第33話
修学旅行が終わり、通常授業が始まってから何日か経過したが、まだ誰もがいつもの感覚に戻れない、ある火曜日。
放課後になるといつも通り、瑠衣は教室で荷物をまとめ、デザインを片手に手芸部の部室へと向かおうとした。
「瑠衣」
トオヤが声をかけてきた。
「部活行くの?俺も今日、手芸部に行っていい?」
瑠衣は嬉しくなって頷いた。
「是非来て!…良かったら、トオヤも手芸部に入る?」
トオヤは鞄に荷物をしまいながら、ちょっと考えて返事をした。
「それは、無理だけど。見せたいものがあるから」
「…?」
部室棟に2人で向かい、手芸部の部室のドアを開けて挨拶をする。
「こんにちは。みんな早いね!」
「…いらっしゃい!あら?久世君」
ホワイトボードを出していた楓が、トオヤを見て驚きながら歓迎の声を上げた。
「ああっ!この間見学に来てた白王子!」
葵がトオヤを白王子呼ばわりし、
「まあまあ、入って入って」
桃花がほんわかと2人を部室の中に通す。
そして。
「こんにちは」
望月さんがきちんとミーティング席に座っている。ちゃんと部活に来てくれるようになったのだ。
瑠衣は嬉しくなって、挨拶を返した。
「こんにちは!今日もよろしく」
楓はトオヤにまず聞いた。
「久世君は、今日も見学?」
トオヤは首を横に振った。
「俺も1着、ドレス作ってみていい?」
皆は、耳を疑った。
「…?」
「久世君が…?」
「…ドレス…?」
トオヤは頷いて、こう言った。
「文化祭準備期間だけ、飛び入りで参加して良ければ」
楓は一も二もなく頷いた。
「もちろん!大歓迎よ」
トオヤは、鞄からスケッチブックを取り出した。
「デザインなら、もう出来てる」
その中を覗くと、皆はあっと声を上げた。
千鳥格子風、トランプ柄騙し絵の生地で出来ている、左右非対称で華やかなフィッシュテールドレスの、デザイン画。
首元はパールのネックレスがアクセントになっている。
ロマンティックで、洗練されたデザイン。
女性らしさ、優しさ、可愛らしさが存分に表現されている。
「…すごいね!上手…!」
プロみたい!
みんなは感嘆の声をあげている。
他のデザインも何枚か見せてもらい、そちらの素晴らしさや奥深さにも感動してしまう。
「これ、全部トオヤがデザインしたの?」
トオヤは頷いた。
「素敵…」
瑠衣はそれしか言葉が出なかった。
同級生の、しかも男の子が、こんなに斬新なドレスを考える事が出来るなんて!
…何だか急に、瑠衣は
思いっきり恥ずかしくなってきた。
自分のドレスのデザインを、思い返してみる。
漆戸さんに着てもらいたくて考えた、アニメの『ティアラ』ちゃんの衣装の様なグリーン地で、ピンクの薔薇を両肩にあしらった、妖精風ドレス。
東條さんに着てもらいたくて考えた、レースを沢山取り入れた、ハイビスカスをイメージした赤いオフショルダードレス。
自分のデザインというよりは、何かをまるごと模しただけである。
…早急に、考え直そう。
納得できるまで諦めずに、もう一度考えてみよう。
「よし、じゃあ、全員のデザインを見せ合いましょう!まずは初稿だから、誰かと色やデザインの方向性が被りそうかどうかのチェックが先ね。問題なければどんどん進めて!」
楓が嬉しそうに号令をかけ、
こうして、手芸部のドレス制作はスタートした。
帰宅途中の電車ホームにて。
やっと2人きりになった瑠衣は、思い切ってトオヤに尋ねてみた。
「トオヤって、何者?」
本当はどう聞くのが、正解なのだろう。
根掘り葉掘り、先程のデザインの事を聞いてみたい気もするが。
トオヤは、ちょっと上を向いて考えてから、目線だけを瑠衣に向けた。
「興味湧いた?」
「…うん」
それはもう。
興味なら、最初から湧いてる。
「観察したい?俺を」
トオヤはホームの壁を見つめたまま、無表情で言った。
「…したいです。すごく」
ちょっとだけ、吹き出して笑うような声が、横から聞こえてきた。
「アメリカに行ったのは、自分を作るため」
自分を、作る…?
瑠衣はトオヤの横顔を見た。
「瑠衣に会ったから」
トオヤは、これ以上何も、話してはくれなかった。
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