第25話

 テスト3日前。


 滝君から、突然のメールが瑠衣に届いた。


『放課後、駅前の《かのと屋》に来てくれないか?話がある』


 《かのと屋》は、老舗の人気甘味処である。


 最近できばかりのた新しいお洒落なカフェや、リニューアルした広いバーガーショップに客を取られ、この店は最近、少々閑散としていた。


 席と席が個室の様に簾で仕切られているため、誰にも見られずに、隠れてこっそりと会う事ができる。


 瑠衣は、連絡をもらっていた1番奥の席で待っている滝君を、無事に発見した。


 緊張はしたが普段通りを装いながら、簾越しに笑顔で、彼に声をかけてみる。


「アイドルと密会する時って、こんな感じなのかな。…見つかったら、ファンクラブの子達に殺されちゃうかも」


 滝君は笑った。


「からかうなよ。…座って」


 瑠衣は滝君の向かいに座り、一緒にあんみつを注文してから、彼に聞いてみた。


「どうしたの?改まって」



 学校じゃ言えない用事だったのだろうか。




「もう今を逃したら」



 滝君は、冷たい水を一口飲んだ。


 いつもはきはきとしている彼にしては珍しく、声が低く掠れている。


 瑠衣は無意識に、彼の柔らかそうな唇を見つめてしまった。


「2人で話すチャンスが2度と、巡って来ない気がしたから」


 目と目が合う。


「今、久世が学校休んでるし」


 少し日に焼けた肌。

 男の子らしい、存在感。


 急にあの夢を、鮮烈に思い出してしまった。







 何度も、何度も、重なる唇。









「最近お前は久世と一緒だったから、声かけづらかったんだ」






 瑠衣はモヤモヤと浮かぶ夢の残像を、頭の中で払っては消していたが、少しずつ、顔が赤くなっていった。








「あいつと、付き合ってるの?」









 瑠衣は、驚いて首を横に振った。






「トオヤは、友達」





 あんみつが、2つ運ばれてきた。


 少しだけ、食べてみる。


 カラフルな寒天が、ひんやりとしていて程よく甘くて、とっても美味しかった。


 滝君は、肩の力を抜いた。





「よかった…」





 間に合った、という表情。





「…この間、部活見に来てただろ」





 バレてた。





「うん。見てた」








「…俺を?」







「…うん。滝君の華麗なプレー、カッコ良かった」





「ありがと」





 滝君は、瑠衣に顔を近づけた。






「最近ずっと様子が変だった。お前」






 あの夢を、思い出してしまい、


 滝君の顔を見るたび、赤くなってたから。


 保健室の、あの情景。



 今、自分は、

 どんな顔をしているのだろう。




 彼の、真剣な表情。


 その視線が真っ直ぐすぎて、

 目を反らせない。










「その顔、何…?…すげー可愛い」










 彼も、顔が真っ赤になっている。








 …え?











「俺、期待してもいいの?佐伯」




 ………?





「え?」






「ずっと好きだった。佐伯の事」




 滝君は息を大きく吸って、吐き出しながら、小さいけれど、はっきりとした声で瑠衣に言った。








「佐伯、俺と付き合って」








 瑠衣は、自分の耳を疑った。








 これは、あの夢の続きなのだろうか?




 滝君が、今、自分に告白を…。








「好きな奴いるの?」









 瑠衣は、首を横に振った。






「迷惑だった?」






 迷惑だなんて、とんでもない。



 慌てて、また首を横に何度も振った。






 とても、嬉しい。

 本当に。





 でも、だからこそ、

 今、答えを出すことは出来ない。





 あの夢に対する罪悪感が、

 消えたわけでは無いのだから。




 このままの状態で返事をするのは、

 本物の滝君に対して、あまりにも失礼過ぎる。






「ありがとう」






 瑠衣は、慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと言った。





「すごく、嬉しい」






 滝君は、一瞬表情が明るくなった。









「でも、ごめん。少し、時間をもらえないかな」






 彼の表情が、また少し陰った。





「ちゃんと滝君の事、考える」








 瑠衣は、自分に期限を決めた。



「修学旅行の時に、少しだけ時間をもらえる?また連絡するから」





 必ず、答えを出すから。







「その時に、返事させて」





 滝君は、頷いた。






「…わかった。待ってる」




 彼は少し体の力を抜き、リラックスした表情で、あんみつを美味しそうに食べ出した。


 こんな時に不謹慎だが、食べる姿の彼を見ていると、何だかホッとしてしまう。


 …ここに誘ってくれたという事は、彼は甘い物が好きなのだろうか。



 彼は、急に話題を変えた。


「プレゼン発表の日さ」



「…うん」



「ごめんな、無理矢理質問して。どうしても聞きたくなった」



 そういえば。



 授業が終わるチャイムが鳴ってから、彼は質問してきたのだった。




「佐伯の表情見てたらさ、何か企んでるように見えたから。何考えてるのか、聞いてみたくなったんだ」




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