第24話

「うん。…滝君を、見てた」


「…」



 でも。

 全く見当違いな事を、

 自分は、やっている気がしてくる。



 本当に自分が見たいのは、

 今、目に映っている滝君では、無いのかもしれない。



「滝の事、好き?」



 トオヤに聞かれてしまう。



「…わからない」




 瑠衣は笑って首を横に振り、トオヤに言った。




「時間ある?大丈夫なら、どこかに寄って帰ろう、トオヤ」



「うん」





 2人で電車に乗り、2駅目で降りる。

 その駅の近くにある、小さな植物園に寄った。


「ここの年間パスも、持ってるの?」

 トオヤは瑠衣に、聞いてきた。


 瑠衣は頷いた。


「もちろん!」


 トオヤは感心した様な無表情で、


「じゃ俺も今日作ろ」

 と言った。


 瑠衣は、それを聞いて笑ってしまった。


 …真似されちゃった。





「年パス仲間」

 トオヤは入り口で無事、ゲットした年間パスポートを瑠衣に見せながら、微笑んだ。


 学校の制服のまま園内を、目的も無いまま、ただ2人で閉園まで歩き回った。


「いい香り…。…綺麗だね」



「…うん」



 薔薇園の中ではトオヤも、瑠衣も、ほとんど会話をしなかった。


 赤、ピンク、白、…様々な種類の薔薇の花を、ゆっくりと2人で見て回る。


 凛とした姿勢で咲いている白い薔薇に、瑠衣は顔を近づけてみた。


 薔薇特有の甘い香りが、鼻をくすぐる。



 白い薔薇。



 気高くて美しい、

 貴方の様な姿と心に、

 少しでも、近づけたらいいのに。



 突然、すぐ側を歩くトオヤと目が合った。



 直視すると突然、全身囚われる。

 彼の視線から出る、強い魔法に。




 トオヤは薔薇では無く、

 その瞳で瑠衣だけを、ただ見つめていた。




 瑠衣はそれに気づいてしまい、どぎまぎして落ち着かなくなりながら、薔薇の方に慌てて視線を戻した。




 しばらく歩くと、ハイビスカスばかりが咲いている温室に着いた。


 赤いハイビスカスの、むせ返る香り。

 彼女たちには自分が向いていたい方角が、ちゃんとわかっている。


 光が無い場所で生まれた時には、上だけを見て、しっかりと咲き誇る。


 ハイビスカスは、東條さんの艶やかな笑顔を思い出す。



 何でも、話してみたくなるような。




「瑠衣」



「ん?」



「俺、明日からテストまでの間、学校休む」



 瑠衣は、驚いた。



「どうして?」



 トオヤは、今までに見た事の無い真剣な表情を、瑠衣に見せた。



「アメリカに行く」



「…アメリカ?」



 トオヤは頷いた。



 どうして、アメリカ?!



「しばらく会えないから、心配。あのホームで会った男…大丈夫?」


 瑠衣は、明るい表情を見せながら頷いた。


「大丈夫!もう会わないと思う。心配しないで。私には科学者の妹もついてるし」




 そう。

 もう、大丈夫。


 あんなヤツ、たとえ会ったって

 全然、平気。




「瑠衣」



 また射抜く様な瞳で、トオヤに見つめられる。


「何?」



 彼の名前の通り、透き通った矢の様に、神秘的な、瞳。



「これ、あげる」



「…?」


 瑠衣の中の何かをその矢は、

 深く、突き刺していく。


「クリップ」


 トオヤは息が触れ合いそうになる距離まで、体を近づけていた。


「……」


 瑠衣の制服ブレザーの襟元に、キラキラとした小さなビジューがたくさん輝く小さな白猫クリップを、彼はゆっくりと時間をかけて、つけくれた。




 また、ドキドキさせられる。



「…」



「見て、瑠衣」


 トオヤが瑠衣の襟元から手を離し、小さく微笑む。



 瑠衣は、自分の襟元を見た。


 瑠衣が作ったぬいぐるみ、白猫『シルク』と同じ顔をして、キラキラした白猫顔のクリップは、にっこりしながら笑ってる。


「これは、お守り。瑠衣を守る」


 トオヤは説明した。


「本当は、靴につけるクリップだけど。好きな所につけていい」



 瑠衣は自分の襟元に輝いているクリップを見ると、胸の中が嬉しさで一杯になってしまった。


「ありがとう…。もらっていいの?」


 トオヤは、頷いた。


「これは、瑠衣だけのクリップだから」









 木曜日。

 テスト1週間前になったため、部活動は全て休みになった。


 トオヤは、本当に学校を休んだ。


 アメリカへ行ってしまったのだ。



 昨日、あの後どうしてアメリカに行くのかを聞いてみたが、「内緒」との事で、決して答えてはくれなかった。


『いつか、教えてあげる』


 意味深な言葉だけ残して。




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