第50話

 目が覚める。


 朝の光が、ガラスドームを優しく包みこんでいる。



 瑠衣は意識がはっきりしてくると同時に、顔が赤くなってくるのを感じた。



 目の前に、トオヤの美しい寝顔がある。




 身動きが取れないくらいしっかりと、彼の腕は瑠衣の体を抱きしめたままだった。






「…!!!」






 急に、また、ドキドキドキドキしてしまう。






 今、何時だろう。







 慌てて携帯電話の時計を確認する。

 まだ、朝の4時半だった。




 少しだけ、ホッとする。




 …朝まで一緒に、寝てしまったのだ。

 誰かにバレたら、大変かも。





 あれ以上何も無かったとはいえ、

 自分でも、この行動には驚いてしまう。





「もうお嫁にもらってくれないとダメだよ、トオヤ」




 こんな事しちゃったんだから。




 瑠衣は眠っているトオヤに向かって笑いながら冗談を言い、彼の右頬にそっとキスをした。





 すると、瑠衣を抱き締める彼の腕の力が、少しだけ強くなった。




「…!」






 彼は目を開け、瑠衣の目をじっと見つめ、



「じゃ、お嫁に来て。瑠衣」



 と言った。




 瑠衣は、心臓が飛び出るほどびっくりした。



「…起きてたの?!」




 また、騙された!!!





 彼は、くすくすと声をあげて笑い、



「キスは、こっちがいい」



 瑠衣の唇にゆっくりと、キスをした。

 そして、耳元で



「瑠衣。俺と、結婚してくれる?」



 と、艶めいた声で、囁いた。








「はい」








 心臓の音が、うるさい。



 瑠衣は自分でも驚くほど、はっきりと返事をした。







「約束」







 彼はそう言うと、もう一度唇にキスをして、瑠衣の首筋に顔を埋めながら、





「愛してる」






 と囁いた。







































「記憶が、戻った…?」


 朝食が済んで食後のコーヒーを飲んでいる時に、瑠衣は全員の前で嬉しい報告を済ませた。


 楓、葵、桃花、望月さんの4人は、飛び上がるように喜んでくれて、立ち上がって瑠衣の体を抱きしめてくれた。



「良かった!!良かったね!!ルイルイ」



 桃花が、涙を浮かべて瑠衣の手を握り締めた。



「最近の記憶は、ちゃんとあるの?」



 楓は喜びながらも心配そうに聞くと、瑠衣は頷いた。



「うん。ぼんやりとだけど、退院して学校に戻ってきた時からの記憶も、ちゃんとあるの」



 トオヤの会社に雅や戌井君と一緒に行った時の記憶も。



 葵が、ホッとしたように、瑠衣の肩に手を乗せた。


「瑠衣、おかえり!!」



 望月さんも、喜んでくれた。



「良かったね、佐伯さん」



 瑠衣は嬉しくなり、皆に向かって満面の笑みを見せた。





「心配かけてごめんね。もう、大丈夫だと思う」







 ドレス作りの作業に入る前に、心配してくれていた人全員に、電話やメールで連絡を入れる。


 理衣、両親、雅、泉美、滝君、戌井君。


 皆はそれぞれ本当に喜んでくれて、瑠衣におめでとうと返事をくれた。





 不思議な気分である。



 退院した直後から昨日まで存在していた自分は、一体どこにいるのだろう?


 自分の心の開かずの引き出しに入っていた鮮明な記憶は勢い良く、外に出たいと叫びながら全部、溢れ出てきた。


 それと同時にトオヤを『久世君』と呼んでいた彼女は、心の中のどこかに、また隠れてしまったようだ。


 ここまで頑張ってくれていた彼女は、あくまでも客観的に、苦笑いしたり、呆れたりしながら、心の奥から自分自身の行動をただ今は、見守ってくれているのかも知れない。



 でも。

 ガラスドームでトオヤに自分からキスをした時だけは、彼女と自分の気持ちが、完全に重なった気がした。



 ありがとう。

 ちゃんと、気づかせてくれて。



 トオヤがいなくては、もう自分が自分ではいられないという事を。

















 瑠衣は、自分の変化に気づいていた。






 工場で、皆でドレス製作の作業をしている時。


 複数の、アクセサリーの図案を考えている時。


 ミーティングをしている時。


 パソコンに向かっている時。


 どんな時でも一番最初に、トオヤの真剣な眼差し、表情、仕草などを、思わず目で追ってしまう。







 本当に作りたい物を考えている時の彼の真剣な姿は、なんて素敵なんだろう。





 無表情には変わりないけど、どこかすごく、楽しそうで。



 心の中の宝物を、探し出して取り出そうとしている様な。



 ワクワクする何かを、どこまでも追い求めているかの様な。



 時間がいくらかかっても、決して妥協を許さないといった様な。




 そんなプロの表情。





 ああ、1番好きだなあ、彼のこの姿。





 誰にも、見せたく無くなってしまう。





 独り占め、したくなってしまう。




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