第2話 ヤンはどこへ
二人のお姉さんを先導する少女イーダの足取りはしっかりしていた。
「この辺で見うしなったの」
目元は赤いがキリリとさせて森の中を案内する。
イーダに連れられて来たのは集落からいくらか外れた場所だった。集落の中には大きく根の太い木が点在しているがこの辺には見ない。代わりに若い木がひしめき合っている。
「隠れやすそうな穴も茂みもこれと言ってなかったね」
ヨーテルとツィパロはあたりを見回すが、とくに不自然な様子もない。
「どうしよう。人さらいだったりしたら……」
責任感からうつむくイーダの肩を、ツィパロがなでた。
「きっと見つかる。ここから川が近いから、ひとまず見に行こう」
草をかき分け人の踏みならした道をたどると水音が聞こえた。うっそうとした森が開け、川が流れているのが見えてくる。
「きれい…!」
ヨーテルは思わずつぶやいた。
川は飛沫をあげながら森を切り、その上流は大きな岩山を仰いでいた。白っぽい岩山は神々しく、輝いてるようにも見える。
「ここの川はあの山に住む魔女が管理しているの。正しい手順を踏まないと普通にはたどり着けない。ヤンは正しい道順を知ってる?」
「何回か一緒に来たけど、まだ覚えちゃいないと思う……」
イーダは首を振る。しかし何かの拍子にたどり着いてるかもしれないので、ツィパロとイーダは川辺をきょろきょろと見渡した。ヨーテルは川の対岸がちょっとした崖になってるのを見てふと視線をあげる。すると崖の上に何かの影を見た。
「だれ!」
ヨーテルの視線を追ってツィパロが呼ぶと、その影が立ち上がった。
「ヤン!」
「お姉ちゃん、おりれないよぉ!」
影の正体に気づいたイーダが叫ぶ。崖の上の少女は姉の姿を見つけて泣き出した。
「どうしてあんな所に……」
「岩山の魔女との約束を知らず、いい加減に川を探して歩くとああなる。あそこから降ろす方法を考えないと」
「ツィパロの魔法で助けて!」
イーダがツィパロのスカートにすがった。
イーダやヤンなど、十二歳を超えないマジアチカは勝手に魔法を扱うことを許されていない。特にヤンほど幼ければ見習いとは名ばかりで、魔法の手ほどきもまともに受けてはいなかった。
しかし、いつもは動じない風のツィパロがあからさまに視線をそらして渋る。
「植物以外の魔法は苦手だし、この距離じゃ、届くかどうか……」
ツィパロ自身、十二歳の儀式を済ませてからまだ二年ほどしかたっていない。いまだにソルテなどの年上のマジアチカやドーナの前で使う事がほとんどだった。ましてや今はヤンの命がかかっている。
「やってみてよぉ、お願い!」
イーダに泣きつかれて、ツィパロは細く息を吐いた。握っていた手のひらをほどいて崖の方に向ける。じっと崖の方を見つめていたかと思うと、伸ばしていた両手をもう一度ぐっと握りしめた。すると大きな音を立て、太い木の蔓が崖の上でのたうった。その蔓はヤンを捕まえるかと思いきや勢い余って少女を崖の下へと突き飛ばしてしまう。
「ヤン!」
三人が叫んだ矢先、今度は川の水が大きくうねって小さな体を受け止めた。
ヤンが気を失って川岸に置かれたとき、いつの間にやってきたのかソルテがその側に座り少女の濡れた体を布でくるんだ。
「間に合ってよかった」
「ソルテ!どうやってここがわかったの?」
ヨーテルが驚いて声を上げる。
「ツィパロが木の葉に記して知らせてくれたの」
ソルテがイーダに向き直る。
「ごめんね。イーダの
イーダは泣きながらうなづく。
「……ありがとう、ソルテ」
落ち込んだ様子で側までやってきたツィパロをソルテは優しく抱きよせた。
五人で帰ると里はもう夕飯時のようで、森の中においしい匂いが漂っていたが、イーダとヤンは何も夕食の材料を持ち帰らなかったことを怒られていた。
「私たちは怒られないように畑に寄ってから帰りましょう」
ソルテの誘いでドーナ・クアートの畑を覗くと、広くはないが野菜やハーブの葉が豊かに並んでいた。その中のトマトの株を見てソルテがツィパロを手招く。
「トマトが欲しいんだけど、まだちょっと青いみたいだからツィパロお願いできる?」
見ると確かに食べごろにはまだ早い。
ツィパロは川辺でのことを思い出してか少したじろいだ。そのツィパロの肩を寄せソルテが優しく言い聞かせる。
「大丈夫。触っていればツィパロは絶対に失敗しないし、たとえ触れなくても落ち着いてさえいれば、植物があなたの思いを聞いてくれる」
ソルテに励まされて、ツィパロはトマトの株に祈るような面持ちで触れた。すると瞬く間にツィパロが触れていた株のトマトが赤く熟していく。
先ほどとは打って変わった美しい魔法の現れにヨーテルは心の中で驚いた。それを察したソルテが嬉しそうに笑う。
「ツィパロは本当にすごいのよ。普段だったらこのくらいのことは直接に触れなくたってできるの!私も同じくらい植物と親しくなれたらと思って、いろいろ育ててみたりしているんだけど……」
魔法には相性がある。魔法をかける対象との相性がいいほど魔女の心ひとつで魔法が現れる。魔女の力が弱かったり、相性が悪かったりすると、川辺でのツィパロのように魔法を暴走させてしまうか、そもそも魔法が現れないことも多い。そういったときは思いよりも視線、視線よりも接触を通して魔法を対象に正確に伝える努力をすることになる。川辺でのツィパロは視線によってその思いを植物に伝えようとしたが、ツィパロ自身の未熟さのために魔法がうまく現れてこなかったのだ。
一方ソルテは幼いころから植物や自然のものとの相性が悪く、いまでも成功率は高くないが、魔法を伝えるときの丁寧さと、魔法使いとして高めてきたものによって波を動かし、ヤンを助けることができた。
「なんだか物の方が相性良いみたい。特に食器とか料理の道具とか」
「だからソルテが料理するとすごく速くておいしい」
食べごろになったトマトを両手に持ってツィパロが言った。
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