第34話

「久世君が、ドレスのデザインを?」


 漆戸さんが、おにぎりのシャケを落としそうになりながら、瑠衣に聞いた。


 ある金曜日の昼休み。


 東條さん、漆戸さん、瑠衣の3人は、中庭のガーデンテーブルでお弁当を一緒に食べていた。


 何故か今日、トオヤは学校を休んだ。

 後で連絡してみよう、と思いながら瑠衣は、サラダから食べ始めようかハンバーグからにしようか少し迷い、結局サラダのマカロニに手を出した。


「そうなの!すっごく上手だった」


 2人にも、見せたいくらい。

 瑠衣は箸でつまんだマカロニを眺めながら答えた。


「意外性のある人物ね…。あ、そういえば、そろそろじゃない?」


 東條さんは、売店限定20食の超レアなフルーツサンドを頬張りながら、何かを思いついた。


「…何が?」


 瑠衣が聞くと、


「テスト結果。貼り出される頃でしょう!後で一緒に見に行きましょう?」


 と彼女は答えた。



 3人は、お弁当を食べ終わると校舎裏にある大きな掲示板を見に行った。



 貼り出されていた内容に、かなりの衝撃を受ける。



 1.久世透矢

 2.戌井鉄也


 8.漆戸雅



 14.滝佑太郎




 52.佐伯瑠衣





 84.東條 泉美










「久世君、すごいわ…」


 東條さんは、口をポカンと開けていた。


「確か、久世君はテスト前…ずっと学校休んでましたよね…?一体いつ勉強してるんでしょう」


 漆戸さんは、少し悔しそうだった。


 瑠衣は、ただただ呆然としてしまった。


 テスト前、アメリカに行ってたのに!!


 トオヤは、どうしてこんなに勉強が出来るの?!



 ますますトオヤに関する謎が、深まっていくばかりだ。


「佐伯さんも、おめでとう」


 東條さんは、瑠衣に微笑んだ。


「ありがとう。初めて100番以内に入ったよ…」


「大躍進ですね!」


 それもこれも、教えてくれたトオヤと滝君のおかげかも知れない。みんなと勉強出来た事にも感謝の気持ちで一杯になる。


「また、みんなで一緒に勉強したいね!」


 瑠衣が言うと、漆戸さんは嬉しそうに頷く。


「ええ、また是非。みんなで勉強できて本当に良かった」


「私も楽しかったわ。今度からは私にも、最初から声かけてね!」


 東條さんも、それに乗るように手を挙げた。




「あの、…ね」


 瑠衣は、思い切って2人に、お願いをした。


「…2人の事、これから苗字じゃなくて名前で呼ばせてもらっていい…?」


 こういう事を言い出すときは、決まって少し緊張してしまう。

 もう、自分はこの二人の事が、本当に好きになっていたから。



 東條さんと、漆戸さんは、目を大きく見開いた。



「ええ、もちろんです!」



「嬉しいわ!私も名前で呼んでいい?」



「うん、そうしてくれると、嬉しい」



「雅」

 漆戸さんを、呼んでみる。


「泉美」

 東條さんを、呼んでみる。



「瑠衣」

 泉美が楽しそうに笑い、初めて瑠衣を名前で呼ぶ。


「瑠衣さん、って呼びますね」

 雅が、恥ずかしそうに笑い、少し緊張した様子で瑠衣を呼んだ。


「うん!」


 かねてからの念願が、やっと叶った。


 また少し、2人との距離が近づいた気がして、瑠衣はとても嬉しかった。




















 放課後の手芸部には、雅が遊びに来た。



 部長の楓は、ついに一番来て欲しかった『漆戸雅』が部室にいるという事に、驚きながら感動していた。そして絶対にこのチャンスを逃すまいとする目が、なんというか、ギラギラ輝いていた。


「いらっしゃい。漆戸さん!ついに来てくれたのね。…手芸部に入ってくれる気に、なった?」


 楓が声をかけると雅は、


「こんにちは!突然すみません。いいえ、入部希望でも、新聞部の取材でもないんですが、久世君が描いたというデザイン画を、少し見せて欲しいんです」


 楓は、がっくりとうなだれた。


「いいわよ、でも企業秘密だからね」


 葵が横から茶化すように言って、雅にウインクした。


 雅は皆に会釈をしてから、デザイン画のコピーを見始めた。

 葵と桃花も手を止めて、雅の姿を興味深そうに見つめている。


 瑠衣は、全員のデザインとトオヤのデザインを熱心に見比べる雅に、不思議そうに声をかけた。


「どう思う?雅」



「…凄いです」



「瑠衣さん、ファッションショー開催をするとして、文化祭に久世君の作品を出すのなら、ご本人に確かめなくてはならない事も、いくつかあるかと思います」


 瑠衣は、首を傾げた。


「どういう事?」


 雅は、自分の眼鏡を右手の人差し指で上げて、核心をついた。


「久世君は、おそらくはプロです」











 瑠衣だけではなく、望月さんを含む部員全員が雅を見つめて静かになった。


「確証はまだありませんが、あるデザイナーの作品を思わせます。明らかに他の人の作品とはレベルが違っていて、所々、素人には到底無理な内容ですし…」


 雅が指差した部分は、普通のミシンでは縫えそうも無いような、複雑なウエーブが描かれている。


 トオヤが今日学校に来れば、本人に直接聞いて、本当の事を教えて貰えたかも知れないのに。


 いや、『内緒』と言われ、またはぐらかされるかも知れない。




 最近、会わない時はいつでも、トオヤに何かを聞きたくてうずうずしている。




 楓が、雅に聞いた。

「その、あるデザイナーって、…もしかして…」






 雅が答えた。




「『アフローミア』です」




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