第43話
昼休み。
瑠衣は、漆戸さん、東條さん、滝君、戌井君、久世君と一緒に、中庭で昼食を摂ることになった。
「瑠衣、戻ってきてくれて本当に良かったわ」
「瑠衣さん、おかえりなさい」
瑠衣は照れた様に笑って、返事をした。
「ただいま」
なのかな。
自分だけ心が、完全に置いて行かれている気分だけれど。
皆がほっとした様に笑って、こちらを見ている。
「記憶が無いから…何だか、全部が不思議な気分」
瑠衣はこの状況を、今の自分なりに観察してみることにした。
東條さんと漆戸さんが自分の事を、名前で呼んでくれている事。
このメンバーで、当たり前のように食事をしている事。
全てに驚いてしまう。
東條さんと漆戸さんは少し複雑そうな表情を見せたが、すぐに笑顔に変わった。
「瑠衣さんは、今の瑠衣さんのままで、いいですよ。私たちを名前で呼びたくなったら、その時に呼んでくれてもいいですし」
漆戸さんは、瑠衣の手を握った。
「私たちはもう、こう呼ぶって決めてますから」
彼女はこんな風に、優しく笑いかけてくれる人だったんだ。
「瑠衣はねえ、久世君の事トオヤって呼んで、あと、滝君の事は祐太郎って呼んで、戌井君の事は、テツヤッチって呼んでたわよ!」
「嘘つくな!」
東條さんが冗談を言うと、すかさず滝君がツッコミを入れた。
戌井君は、飲んでいたお茶を喉に詰まらせて、咳き込んでいる。
「私たちと名前で呼び合う事と、久世君をトオヤと呼んでいたのだけ本当ですよ。私、…戌井君のことテツヤッチって呼びたいです」
どさくさに紛れて、漆戸さんが戌井君にアプローチを試みている。
漆戸さんは、戌井君の事が、好きだったんだ。
「二人だけの世界でやれば?」
また滝君がツッコむ。
「うるさいですよ、祐太郎」
このやり取りも、すごく新鮮である。
いいコンビの2人の掛け合い聞きながら、瑠衣は感じた。
自分は、この場所を見つけたんだ。
瑠衣は毎日同じ誰かと一緒に、グループで昼食を摂るという行為に、少しだけ抵抗を感じていた。
自分が好きな時に、本当に話したい人と、好きなだけ話をしていたい。
会話の相手は誰でもいいわけではないが、特定の友達は特に、決めたくはない。
誰からも、何からも、昼休みという自分だけの時間を、縛られたくない。
それが、瑠衣の本当の考えだったから。
人間関係は、いつだって自由でいたかったから。
それが、この状況はどうだ。
どう考えても、自分がここを選んで、この人達と一緒にいたくていたとしか、思えない。
つまり、自分は見つけたのだ。
本当に大切にしたい、自分の『友達』と呼べる人達を。
毎日でも話をしていたい、本当の『クラスメイト』を。
褒めてあげたい。3ヶ月頑張った自分を。
よくやったね、って。
瑠衣は、久世透矢を見つめた。
日記の内容を、思い返してみる。
『学校帰り、久世君と水族館でばったり会って、その後館内カフェで夕食を共にする』
マジか。
これが出会った初日の出来事だ。
急展開すぎる少女漫画みたいである。
『週末、久世君と動物園でばったり会って、一緒に昼食を摂ることになり、彼の過去の話を聞く。彼の携帯電話が壊れたので理衣に直してもらう事になり、彼を自宅に招待する』
嘘でしょ?
そんなに偶然に何度もばったり会う?
しかも動物園だって広いでしょう。
…いきなり自宅に来てもらったって…?!
ここら辺が、強引な自分らしいといえばらしい。
2回も、ばったり会う偶然が続くなんて、本当だろうか。
その日から、彼を『トオヤ』と呼び、
自分は彼を、特別に思っている…らしい。
「俺の顔に、何かついてる…?」
その久世君に、突然話しかけられてしまった。
「あ、ゴメン、つい見とれて…」
冗談のつもりが、顔が赤くなってしまう。
「…そう」
久世君の顔も、少しだけ赤くなった。
滝君は、その様子をじっと見つめ、瑠衣に声をかけた。
「佐伯、ちょっといいか」
「…うん」
終わった昼食を片付け、瑠衣は滝君の後に続いて校舎裏へと歩いて行った。
「どうしたの?滝君」
「一言、言っておきたいんだ」
「…何を?」
滝君は、瑠衣に頭を下げた。
「ごめん」
瑠衣は首を傾げた。
「…何が?」
今日は、突然謝られてばかりである。
「お前の記憶が戻ったら、改めてきちんと謝る…。今は正直、色々忘れてくれててちょっと、ホッとしてる。お前の過去にあった事何も知らなかったとはいえ、俺、お前をすごく怖がらせる様な事をした」
…壁ドンでもされたのだろうか。
…そんな事くらいじゃ、こんな風に呼び出して謝らないか…。
まさか強引に押し倒されたのだろうか。
…みんなのアイドルの滝君に?
…まさかね~。
「説明はしないでおくよ。ただ」
滝君は、瑠衣に笑いかけた。
「ずっと味方だから。もう俺は」
もうそれ以上は、何も言わないと決めたみたいに、滝君は教室の方に向かおうとした。
「滝君!」
「ん?」
「監禁されている場所から、助けてくれたんでしょう?…本当に、有難う」
「いいよ。別に、大した事無かった。あいつ殴ってスッキリしたし。お礼なら、久世に言えば」
「久世君に…?」
「お前の事が好きなんじゃないの?あいつ」
「そうなの?」
思わず、聞き返してしまった。
「…知らないけど。じゃな」
滝君は、今度こそ行ってしまった。
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