第49話

 夜の9時。


 瑠衣は一人で、洋館の外を散歩していた。

 この場所に来た時から気づいていたが、どうやら撮影場所は洋館以外にも、近くにいくつか存在するらしい。


 美しい花々が咲き誇る広大な中庭をしばらく歩いていくと、少し大きなガラスドームが目に飛び込んできた。




 ここは、見覚えがある気がする。





 入口の鍵は開いており、恐る恐る中に入ってみた。



「お邪魔します…」



 中は、むせかえるような薔薇の香り。

 薔薇だらけの温室のようだが、どこかの王宮の中に存在する、秘密の庭園の一部のようにも見える。



 月の光は幻想的に、夜の星空が包みこむガラスドームの中に、差し込んでいる。



 美しく咲き誇っている色とりどりの薔薇は、温室の中心にあるふかふかのベッドを守っているようにも見える。



 …何故ベッドが、こんな場所に?


 撮影のために必要なのだろうか?




 そのベッドの中には、すやすやと眠っている久世透矢の姿があった。



 瑠衣が作ったぬいぐるみの『シルク』を抱きしめながら、彼はぐっすりと眠っているように見える。



「…」




 瑠衣は、彼をじっと見つめた。




 長い睫毛を閉じた様子が、外国の絵画の一部を切り取ったかのよう。




 なんて、美しい人なんだろう。




 さらさらした栗色の少しだけ長い髪と、

 滑らかな透き通るような肌。


 自分のこの手で、触れてみたくなってしまう。









 大好き。















 この人を、自分だけのものにしたい。


















 自分しか知らない場所に、閉じ込めてしまいたい。
















 瑠衣は、眠っている彼のすぐ側に近づいた。















 吐息が触れそうな距離まで近づいても、まだ彼は目を覚まさない。


















 瑠衣は少し躊躇ってから、彼の唇にそっと、キスをした。
























 すぐに離れようとしたその瞬間。


















「…捕まえた」






















 彼は両腕で素早く瑠衣の体を抱き締め、そのままベッドに引き寄せた。













 体中が、かっと熱くなる。




















「…起きてたの?」


















「うん」















 彼は、悪戯が成功した子供のような表情で、微笑んでいた。
















「瑠衣、続きは?」



















 彼は少し、目を細めて瑠衣を見つめた。
















「まだ、足りない」

















 彼は瑠衣の髪に指を絡め、さらに体を引き寄せた。









 そして、









 瑠衣の唇に何度も、










 何度も、優しいキスをした。





























「…トオヤ」






















「…瑠衣…?」





















「トオヤ」





















 彼は、何度も続くキスの合間に、ねだるように催促した。




















「もう一度、呼んで…」





















「トオヤ」


















「瑠衣。…思い出したの…?」
















 瑠衣は、頷いた。
















「この場所で、『シルク』だった時、トオヤが好きだって言ってくれた」



















「私も大好き。トオヤだけが」





















「うん」


















 彼は瑠衣の上に覆い被さり、徐々にキスを深くしていった。













 唇だけではなく、











 耳に、










 頬に、










 首筋に、










 鎖骨のあたりにも、キスの雨を降らせていく。














 瑠衣はくすぐったくて、この状況が可笑しくて、何故だか声をあげて笑ってしまった。













「ねえ、トオヤ、…どうなっちゃうの?」















 トオヤは唇を離して瑠衣を見つめ、少し首を傾げてこう言った。












「この先は、まだ良くわからない」










 じっと見つめ合ってしまい、




 二人同時に、笑ってしまった。











「…だから、続きはもう少し大人になってから」













 彼は瑠衣をきつく抱きしめると、幸せそうに微笑んだ。












「でも、もうしばらく、このままでいて…」










 彼は瑠衣を抱きしめたまま、再び長い、長いキスをした。













 触れられた部分から魔法にかかるように、鼓動の大きさがまるで変わっていってしまう。














 もっと、ずっと一緒にいたいと、全身が叫んでいる。













 これが、恋なんだ。













 自分の心だけでは、決して支配できないものなんだ。




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