第40話
トオヤの鞄に白猫クリップで止められた瑠衣こと『シルク』は、本当にぬいぐるみ姿で学校に一緒に行くことになった。
昼休み。
「瑠衣、今日も学校お休みなのね…。寂しいわね」
泉美が悲しそうにこう言うと、中庭で一緒に昼食を食べていたメンバーは、それぞれに首を縦に振った。
「でもワイドショーで今、騒がれ続けているから、外出しない方がストレスにならなくていいかも」
戌井君が、今朝見たテレビの内容を話してくれた。
どうも、阿賀野拓也が警察に捕まった事件は、ここ2週間で一番の大ニュースとして扱われているらしい。
子役から名を馳せていたイケメン俳優が、複数どころではない猥褻事件、監禁事件を起こしていた、というショッキングな内容に、世間の関心が1番に集まっているようである。
『hanaso land-ハナソウランド』に投稿された内容はもちろんのこと、その他の余罪や拓也の兄たちの犯罪、暴かれなくてもいい事まで洗いざらい、テレビの中で暴かれていた様だった。
少年とはいえ罪は重く、これから拓也の犯罪に関する裁判が何度も始まろうとしている。
「ところで、瑠衣さんを助けに行ったとき、久世君が滝君と戌井君に電話で同行を頼んだんですか?」
雅が聞くと、トオヤが頷いた。
「修学旅行の時、携帯の電話番号聞いたから。瑠衣を助けるには、男の手が必要だと思って」
「私も何か、力になりたかった。…って、足手まといになっただけかな」
泉美は、複雑な表情になった。
「凄かったわね、あなたたち。偉いわ」
泉美が言うと、全員が頷いた。
「危険だったのに、あの時は来てくれてありがとう」
トオヤが言うと、滝君と戌井君は笑った。
「当たり前だよ、行ってよかった」
「役に立てて良かった」
3人は、何度も警察に事情を聞かれたらしい。
すごく迷惑をかけたに違いない。
本当に、ありがとう。
瑠衣は、3人と理衣に心の中で何度もお礼を言った。
本当の自分に戻ったら、
またお礼を言わせてもらおう。
感謝してもしきれない。
「学校中、この話でもちきりだね。瑠衣が登校してきたら、針の筵かもしれないわ。あのテレビのワイドショーの内容だと、知っている人が見たらすぐに瑠衣だってわかっちゃうだろうし」
「瑠衣さんもですが、妹さんが有名人っていう所も、テレビが騒ぐ理由の一つです。妹の理衣さんは何度も発明で賞を獲っていて、県知事に表彰されているんです。最近ではテレビがそれを取り上げるようになって、さらに騒がれているみたいですよ」
「そうなの?妹、俺会ったことある。助けに行くとき。佐伯にそっくりなのに、すごく変わった感じだった」
滝君が、感心した様子で呟いた。
妹は、変わっているんです。
瑠衣は皆に、妹について詳しく説明したくなった。
しかし、今日はぬいぐるみの姿でいることを決めたから、みんなをこれ以上混乱させないため、大人しく話を聞いていよう。
でも、良かった。
トオヤが、皆と友達になっている。
自分がいない日にトオヤが友達と昼食を摂る様子を見ることができて、瑠衣はとても嬉しかった。
放課後。
手芸部の部室に、トオヤは顔を出した。
型紙を作っていた楓は、顔を上げてトオヤに聞いた。
「こんにちは、久世君。瑠衣は…?」
トオヤは、首を横に振った。
「まだ病院で寝てる」
葵は両腕を腰に当ててうなった。
「もう2週間経つのに…。あんな事件だったから、よほどショック受けたのかな」
桃花は、悲しそうに嘆いた。
「ルイルイに早く会いたい…」
望月さんは、ため息をついた。
「早く戻ってくるといいね…」
みんな!
私は、ここにいるよ!!
と、全員に挨拶したかったが、今日はぬいぐるみ姿だから我慢だ。
「あれ?このぬいぐるみ、『シルク』じゃない!懐かしい!」
葵が、トオヤの鞄についている瑠衣を発見した。
「本当だ、懐かしい!これはルイルイ一番気に入ってた子だよね」
桃花が瑠衣こと『シルク』をわしゃわしゃと撫でる。
何故、自分は目を覚まさないのだろう。
早くみんなと一緒にドレス作りたいよ。
自分だけ、置いてけぼりは嫌だよ。
トオヤは一人で使える机に鞄を置くと、
制作中のドレスの型紙を切り出した。
瑠衣はモヤモヤしながら、ぬいぐるみ姿のまま、皆の活動を見守った。
手芸部の活動が終わると、トオヤは瑠衣が眠る病院にバスで向かって寄ってくれた。
13階の一人部屋。
病室のベッドで眠る、自分の姿。
目を覚まさないため、水分補給のためか、点滴を打たれている。
初めて見る。
まるで、理衣の姿を客観的に見つめているよう。
佐伯瑠衣。
あなたは、どうしたいのよ。これから。
何故、目を覚まさないの?
「瑠衣」
トオヤが『シルク』の自分を抱きしめながら、こう言った。
「何か、目を覚まさない事に、心当たりは?」
瑠衣は、自分を抱いているトオヤを見つめた。
透き通る矢のような、嘘をつけない瞳の奥。
そうか。
もう、自分が向き合いたい人は、
この人だけなのだということに、
いきなり瑠衣は、気づいてしまった。
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