第4話 道中
【 カラス 】
ツィパロとヨーテルが寝床を探して森を歩いていると茂みから音がした。もう里から追手が来たかと身構えて息をひそめるが何も出てこない。しばらく様子を
「あれは、<カラス>……」
「カラス、ドーナが言っていた……?」
ヨーテルの呟きに反応してツィパロが動き出す。マズい、とヨーテルが思ったときには遅く、ツィパロはずんずんと男の方へ歩き出した。すると男の方が物音に気がついて、こちらに警戒の目を向ける。怪我負ってるらしくこちらに何かをしようという様子はない。
「木の洞の魔女です。見回りの途中に物音が聞こえたのですが何があったのです」
ツィパロが何か言いだす前に、ヨーテルはできるだけ成人の魔女に見えるような態度で男に問いかけた。出鼻をくじかれた上に突然のウソに目を丸くするツィパロがどうか余計なことを言わないようにと祈る。
カラスの装いの男はヨーテルの嘘に心を開いたようで、重たそうに体を引きずりつつも居住まいを正してから話し始めた。
「魔女様、使いの帰りにこの森を歩いておりましたら見知らぬ者たちを見かけ、声をかけたところを襲われたのです」
「声をかけただけで襲われるとはおかしな話です。それらが何者だったかわかりますか」
男は少しの間考えたがすぐに口を開いた。
「山の向こう、沼地の魔女が近ごろ女児を集め暗躍しているとか、おそらくその手先です」
男は敵が思い当たると興奮してついにはヨーテルの腕をつかんだ。
「そうです!あそこの奴ら、村にも手を出して略奪を…。魔女様、どうかかの者たちを退け、村をお助けください!」
「汚らわしい手を放しなさい!」
ツィパロが割って入ると男は身を縮こまらせた。ヨーテルは改めて気高い魔女のフリをして男に告げる。
「あなたは<木の洞>に、そのことを話しに来たのでしょうが、まだマジアドーナの決定は出ていません。厚かましい態度を改めなさい」
男は慌てて非礼を詫び、地面に頭をこすりつけた。
「温情をあたえ、その傷を見てあげましょう。そのあとはすぐ森を出て村へ帰るのです。村ではこの森のことは一切口にしないように」
深々と頭を下げた男に回復促進の薬と痛み止めを飲ませ、村に降りるのを見届けてからツィパロが口を開いた。
「ソルテのこと、知らないみたいだった……」
「そうだね。ねぇ、ツィパロは<カラス>を知ってる?」
ヨーテルの質問にツィパロは首をかしげる。さっきは毅然とした態度だったので<カラス>という存在に馴染みがあるのかと思ったがそうでもなさそうだ。
「沼地の魔女が女児を集めてるって言ってたから、ソルテはそこのカラスに連れ去られたのかも……」
知りたがりのツィパロが当たり前に<カラス>を受け入れてることを不思議に思ったが、わざわざ本人にいう事も無いとヨーテルは頭をふった。
「行ってみる?」
そう聞いてみればツィパロは目を
二人は木の洞と関係のある村を避けたうえで、山を迂回して沼地に行くことに決めた。
【 初めての町 】
「ツィパロ。私たちは今から浮浪者になる。できるだけ人と関わりたくないから何があっても知らない顔をしてね」
ヨーテルにクギを刺された上で二人そろって荒布をまとい顔を隠す。
二人が立ち寄った町はとても賑やかでツィパロは色んな声に心惹かれたが顔を上げることを我慢しなくてはいけなかった。何しろ木の洞の里でこんなに人がにぎやかに話し笑う声を聞いたことがない。慣れない環境に心が
そういえば木の洞にヨーテルが来た最初の夜、ツィパロは様々な町の話しを聞いた。ヨーテルは旅を始めてまだ二年ほどだといったがツィパロには十分に長い。そのたった二年の間に見てきたという広い通り、そのわきには露店が並び、陽気な人々が声を掛け合いながら暮らすとはどんな光景なのか、ツィパロはぜひとも覗いてみたかった。
ヨーテルが宿を探す間、旅慣れないツィパロは街道からそれた路地で待つことになった。誰かの置いた木箱の上に腰かけ、ようやく町をこっそりと覗くことができる。ヨーテルからはくれぐれも気を付けるように言われていたので、壁の影、さらに荒布の隙間から目を凝らして町の様子を見た。人の暮らすところでは男も女も同じように働いている。話には聞いていたが想像していたよりも不思議な光景だ。文化が違うとわかっていても違和感を覚えずにはいられない。しかしツィパロはその違和感をいっそ楽しみながら夢中で町を眺め、側に人が来ていたことに気が付かなかった。
「お嬢さんひとりかい?」
ざらざらとした低い声が降ってくる。ふり向くと、酸っぱい匂いのする服にまばらに髭を生やした男がツィパロの座っていた木箱にぐっと詰めて腰掛けようとしてきた。ツィパロは思わず立ち上がる。
男は気にする様子もなくニタニタと語りかけてきた。
「祭りは人が増える。誰かとはぐれたんなら探すのも大変だろうから、一緒に探してあげようか。お腹が空いてるならうまい店があるからついでにどうだい?」
いかにも親切そうに話し始めたが、ツィパロの反応が悪いとみるとだんだん声を大きくし始める。その声を何となく不快に思ってツィパロが顔をしかめると男は立ち上がってツィパロをつかんだ。
「なんだ人がせっかく親切にしてやってるのにその態度は!」
引っ張られたことでツィパロの顔を隠していた荒布が落ち、男と目が合う。男のギラギラとした目がさらに油注がれたように燃えだした。
「生意気な顔をしやがって、どうせ捨て子か何かだろうが!」
来い!と強引に腕を引っ張られツィパロは懸命に腕を振り払おうとした。しかし男の手は大きく頑丈でビクともしない。自分に何が起こっているかもわからないままに男から離れようと
ツィパロを抱え込んでいた男がその手を放し慌てて逃げていく。足にうまく力が入らず、ツィパロが地面に座り込んでいると誰かからのぞき込まれる気配がした。
「大丈夫か」
知らない男の声にまた体がこわばる。かろうじて足元はとらえたが、振り返ることもできず体を引きずりながら距離を取ろうとうがむしゃらに体を動かしていると、ようやく慣れた空気がそばに立った。
「ありがとう。私の連れです。もう行きます」
ヨーテルはツィパロにさっと荒布をかぶせなおすと肩を抱いて立たせる。
二人の立ち去る後ろで誰かが何かを言ったようだが、ツィパロはまだ耳の中がドキドキうるさくてよく分からなかった。
ヨーテルが上手く人目を避け、ともに宿に入る。祭りで買ってきたというものは食べ慣れないモノばかりだし、宿は戸を閉めても人の声がうるさくて落ち着かなかった。ヨーテルがつま弾く音色を聞きながらツィパロはようやく布団で息をついた。夢の世界に落ちていきながらも昼間の醜悪な男を思い出しては体を震わせる。ソルテがあの男に連れ去られたかのような気になって胸の前で強く手を握り締めるのだった。
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