第36話


「…」








 キスしたままの状態で、ずっと静止。












 ドキドキしながら、考えを巡らす。









 ここはおそらく、トオヤの部屋。








 瑠衣はなぜか、トオヤにあげたぬいぐるみの『シルク』になっており、本当の自分は、多分、阿賀野拓也に囚われている。














 トオヤが、瑠衣の心をここに、呼んでくれたのかもしれない。















 唇は、なかなか離れてはくれなかった。















「…」




















 キスしたままの状態で、

 トオヤはまた眠ってしまっているのだろうか。















 自分の体は小さすぎて、少し動いたくらいでは、

 あまりトオヤに伝わらない。

















 でも、


 息ができないはずなのに、全然苦しくはない。


















 むしろ、ずっとこのままでいたい。



















 やだ、

 一体何を考えてるの!!


















 ああもう、とにかく、

 早く起きてよトオヤ!!


 どうしていつまでもキスしてるの?








































 もう、どうにかなってしまいそう。





















「…?」















 少し薄茶色がかった美しい瞳は、やっと大きく見開かれた。

















 そしてやっと、唇が離れた。














 ハア!!!ハア!!!ハア!!!




 やっっっっっっっと、離れた!!!



 苦しかったわけではないけれど!!!!
















「今、動いた?…シルク」










 遅いよ!!!!!!!!!









 瑠衣は白くて短い手で、トオヤの頭をチョップした。






「ん?」







 トオヤは状況についていけないらしく、目を見開いた。






「トオヤ!」






「わっ!」






 びっくりして、思わず後ずさった、トオヤ。



 この表情、新鮮。

 …可愛い。






「喋った…?」













「トオヤ、私!瑠衣だよ」




 トオヤは、信じられないような表情でこちらを見つめていたが、

 やがて徐々に笑顔を見せた。





「瑠衣!」








 トオヤは瑠衣を、きつく抱きしめた。

 いや、瑠衣ではなく、正確には『シルク』を。











「本当に、呼べた」











 トオヤの目から、涙が溢れた。

 彼の体は、震えている。








「今、どこにいるの?瑠衣」


 トオヤは心配そうに、こちらを見て問いかけた。






「…わからない。いきなり眠らされて、車でどこかに運ばれたの」


 瑠衣は『シルク』の体でベッドの上に立った。





「…阿賀野拓也?」






 瑠衣は驚いた。

 自分の口から、拓也の名前を話したことは無いはずだ。






「拓也の事を知ってるの?」





 トオヤは頷いた。


「理衣に聞いた」







「…そう」







 過去の事も聞いたのだろうか。








 瑠衣は、ふと思いついた。



「心当たりなら、あるかも」






 ぬいぐるみ『シルク』は、トオヤの携帯電話を指差した。






「あのアプリを開いてもらっていい?『hanaso land-ハナソウランド』」





「…うん」





 トオヤは、携帯電話を手に取り、操作した。

 瑠衣はその様子を横で見つめながら、ああっ!と声を上げる。




「やっぱり!この携帯ケース、『シルリイ』だ!」



「『シルリイ』知ってるの?」



「知ってるも何も、過去に何度もこれで理衣に呼ばれて、ひどい目にあったんだから」




「…ひどいめ?」




 どんなひどい目だというのだろう。




「理衣にもらったんでしょう!どうりで変だと思った」



 瑠衣はぬいぐるみ姿のまま、ぷんぷん怒っている。



 トオヤは苦笑いした。


「ごめん。言えなかった。理衣に口止めされてたから」



 アプリを開く。




『hanaso land-ハナソウランド』




 画面をタップし、

 パステルカラーの世界の中に入る。


 『シルリイ』によく似たマスコットが、クネクネ踊りながら登場。


 可愛らしい世界の中で、デフォルメされた人達が、相変わらず楽しそうに動き回っている。



「検索の部分で、『阿賀野拓也 被害者の会』と入れてみて」



 トオヤは言われた通りに文字を入力した。

 すると、メインのマスコットが、いきなり真っ黒な世界に入っていった。



「管理人は理衣だから。私が作ったこの世界は誰からも削除されないの」


 皆の会話の履歴を、『シルク』の体をした瑠衣がチェックしていく。



 見たくもない情報が、たくさん目に入る。



 阿賀野拓也に監禁された少女の、赤裸々な告白。



 拓也の兄たちに強姦された少女の、悲鳴のような叫び。



 監禁はされないまでも、騙されて似たようなことをされ、逃げたという呟き。



 警察に通報しても証拠が見つからず、相手にされなかったという少女の嘆き。



 証拠として、動画を載せている人もいる。




「ここに私が昔、拓也にされた本当の事すべて話したの。…私は理衣に助けてもらったから、何もされずに家に逃げただけだけど。そうしたら、似たような状況に陥った人や、それ以上の事をされた人が次々とここに連絡をくれるようになった」



 瑠衣は、黒い気分を吐き出すように続けた。



「もう、ここに投稿している人全員に了解をもらっている。拓也を通報するの。このアプリのこの世界を、警察に証拠として早く、突き出そうと思う」




 『シルク』の指は、アプリの会話画面の一部を指差した。



「ほら、ここ。住所が書かれている」



 トオヤは、住所をコピーして理衣の携帯に送信した。





「マンションだと思う。多分ここが、拓也の居場所」





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