第45話
翌日の放課後。
瑠衣は日直当番が一緒だった戌井君と二人きりになり、やっと彼に声をかけることができた。
「戌井君、ありがとう」
「…?」
「監禁されていた危ない場所から、助けてくれて。本当に、迷惑かけてごめんね…」
「お礼はいいよ、もう」
戌井君は日誌を書きながら、少し思い出したようにこうに言った。
「正直言うと僕は、かなり怖かったよ。滝と違って、運動できるわけじゃないし。でも、消火器を使ったのは僕のアイデア」
少しだけ得意気に、彼は言った。
「そうだったんだ…」
瑠衣は、申し訳ない思いで心の中でまた、彼に頭を下げた。
「妹さん、すごいね。あのマンションのオートロックと部屋の鍵、10秒くらいで開けてたよ。何だか、よくわかんないパソコン使って…」
「そ、そうだったんだ…。妹ね、ちょっと変わってるから…」
ちょっとどころではないけど。
警察には一体、どうやって鍵を解除した方法について説明したんだろう。
「うまく助けられて良かった」
彼は、眼鏡の淵を指で上げ、こう続けた。
「お礼の代わりってわけじゃないけど。佐伯に頼みがあるんだ」
瑠衣は、目を輝かせた。
「いいよ、何でも言って!」
彼は日誌を書き終わり、少し言いにくそうに顔を上げた。
「テストが終わったら、漆戸さんを誘ってどこかに遊びに行こうと思ってるんだけど、こういうの初めてだから…会話が続く自信が無いんだ。良かったら一緒に、来てくれない?」
ん?
「3人で出かける、って事?」
「誰か、他に男子1人誘ってもいいし。滝でも、久世でもいいから」
「ダブルデートね?」
「…」
彼は恥ずかしくなったのか、返事をしなかった。
瑠衣は、大きく頷いた。
「わかった!約束」
期末テストは精一杯頑張ったが、瑠衣の結果は当然ボロボロだった。
半月学校を休んでいた上に記憶が欠落しているので、今の実力では無理もない。
しかし、何とか奇跡的に補習を免れて、夏休みに入ることができた。
快晴の日曜日。
朝から瑠衣は張り切って、約束のダブルデートへ行く準備を進めた。
行き先を決められない2人に、瑠衣は動物園に行こうと提案した。
これは、もちろん自分の記憶の再現をするためでもある。
久世君に電話をして事情を説明し、予定を合わせてもらった。
洗面所で顔を念入りに洗い、背中まであるストレートヘアを綺麗に整える。
軽くメイクをする。
顔がパッと華やかに見えるように。
今の季節に合った服を、いくつかベッドに並べて考える。
今日の肌の色に合うかどうか分析しながら、瑠衣は試着していく。
紫のハイネック・ノースリーブ、オーガンジーにオパール加工を施した、スカイブルーの花柄スカート。
それから。
アンクルストラップがついたベージュのサンダルに、何度か巻かれたストラップ部分には、久世君にもらった白猫ビジューのシュークリップをつける。
彼からもらった白猫の、キラキラと輝く小さなイヤリングも耳につけてみる。
瑠衣は鏡を見た。
アクセサリーのせいだろうか。
いつもよりキラキラ輝いて見える。
自分が、自分では無いような気がしてくる。
自分に、一体何が起こっているのだろう。
自分の見た目を気にしたことなど、今まで無かったのに。
「おはよう!…待たせてごめんね」
待ち合わせ時間は、朝の10時。
動物園の入り口にて。ピッタリ10時ジャストに到着してしまったようだ。
自分が一番最後に到着してしまった様だ。
「おはようございます。ピッタリですよ、時間」
「おはよう。今日はよろしく」
「…瑠衣」
久世君は、少しこちらに近づいて
「…すごく似合う」
と、嬉しそうに、微笑んだ。
4人で相談し、昼食だけは全員で摂ることに決めた。
午前中はどうやら、戌井君と漆戸さんの2人だけで回りたいらしい。
久世君と2人で、サル山にやって来た。
サルたちは相変わらず仲よくしたり喧嘩したり、荒々しくみんなをまとめたり、好き勝手をしたり、楽しく遊んだりしている。
彼は、1匹のサルを指差した。
「あれは、瑠衣」
「…?」
腰が重そうな1匹のサルの手を掴んで、離れた場所にいる別のサルの元へ連れて行こうとしている。
「いつも、誰かと誰かを繋げようとしてる」
瑠衣は、つい彼をじっと見つめてしまった。
「…そう?私、そういう風に見える?」
「…うん」
サルを見ながら彼は、ちょっと楽しそうに笑っていた。
「だから、見ていて飽きない」
瑠衣は少しだけ、胸がぎゅっと鳴った。
この場所で、偶然ばったり会った久世君に『友達になって欲しい』と、お願いをしたのだ。
こういう笑顔を見せてもらって、ほっとした時だったのかも知れない。
「どうやって、お願いしたのかな、私」
瑠衣がいきなりこう言うと、久世君は瑠衣の方を向いた。
「…え?」
「久世君に、友達になって下さい、って言ったんでしょう?ここで」
彼は、瑠衣を真似て言ってくれた。
「『私と、友達になってくれない?』って、言ってた」
瑠衣は、腕を組んで考えた。
「…他には?」
「『いずれは恋愛対象として見て欲しいとか、そういうヘンな意味じゃ無いから安心して。ただの友達になりたいだけ』って」
「…その言葉なのかな…」
自分が、いつまでも引っかかっているのは。
「…?」
「あのね、久世君」
「うん」
「私、ちゃんとあなたの事を知りたい」
「…うん」
彼は、瑠衣に言った。
「じゃあ、昼食が終わったら、ついて来て」
どこへ?
「俺が働いている父の会社。案内する」
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