自宅の天井が見えた。やだ、生きてるじゃん。違う、良かった、生きてるじゃん…。
何かが違っていた。私は近視だから細かくは見えないはずなんだけど、全てがクリアに細部まで見える。いつもと違う。机とか本棚がない。それに、畳や木の匂いが強い…天井が高い、あ、ベッドじゃないから?毛布ではない手にあたる布地には覚えがない。寝ているこの布団って家にあったっけ?それよりも、全てが新しい匂いに満ちている。あの古ぼけた家にはなかった香りだ。そう、ここは建てられたばかりの家の匂いがする。
「…様、おめざめですか?」聞いたことのない声が、話しかけてきた。誰よ。せっかく気持ちよく寝ていたのに…。聞きなれない声に対してつい不機嫌な声で返事をしてしまった。
「はい、起きました。」
声は、襖の向こうの廊下から聞こえてきた。廊下の障子を開け、閉まる音。そして畳をそっと踏みしめる音、布が少し軋む音…。
いつもと違う柄であるが、凝った絵が描かれている襖がゆっくりと開けられていく。何かが違う。私の家で座って襖を開ける人はいない。寝ていた私の視線は、まず、座っている人の膝辺りの着物の柄に目がいった。めずらしい椿の花柄…の着物を着て、頭を下げていただろう、その人はゆっくりと顔をあげた。
普通、着物とか着てるってだけで驚くじゃん? でも、私が驚いたのは、その人自身の姿だった。だって、首から上が蛇だったんだよ!その人は真正面を見たかったのかもしれないけど、ゆっくりと首を左右に振りながら、舌をぴろぴろ動かして…。
「うおわぁぉ~!」
凄い声で私は叫んでいた。恐怖で髪が逆立つのが分かった。喉の奥から、私の細胞の全てから絞り出したような、そんな声だった。本当に怖いときは、助けてとか、キャーって叫べないんだね…。
誰かが走ってこの部屋にやって来る音がした。そう、結構な人数の足音だ。見知らぬ男女が、肩で息をしながら部屋に乗り込んで来た。
「早くつかまえるのじゃ!」しがれた声が叫んでいた。
え? 私なんかしたっけ?
顔が整った30~40代位の男性2人が、蛇の頭を着物の上に乗せた人らしきモノを抑え込み、床にねじ伏せた。あっという間の出来事だった。
70代は超えているだろうと思える、一番年寄りでとっても美しいおばあさんが最後に私の部屋に入り、そばにいた40代位の綺麗な中年女性に目配せをした。
「あれをつけてあげなさい」
中年女性は、うなずくと私の前に進み出て、私の首に綺麗な緑色の涙の雫のような形をした石(勾玉って言うんだっけ?)が付いた紐をかけてくれた。
一気に私の視界がぼやけた。というよりも、いつもの近視レベルに戻った感じがした。周囲にいる人達の顔や着物が、ぼんやりとした形に変わった。あれ、椿の花の着物が格子柄に変わっている…。蛇に見えたヒトらしきものは、縄で縛られ、口に布を噛まされてはいたが、普通に人間の女性で髪を後ろで無造作に結んだ様子は映画で見るような村娘という表現にぴったりな服装と端正な横顔をしていた。
んー?あの横顔…ってどこかで見たような…。
私は少しぼーっとしていたのかもしれない。はっと我に返ることが出来たのは、おばあさんの声が聞こえたからだった。
「月子は、お戻りさんの時期かもしれない」おばあさんは小さくつぶやいた。
そして、とても優雅に正座し、ゆっくりと私の方に膝を進めて顔をじっとみつめると、「何が見えたんだい?教えておくれ。」今度は大きな声で私に話しかけてきた。
私は、襖を開けた人が蛇に見えたことを正直に話した。誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
「あの女がどこから来たのか調べるのじゃ。だれぞの紹介じゃったろう。猿ぐつわをかまして、絶対死なすなよ。」指示する口調が厳しかった。
「それで、お前さんは、月子なのかい?それとも違う子なのかい?」
え?月子って?違う子って?私は、宇喜多葉月なんですけど…。
どういうことなの?それよりあれは何だったの?
おばあさんは、中年の女性にお茶とお菓子を用意するよう指示すると、私の瞳を覗き込むように見つめ、私の手を優しく両手で包み、静かに話し始めた。まるで、もう心配はいらないよって言ってくれてるようだった。
いつも私の部屋から見える筑波山をなぜか見たいと強烈に欲した。同時にここはどこ?、私は誰?なんて言葉を自分の口から出て来ることあるなんて、まるで陳腐なB級小説みたいじゃないかって冷静に考えている自分をふっと笑う誰かがいるような気がした。
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