第29話

 中間テストがやっと終わった。



 終わるとすぐに、皆がその結果を知らぬまま、修学旅行の日が、やって来た。


 行き先は、九州。



 修学旅行の初日、クラスのみんなと一緒に熊本に到着した。


 大地震による傷や崩壊した部分を修繕するため、熊本城の中に入る事は出来なかった。

 修繕している最中の姿を、遠くから写真に撮ることしか出来ず、立派だった頃の城の姿を思い、悲しく感じてしまう。


 この場所の数ある歴史を地震が滅ぼす事は、決して無いのだろうけれど。


 大切にしたかった物の価値は、傷ついてしまった事によって深く、思い知らされてしまう。



 悩んだ末、班別行動で女子だけのランチの際、瑠衣は東條さんと漆戸さんに自分の現状を相談する事に決めた。


 和食店の中、窓辺のテーブルを囲んで、3人は他愛のないお喋りを散々楽しんだ。


 東條さんには、10歳離れた研修医の彼氏がいる事。


 漆戸さんは、まだ戌井君を好きになってから時間があまり経過していない事。



 瑠衣に、発明家の双子の妹がいる事。



 外の街並みを眺めながら、ゆったりとした椅子にそれぞれ腰かけ、お喋りする内容は尽きない。


 3人でずっと話していられそうだった。



 瑠衣は頃合いを見て2人に、思い切って打ち明けてみる事にした。



「2人に聞きたい事が、あるの」



 東條さんと漆戸さんは、改まって真面目にこう聞く瑠衣に対して、姿勢を正して返事をした。


「いいわよ」


「何でしょう」



 瑠衣は、深呼吸してから、こう言った。



「好きでもない男の人と、キスをした夢を、見た事がある?」
















 夜になって旅館での夕食も終わり、入浴を済ませた後。


 夜の9時。

 旅館のロビーにて。


 東條さんは、漆戸さんに、問いかけた。



「…これで良かったのかしら」



「佐伯さんを、信じましょう」



 2人が座っているソファーにトオヤが近づいて、こう聞いた。



「…瑠衣は?」



「まだお風呂。私達は彼女を待ってるの」


 トオヤは、東條さんをじっと見つめ、


「そう。わかった」


 と言って、エレベーターの方へと歩き出した。


「久世君」



「…?」



「後で、みんなでトランプしない?私達の部屋で」



「…うん」



「また連絡入れるね」



 トオヤは頷き、2人に手を上げてその場から離れた。



「…何だか、バレた様な気がする」


「…そうですね。久世君には、嘘が通じない気がします」



 まさか、滝君と瑠衣が今、部屋に2人きりだとは、とても言えなかった。





 9時間前を、2人は思い出す。


 夢の話を聞く時の瑠衣は、出会ってから今までで1番、真剣な表情だった。



『あるわ』




『あります』



 正直に、あの時の2人は瑠衣の質問に答えた。



「あれ、…本当?」



「…何がですか?」




「夢の話」





「嘘なんて、つきません。でも、相手は友達の女の子でした。だから…『好きでもない男の子』というわけでは、無かったのですが。…夢なんて、いい加減なものですから」




「…そうよね。私は、中学の時の美術の先生。尊敬できる先生だったけど、全然私の好みじゃ無かったわ」



 東條さんは、ソファーの背もたれに寄りかかり、腕を組んだ。



「…どうしてあんな夢を見たのかしら…って、しばらく悩んだけど、すっかり忘れてた。…中学生の時だから、かなり前ね」


 彼女は、溜息をついた。


「佐伯さん…何だか苦しそうだった。だから、ありのままを答えたつもり」





 瑠衣は滝君との話の他に、2人には全てを打ち明けていた。


 彼女の最も辛かった過去の話を、2人はまざまざと思い出す。


 聞くだけで、戦慄を覚えてしまう。


「まさか佐伯さんにあんな、つらい過去があったなんてね…」



「阿賀野拓也の悪い噂は、あちこちから聞こえて来ますよ」



「…そうなの?知らなかったわ」



「私の父親は、新聞記者なんです。…情報によると、阿賀野拓也は過去に何度も猥褻疑惑が挙がっており、警察に捕まるのも、時間の問題のようです」













 その時の瑠衣は、

 広い部屋の窓辺にある丸テーブルを挟んで、滝君と向かい合わせで座っていた。


 東條さんと漆戸さんに頼んで、割り当てられていた3人の部屋をしばらく借りたのだ。


 夜の街並みを眺めながら、瑠衣はペットボトルのお茶を口に含んだ。


 白いTシャツに黒いジャージズボン姿の彼が、先に口を開いた。





「お前…、俺を1人で部屋に呼ぶとか、あり得ないだろ…」





「部屋が1番いいと思ったの。旅館を抜け出したらすぐ見つかりそうだし、日中は滝君、完全にファンの子達にマークされてるし」





「…だからって、夜、部屋に2人って。…お前俺の事、バカにしてる?」




「…してないよ?」






 滝君は、テーブルの上で瑠衣の左手を握った。







「俺、お前が好きだって言ったよな?」





 触れられた。












 滝君の、真っ直ぐな瞳。


 お風呂上がりの、無造作な髪型。

 はじめて見る、彼の切なそうな表情。





 徐々に、優しく柔らかくなっていく、手の感触。


 夢の残像と、現実の熱が、交差する。






「…うん。その返事を、したいと思って」




 滝君は、もう一度瑠衣に聞いた。




「…俺と、付き合ってくれる?」





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