第18話

 どうやら彼は、今の会話だけを聞いていたようだ。


「手芸部、見てみたい」


 トオヤは純粋に手芸部に興味があるようで、少し薄茶色の瞳を輝かせていた。



 本当に手芸部に、興味があるのかな?

 近くの席に座って、買ってきたパンを食べ出す彼を横目で見る。



 瑠衣は笑って頷いた。


「いいよ。トオヤも明日見に来て!」


 トオヤは、お茶パックを片手に頷いた。


 飯田さんはそれを聞くと、もじもじしながら、急にこう言った。



「私も、行くよ、手芸部見に…」



 仙崎さんと望月さんは、コロッと態度が豹変した飯田さんを、ギョッとしたように見つめた。


「うん。来て来て!」


 瑠衣は笑った。きっかけは、何だっていい。


 それから望月さんの方を見て、こう言った。

「活動を見てもし興味が湧いてきたら、また一緒にやろうよ」


 望月さんは、頷いた。

「う、うん…わかった」



 みんなは仙崎さんの方を見た。




 仙崎さんは固まっていたが、観念したように折れた。


「分かったわよ、行けばいいんでしょう…」






 火曜日の放課後。

 トオヤと3人は、本当に部室棟1階奥の手芸部に、ついて来た。


 今日は文化祭に向けてのミーティング。


 部長の楓が、ホワイトボードに文化祭までの計画を書き込み、会議を始めようとしている。


 楓の横には紫色の、シンプルて美しいオーガンジードレスがトルソーに着せてあった。


 葵と桃花は既に着席しており、彼女達の座っている席にはお茶のペットボトルが置いてあった。


「あ、いつもお茶してるわけじゃないからね!ミーティングが長引くと喉乾くから!」


 瑠衣が慌てて飯田さんに説明すると、彼女は眉間にシワを寄せて瑠衣を睨み、深くため息をついた。


「佐伯さん、一体私達の何を覗いたのよ…」


「い、いや、誤解があるといけないから!手芸部はいつも頑張っている事を知ってもらいたかっただけというか…」


 楓は声を張り上げた。


「瑠衣!喋ってないで早く席に着いて。見学の皆さんも。…モッチはここよ、私の横!」


 楓は望月さんに向かって、有無を言わさず左横の席に座るよう促した。


 …逃がさないつもりだ。



 3人とトオヤも、1番向かい側の席に座った。


 楓はミーティングを始めた。

「このドレスは、姉が高校時代に縫ったものなの。姉はこの高校の手芸部OBなのよ」


「ええっ?…これ、レンタルドレスじゃ無かったの?…お姉さん、上手!」


 葵がびっくりして褒めると、

 

「ちょっと『アフローミア』っぽいでしょ?」


 楓はにっこり笑った。


 『アフローミア』は、最近有名になったファッションブランドである。そんなに高額ではなく割と気軽に誰でも購入出来るため、若い人達の間で人気沸騰中だ。

 このブランドは、パーティードレスも手掛けている。




「姉は手先が器用なの。よーく見ると荒っぽい部分があるけど、キレイなドレスでしょう?こういうシンプルなドレスなら、私達にも作れるかも、と思って。良かったら近くで見て!」


 みんなは、楓のお姉さんが縫った紫色の綺麗なドレスを見に、集まった。


 仙崎さん達も、興味深々で。


 トオヤも、黙って後ろでドレスを見ていた。


 桃花が、望月さんに補足説明した。


「文化祭で私達、ファッションショーやるんだよ!1人2着作るの。モッチもやろうよ!部員なんだから」


 望月さんは紫色のドレスのスカート部分を触りながら、独り言のように呟いた。


「綺麗…」


 葵が、望月さんに優しく話しかけた。


「モッチ、一緒にドレス作ろう!面白そうでしょ?」


 楓は、それに続けてこう言った。

「この人数だと寂しいし、戻って来てよ」


 望月さんは恥ずかしそうに、消え入りそうな声で、返事をした。

「部活に来るのが面倒臭くなって、1年近く来てなかったのに?帰って来ていいの…?」


 瑠衣は、頷いた。

 彼女はただ単に、1度サボってしまった部活に、帰りづらかっただけなのかも知れない。


「当たり前だよ、部員なんだから。一緒にやろ?」


 望月さんは、紫色のドレスを見つめながら、頷いた。


「うん。…やってみようかな…」




 仙崎さんは呆れて、望月さんに詰め寄った。

「手芸部在籍は、内申書の為だけだったんじゃないの?」


 望月さんは、ドレスにうっとりした表情で答えた。

「それもあったんだけど…。ぬいぐるみ制作がつまんなかったから。でも、これは面白そう…」


 楓はやれやれと首を横に振った。

「最初からドレス縫ったって良かったのに」


 望月さんは、「最初は何を縫えばいいか、わからなかった」と返事をした。


 楓は仙崎さん達3人に、今まで全員がそれぞれ作成した作品の写真をスマホで見せた。3人は興味深々で笑いながらそれを見て、大いに楽しんだ。


「手芸部、やっぱりダッサい?」

 こっそり瑠衣が声をかけると、笑っていた仙崎さんは、取り繕うようなキツい表情に急に戻った。


「だからあんたは一体、何を覗いたのよ…。そんな事、私言ってないから!!」


 瑠衣は、からかう様に笑った。

「なら、いい」


 ふと、室内を見回した。


 トオヤが、居なくなっていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る